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もう倒れたっていいと思おう|パニック障害|必殺技

自分の整理のためにも始めたnote。私がこれまで書いたパニック発作に対する必殺技は今のところ9こです。

9こもそろえておいて、いまだに症状にのまれるなんて全然必殺じゃないなと思いつつ、最近またひとつ、新しいワザで不安が引いていったことがあったので共有してみます。

結論から言うと、パニック発作で倒れるのが怖いのだけど、もう倒れたって別にいいんじゃないかと思ってみるという話です。

ちなみに私は倒れたことは無いので、もしかすると浅はかかもしれません。

タイミングや不安の度合いによっては効果があるかも?興味のある方は読んでみてください。


最悪を想定して、その後どうなるか考えてみる

パニック発作が起こるとき、パニック持ちの皆さんは何が一番怖いと思っていますか?

発作自体が苦しいのでまずはそれが怖いのですが、その先に人それぞれ理由があると思います。

倒れたらどうしよう
恥ずかしい思いをしたらどうしよう
人に迷惑をかけたらどうしよう
このまま死んでしまったらどうしよう

私は嘔吐恐怖症があるので吐くことがとにかく怖いです。

あるときふと突き詰めて考えてみました。
仮に倒れたり吐いてしまったら、じゃあどうなるの?

苦しい。恥ずかしい。周りをびっくりさせてしまう。

今までは絶対に避けたいことだと考えていました。

でも仮にそれが起こったとしたら、何が起きる?

苦しいのはさておき、周りをびっくりさせても別にいいんじゃないのか。

生きていたらそういう人もいるし、体調が仮に本当に悪いんだったら、そうなることも仕方ない。

何かが起きても、特に何も失うものはないんじゃないかと思ったんです。

だったら倒れちゃったっていい。もう駄目なら最悪にぐちゃぐちゃになっちゃってもいい。

倒れることがたとえ格好悪かったとしても、それもまた私らしいんじゃないかとも思いました。

自分に自信がないけれど、完璧主義な部分がある。

倒れちゃいけない、普通に過ごさなきゃいけないと思っているけれど、別にダメだったら、それは自信のない自分らしい一面でもあって、特別なことではないんじゃないかと。

一体私は何を守ろうとしているのかな。

そんなことを考えていたら「もう倒れたら倒れたでもいいや」と思ってきました。するとだんだんすーっと怖さが引いていきました。

例えば子供の病院へ子どもを連れて行ったとき、大抵混んでいて待ち時間があります。

「子どもの診察が終わるまでは倒れられない」と思っているのですが、そう思うほどソワソワしてしまいます。

でも最近は、
「仮にここで倒れたら、まあ子どもはびっくりするだろうけど、大人がいっぱいいるし死ぬことはない」
「最悪救急車で運ばれても、子どもは守ってもらえるだろう」
と、考えて最悪の事態にはならないと判断し、少し安心します。

「倒れちゃダメ」「不安を抑えなきゃ」という考えが次々と襲ってくるのですが、対抗するように「じゃあ仮に倒れたらどうなる?まあ、それでもいいんじゃないか」と、腹をくくるように考えてみます。

そうするとだんだん落ち着いてきたりします。少し「諦め」に近いような感覚でもあります。

このあたりの自分の気持ちはもう少し掘り下げて考えたので、また別の機会にまとめてみます。

何が怖いんだっけ?と考えるだけで冷静になれるときもある

「あー嫌だ、怖い」と思い始めたとき、「えっと、何が怖いんだっけ?」と考えてみることもあります。

倒れるかもしれない→最悪倒れたっていいと思うようにした

変に思われるかも→別に変に思われてもいいんじゃないか

迷惑なんじゃないか→迷惑かけてもそれも人生

こうしてひとつずつつぶしていくと、怖い理由がなくなっていき、なんで怖かったのか分からなくなって、冷静になったりします。

不安はしつこいので、不安が勝てばその日は不安に飲まれます。発作が起きちゃう。

「怖い理由がなくなったな…」と冷静になれたら、体の力が抜けてきます。

最近はこうやって「一体私は何が怖いんだっけ?」と考えるようにもしています。

それでも倒れるのが嫌だと思った時に私が思い出す出来事

以前働いていたときのこと。

飲み会でたらふく飲んでいた同僚。自分の足では到底帰れそうにありません。

タクシーに同乗して家まで送ることにしました。

すると同僚はダイナミックに車内でリバース!

タクシーを追い出されました。

足元がおぼつかない同僚を抱えてコンビニまで行きました。なんか話してましたがもうよく分かりません。とりあえずお水を飲ませ休ませます。

夜も遅く、見捨てるわけにいかないので、また新しいタクシーを捕まえて、今度は無事に送り届けました。

翌日仕事でした。

もし私だったら、合わす顔がありません。お酒は飲みませんが、とりあえず人前で吐くことは考えられません。

一体同僚はどんな顔をして来るのか。あんなに飲んでちゃんと来れるのか?

普通に出社してきました。そして何もなかったかのように過ごしていました。

念のため言っておくと、私はその同僚が大好きです。

どうやらその事件のことはうっすらと覚えているようですが、特に気にしていない様子、もしくは触れられたくなかったのかもしれない。

こちらからもその話はしませんでした。

その事件のことを今もたびたび思い出します。

別に人前でああいうふうになっちゃっても、大丈夫なんだと(本人は不本意かもしれませんが)。

私が人前でどうにかなっちゃうことを、気にしすぎなのかもしれない。

私と対極にいる同僚ですが、最悪倒れてしまったらと思うとき、あの事件を思い出して、それでもやっていけると勇気づけられている?出来事です。

「倒れてもいいよ」と言ってほしい

たまに思うのが、「倒れてもいい」と言ってくれる人が周囲を取り囲んでくれたら、不安無く電車にも乗れるんじゃないかと思っています。

いざ自分だったら、突然誰か倒れたらアワアワしちゃうと思いますが、とりあえず嫌いにはならない。

ああ、私は嫌いになられたくないと思っているのか?電車内なら見知らぬ人だというのに。

倒れた人が無事だったら、ひと安心して良かったねとただ思うだけ。

「倒れてもいい」勢が周囲にいたら、心置きなく倒れられる。

その安心があれば、倒れないくらい元気になりそうです。

もしかするとあの時の同僚は、何度も人前でそれを経験していたのかも?それが怖くないと理解していたから、動じなかったのかもしれない。

そうなると「倒れたっていいと思おう」作戦は、いっそのこと倒れちゃった方が早いのかもとも思いました。

皆さんも、「倒れまい」と頑張っていませんか?逆にパニック持ちではない人で、全然倒れたり、吐いたことあるよという人がいたら聞いてみたい。勇気出ます。


私はパニック障害対策を5つの角度から取り組んでいます。そのひとつである『必殺技を身につける』こととして、今回は「倒れてもいいと思おう」ということを書きました。

他の4つの柱については、こちらの記事で詳しく書いています。


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