「少量のお酒は体にいい」は本当なのか?
「少量のお酒は体にいい」という話を、今でも耳にします。
ところが、これまでの研究を見直すと、どうも話はそう単純ではないようです。
今回は、アルコールをめぐる「常識」について考えてみます。
ワクチンとアルコール
健康に関する話題で、私にとって一番議論が難しいのは、ワクチンの話ではないかと思います。
次に難しいのが、アルコールの話です。
この二つには、似ているようで決定的に違う点があります。
ワクチンの話は、賛成か反対かではっきり分かれることが多いと感じます。
立場が違う人同士が話しても、平行線のまま終わることが多い印象です。
ところがアルコールの話は少し違います。
「え、本当にそうなの」という反応になることが多いのです。
賛成・反対という対立構造ではなく、そもそも前提が共有されていないのではと思っています。
「少量のお酒は体にいい」という常識
この違いの背景には、ひとつの事情があると思っています。
「少量のアルコールは体にいい」
この考え方が、今でも社会的にかなり根強く残っているということです。
実際、少し前まで医学的にもそう言われていました。
適量の赤ワインは心臓病予防にいい、という「フレンチパラドックス」の話を聞いたことがある人も多いと思います。
ところがここ数年で、この常識がかなり揺らいできています。
フランスの公衆衛生機関も、アルコールと健康を結びつける考え方を問題視し、「アルコールと健康には関係がない」という趣旨の啓発キャンペーンを行っています。
理由はいくつかあります。
まず、当時の統計の取り方に、国によって差があったこと。
そして、ワイン以外の生活習慣が、十分に考慮されていなかったこと。
たとえばフランス人は、野菜や魚を多く食べ、オリーブオイルを使う「地中海式」に近い食生活を送っています。
こうした食生活自体に、心臓病を防ぐ効果があることは、以前からよく知られています。
喫煙率や医療への受診のしやすさも、国によって違います。
つまり、心臓病が少ない理由は、ワインではなく、こうした食生活や生活習慣の違いだったかもしれない、ということです。
ワインだけを取り出して「これのおかげだ」と結論づけるのは、少し急ぎすぎだったのではないか、というわけです。
「飲まない人」の健康状態が悪く見える理由
一番大きいのが、こういうカラクリです。
「お酒を飲まない人」のグループの中には、実は体を壊してお酒をやめた人も混ざっています。
病気になって、医者に止められて、お酒をやめる。
そういう人たちです。
すると「お酒を飲まない人」グループの健康状態が、実際より悪く見えてしまいます。
その結果、少量のお酒を飲む人たちの方が、相対的に健康に見えてしまうのです。
最近では、こうした見せかけの効果を見抜くための新しい調べ方も出てきました。
遺伝子の情報を使って、因果関係を推定する方法です。
こうした方法を使った研究では、少量飲酒による健康上のメリットを支持する結果は弱くなっています。
認知症についても、通常の観察研究では少量飲酒者のリスクが低く見えることがありますが、遺伝子情報を用いた解析では、飲酒量が増えるほど認知症リスクが上昇するという結果が報告されています。
がんについても、国立がん研究センターなどが「飲まないことがベスト」という立場を明確にしています。
大規模研究でも、簡単には決着しない
ちょうど先日、こうした流れに一石を投じるような論文が出ました。
ノルウェーで19万人近くを21年間追跡した、かなり大規模な研究です。
これによると、少量のワインを飲む人は、お酒を飲まない人より死亡率が低い、という結果が出ています。
「やっぱりワインはいいんじゃないか」と思う人もいるかもしれません。
ただ、この論文には続きがあります。
著者たち自身が、この結果についてかなり慎重な注釈をつけているのです。
ワインを飲む人は、もともと食事や生活習慣が整っている人が多いのかもしれない。
そうした背景が、結果に影響しているかもしれない、と。
つまり、これまで指摘されてきた「見せかけの効果」の可能性を、著者自身が認めているということです。
新しい大規模な研究が出たからといって、「フレンチパラドックス」や「少量飲酒は体にいい」という説が、覆って復活したわけではありません。
むしろ、これだけ大きな研究をもってしても、はっきりした結論が出ない。
そのくらい、この問題は根が深いということだと思います。
科学が変わっても、常識はなかなか変わらない
科学は日々アップデートされます。
少し前まで正しいとされていたことが、後になって覆ることは珍しくありません。
それでも、一度広まった常識は、それを裏付けていた研究が覆っても、なかなか入れ替わりません。
これが、アルコールの話をややこしくしている一番の理由ではないかと思います。
アルコールを飲まない私ですが、アルコールを嫌ってこの文章を書いたわけではないですよ(^^)
まとめ
・「少量のお酒は体にいい」という説には、統計上の問題が影響していた可能性がある
・飲まない人には、病気を理由に飲酒をやめた人も含まれるため、比較では注意が必要
・遺伝子情報を用いた研究では、少量飲酒による健康上のメリットは弱くなっている
・大規模な研究でも、飲酒と健康の因果関係は簡単には決着していない
・科学が変わっても、いったん広まった常識はなかなか変わらないことを知っておきたい
