見出し画像

noteのスキやフォロワーは、数か質かで語ると見誤る。その先の「波及性」にこそ価値の本質が宿るということ。【noteの続け方 / エッセイ / メンタル / 成長習慣 / 画像生成AI】

noteでは、スキやフォロワーの話がよく語られますよね。

どれくらい伸びたのか。
どれくらい増えたのか。
あるいは逆に、スキもフォロワーも大事なのは数字ではなく、質なのだという話もよく目にします。

もちろん、どちらも間違いというわけでないですよね。
とはいえ、どちらかに寄りすぎると、少し見誤るように感じます。

数だけを見ていると虚ろさがあるし、質だけを語ると逃避に傾く。
だから、noteの反応って、「数か質か」という二者択一で見るのは少し荒い。
それよりも、別の軸での見方をするのが適しているのではないかと思うのです。




数だけで見ると、数字の後ろにある違いに気づけない

まず、数を見ること自体は別に悪いことではないですよね。

スキが多い。
フォロワーが増えた。
ビュー数が伸びた。
それは少なくとも、自分の何かが届いた兆候ではあるのだから。

反応があるのとないのでは、やはり違う。
特に始めたばかりの頃ほど、その数字はわかりやすい手応えになりやすい。
私も、特に最初の頃にもらっていたスキやコメントは、一つつくたびにすごく嬉しかったですし。


ただ、数だけで見ると、どうしても見えなくなるものもありますよね。
同じスキ数でも中身はかなり違うことがある。

たとえば、下記の記事は1000スキを超えています。



けれど、実態はどうかと言うと、業者によるスキが多く混ざったりしている。
「自己紹介」という言葉をタイトルに入れるとnote内流入が大きくなりやすく、スキ数は増えやすいのですが、弊害として「自己紹介」する初心者を狙った業者のスキも増えるんですよね。

このことは前にも詳しく書いたりしていますね。



そうすると、見かけ上は数値が多くても、中身が伴っているとは限らなかったりする。

他にも、たまたまタイミングがよくて流れてきた人が何となく押したのか、いつも読んでくれる人がじっくり読んだうえで押したのかでその価値は違う。
交流の流れの中で押してくれたものも、また違いますよね。

見た目は全て同じ数字。
それでも、そこに含まれている意味合いはかなり違う。


フォロワー数も同じですよね。
「この人の次の記事も読みたい」からなのか、「この記事だけ良かったから一応フォローしておく」からなのか、「交流の流れで返しておく」からなのか。

これらは、やはり違うのです。

つまり、数字は反応を示すサインではあるけれど、その中身までは語ってくれない
だから、数だけを見ていると、どこか手応えが薄くなっていくことがある。

増えているはずのに、どこか空虚さがあって。
届いているはずなのに、それが何なのかは掴めない。
この感じが、数にこだわることの虚ろさなのだと思います。


「質が大事」と言いすぎるのは、逃げ道になりやすい

では、質を見ればいいのかと言うと、そこにも難しさがあったりします。

たしかに、今まで触れてきたように、質という観点は大事です。
スキの多さだけではなく、誰が読んでくれたのか。
どんなコメントが来たのか。
どういう属性の人にフォローされたのか。
そういうことは、表面的な数よりずっと意味があります。

ただ、ここにも落とし穴があって。
質という言葉は、数よりも解釈の余地が大きいんですよね。
だからこそ、自分の都合よく使えてしまう。


伸びなかった。
でも「私の読者は質が高いから」と言えてしまう。

反応が少なかった。
でも「わかる人にだけ届けばいい」と構えてしまう。

もちろん、本当にそういう場合もあります。
けれど、それはときに、現実を直視しないための言葉としても使えてしまうわけです。


つまり、数に寄りすぎると中身が疎かになりやすいし、質に寄りすぎると自己正当化の道具になりやすい。

だから、数か質かの議論って、一見まともそうだけど悩ましくて。
どちらにも一理はあるけれど、どちらかに寄せた瞬間に、見落とすものがある。

きっと、数と質の二者択一で考えてしまうことそのものに問題があるんですね。


本当に見たいのは、その反応のゆくえ

では、何を見ればいいのか。

私は最近、見るべきものの1つとして、波及性があるのではないかと思っています。

ここでいう波及性とは、単に反応が多かったかではなく、その反応が次の記事への回遊だったり、再訪だったり、信頼へと変わっていったかということです。
つまり、その場で終わる反応ではなく、時間の中で次の行動を生む反応だったかを見る視点ですね。


たとえば、ある記事が伸びたとします。
スキもたくさんついた。
けれど、それで終わってしまった場合はきっと波及性が低い。

波及性が高いのは、そこから別の記事も読まれたり、スキの後にフォローされたり、定期的に読みに来るようになること

たとえば、ある記事をきっかけに過去記事まで読まれる。
スキのあとにフォローされる。
次の記事もまた読んでくれる。
コメントの中に、その人なりの言葉で受け取った形跡が見て取れる。


こういうことが起きてるなら、次の接点に繋がっている。
むしろ、こちらのほうが長期的に見ると大事だったりします。

noteって、単発の数字だけで完結する場所ではないですよね。
記事をきっかけに書き手への信頼が出来たり、過去記事に回遊が起きたり、次の記事の受け取られ方が変わったりする。
そういう関係性の蓄積がある。

スキやフォロワーを見るときも、単発ではなくて、その反応の先に何が続くのかを見たほうが、実態に近い気がします。


数は入口、質は中身。でも価値は波及の中で見えてくる

数と質はどちらも必要ではあるんですよね。

数は、入口として大事です。
そもそも読まれなければ始まらないし、広がりがなければ新しい人にも届かない。
だから数字をまったく見ないのは違う。

一方で、質も大事です。
どんな反応だったのか。
どんな人に読まれたのか。
そこを見なければ、数字の中身がわからない。


ただ、それでもなお、数と質だけでは足りない。
どちらもまだその瞬間の反応からは出ないのだから。

本当に知りたいのは、その反応が時間の中でどう働いたか

スキの多さでもなく、
フォロワーの多さでもなく、
あるいは「質が高い」という言葉の心地よさでもない。
その記事が誰かの中に何を残し、どこへ波及していったのか。

そこまで見ようとしたときに、ようやく反応の価値が見えてくる。
そう思うんですよね。




よかったらスキしてくれると嬉しいです。
それではまた


〇関連記事


いいなと思ったら応援しよう!

Alpaka もし気に入っていただけたら、チップで応援して頂けると嬉しいです。その気持ちが次の創作の大きな励みになります!

この記事が参加している募集