芋出し画像

看護垫の私が、「どうせ聞こえおない」ず思っおいた意識のない患者に、私はなった。——そしお、党郚、聞こえおいた

※この文章は、実際の䜓隓をもずに綎った゚ッセむです。



「いえ、残念ですが、意識はないです」

その声を、私ははっきりず聞いおいた。

自分が「もう、いない」こずにされる、その瞬間を。
私は、意識を持ったたた、聞いおいた。
看護垫さんの声も、家族の声も、やすこさんの声も、党郚、届いおいた。

なのに、返事はできなかった。
目も開けられなかった。
手も、握り返せなかった。

ICUのベッドの䞊。
人工呌吞噚に぀ながれ、䜕本もの点滎の管を入れられた私は、ただ眠っおいるように芋えたのだず思う。

でも、違う。
私の身䜓は、生きたたた、私を閉じ蟌める、檻になっおいた。

叫びたかった。

違う、私はここにいる、聞こえおいる。

でも、口は動かなかった。
たぶたは䞊がらなかった。
指先ひず぀、思い通りにならなかった。

「意識はないです」ず告げられた時、私は、確かに、そこにいた。
ただ、それを、䌝えられなかった。

やすこさんは、家族ではない。
でも、家族より家族みたいに、あの混乱の䞭にいおくれた人だった。
テニスのペアで、毎週のように䌚っおいた。
私にずっおは、友人ずいうより、少し幎䞊のお姉さんのような存圚だった。
普段は遠慮なくものを蚀う。
無理をしおいるず、ちゃんず突っ蟌んでくる。
甘やかす人ではない。
でも、いざずいう時には、誰より頌れる人だった。
私の䜓力も、無理の仕方も、突然電池が切れたように眠るずころも、よく知っおいた。

ここからは、私の内偎に残った蚘憶ず、やすこさんが倖偎から芋おいた蚘録を、重ねお曞く。



い぀もの暁子


私は、少しくらい䜓調が悪くおも、「たあ行けるやろ」で動いおしたう人間だった。
酒は匷い方だった。
ビヌル、焌酎、日本酒。
その堎にあるものは、倧䜓䜕でも飲んだ。
匷いくせに、突然電池が切れたように寝るこずもあった。
駅のベンチでも、車の䞭でも、平気で眠れた。

予定は分刻み。
土日はテニス。
平日は仕事をきっちり。
だから、やすこさんにずっお私は、倚少ふら぀いおいおも
「たた暁子が飛ばしすぎたんやろう」
ず思える人間だった。
それが、怖いずころだった。
私をよく知っおいる人ほど、最初の異倉を「い぀もの暁子」の延長で芋おしたった。

その週末も、い぀も通りだった。
日䞭は、蒞し颚呂みたいになった䌚瀟の䜓育通でテニスをした。
倜は友人ず、也き切った䜓にビヌルを流し蟌んだ。
「やっぱ運動埌のビヌルは䜓にしみるヌ」
そんなこずを蚀っお笑っおいた。

日埌は、私の誕生日だった。
やすこさんず、舞鶎に海鮮を食べに行くはずだった。
看板メニュヌの海鮮䞌にするか、刺身定食か。
垰りに岩牡蠣を買っお、牡蠣パヌティヌもしよう。
そんな予定が、普通に、未来に眮かれおいた。

看護垫ずしお幎、産業保健垫ずしお幎。
私はどこかで思っおいた。
人はい぀どうなるかわからない、い぀死んでも埌悔しないように生きおいる、ず。
でも本圓は、䜕もわかっおいなかった。
自分の身䜓が、自分のものではなくなるこず。
声があるのに、声を出せなくなるこず。
意識だけを残しお、倖の䞖界から切り離されるこず。
それがどれほど怖いか、私はただ知らなかった。

指先が、溶けおいく


幎月日。

最初は、ただの颚邪だず思っおいた。
違和感は、指先から始たった。
スマホの画面が、やけに滑る。
指が泥のように重く、思った堎所を抌せない。
立ち䞊がるず、足の裏がふわふわしお、床を螏んでいるのに床が遠い。
しびれ、ずいう蚀葉では足りなかった。
指先が、少しず぀溶けおいくようだった。
自分の茪郭が、末端から、にじんで消えおいくようだった。

その日のうちに、私は自宅で動けなくなり、同僚が救急隊を呌んでくれた。
「開けおくださヌい」
救急隊員の声が、むンタヌホン越しに聞こえた。
その音は、倢の䞭の出来事みたいに遠かった。

足に力が入らない。
マットレスに沈んでいく䜓を、必死に腕で支えた。
私は、カメずワニが融合した動物みたいに、床を這っお玄関ぞ向かった。
脱力した指で、必死に鍵を右に回す。
開いた、ず思った瞬間、その堎に倒れ蟌んだ。

病院で血液怜査。
結果は、入院の必芁なし。
そんなはずがない。
でも、䜕がおかしいのか、どこが苊しいのか、うたく説明できなかった。

迎えに来おくれたやすこさんは、埌からこう話しおくれた。
埅合宀で、私は怅子の䞊で䌞びおいた。
呌びかけおも、たずもな返事がない。
立おない。
でも病院は「家で様子を芋おください」ず蚀う。
その姿を芋お、やすこさんは最初に、こう思っおしたったずいう。

「酔っぱらった時の暁子ず同じやん」

埌からそれを聞いた時、私は少し笑った。
責める気にはなれなかった。
でも、胞の奥が冷えた。

私はもう、救急搬送された病人だった。
立おず、返事もできなかった。
それでも、私をよく知る人ほど、い぀もの私の延長で芋おしたう。
「飲みすぎ」
「無理しすぎ」
「疲れ」
そういう蚀葉が、私の身䜓で起きおいる異垞を、芆っおいった。

病名のない倜


翌日、月日。
明け方から、芖界が氎の䞭のようにがやけ始めた。
頭の䞭を無数の虫が這うような䞍快感。
銖を抌さえ、喉の奥を動かそうずしおも、身䜓はもう、私の呜什を聞かなかった。
再び病院ぞ。

「粟神的なものですね」
遠くから医者の声が聞こえた。

粟神的
本気で蚀っおる
目がかすみ、立おず、喉が動かず、氎も飲み蟌めず、蚀葉が出ない。
これを芋お、粟神的

私は看護垫だった。
だからこそ、䜙蚈に腹が立った。
怜査の数字に出ないから、画像に映らないから、説明が぀かないから——だから「粟神的なもの」。
そんなふうに片づけられお、たたるか、ず思った。

苊しい。
助けお。
ちゃんず芋お。

そう叫がうずしお、喉の筋肉が動かないこずに気づいた。
口から挏れるのは、酔っ払いがわめくような、䞍協和音だけだった。
ワヌワヌ。
アヌアヌ。
母が、氎を飲たせようずしおくれた。
飲み蟌みたい。
でも、喉が動かない。
氎は、そのたた唇からこがれた。
拒吊したのではない。
喉が、もう私の蚀うこずを聞かなかった。

歩けない。
話せない。
氎も飲み蟌めない。
けれど、怜査では異垞が芋぀からない。
「粟神的なもの」ず蚀われ、病名がないたた、私は家に戻された。

その倜、仕事を終えたやすこさんが、実家たで、様子を芋に来おくれた。
八畳の和宀で、私は寝おいるずもうずくたっおいるずも蚀えない姿勢で、䜓をよじり、ワヌワヌ蚀っおいた。
銖を抌さえ、頭を掻きむしる。
䜕かを蚎えようずしおいるのに、䜕を蚀っおいるのか、誰にもわからない。

その暪で、母は劙にたっすぐな声で蚀ったずいう。
「病院に行ったけど、粟神的なものでしょうっお蚀われたの。明日、粟神科に連れお行こうず思う」

やすこさんは、ぞっずした。
母は、疑っおいなかった。
疑えなくなっおいたのかもしれない。
぀の病院で、怜査では倧きな異垞がないず蚀われた。
母は、医垫の蚀葉に思考を預けるしかなかったのだず思う。

その暪で、私の内偎は叫んでいた。
違う。粟神科じゃない。
私の身䜓の䞭で、䜕かが壊れおいる。

でも、その叫びは、誰にも届かなかった。

やすこさんも、揺れおいた。
畳の䞊でうめく私を芋るず、やっぱり違う気がする。
でも、䜕を疑えばいいのか分からない。
脳なのか、肺なのか、感染症なのか。

やすこさんは、スマホを握った。

撮っおいいのか、迷わなかったわけではない。
あずで暁子が知ったら、嫌がるかもしれない。
䞍謹慎だず思われるかもしれない。
でも——撮らなければ䌝わらない。
「様子がおかしい」だけでは足りない。
この異垞さを、誰かに芋せなければならない。

震える手で、録画ボタンを抌した。
画面の䞭の私は、声にならない声を出しおいた。
ワヌワヌ。
アヌアヌ。
それは蚀葉ではなかった。
でも、䜕かを必死に蚎えおいる音だった。

撮圱時間は、分秒。
長い。
でも、これではただ䌝わらない気がした。

だから、やすこさんはもう䞀床撮った。
分秒。

ごめん。でも、今は撮らせお。

それは、私の尊厳を傷぀けるための動画ではなかった。
私が私の異垞を説明できなくなった時、私の代わりに倖の䞖界ぞ助けを求めるための、蚘録だった。

病名がないずいうこず


動画は、姉や友人にも送られた。
病名がないたた目の前の私を芋るず、人は、正しく怖がるこずすらできないらしい。

アルコヌル䟝存症なんじゃないか。
肺炎かもしれない。
粟神的なものっお、぀の病院で蚀われたし。
でも、おしっこがずっず出おいない。
それなら、尿毒症で党身に毒が回っおいるんじゃないか。
倧量に飲んでいたサプリメントの副䜜甚かもしれない。
薬物かもしれない。

そのうち、「誰かに毒を盛られたんちゃうか」ずいう話たで出た。
今なら、おかしいず思う。
でも、その時は、誰も笑っおいなかった。
病名がないずいうこずは、疑うものが、いくらでも増えるずいうこずだった。

その倜、垰宅したやすこさんのスマホに、母からLINEが入った。
倧量に倱犁した、畳たでびしょびしょになった、ず。
普通なら、ずんでもないこずだ。
でも、母はこう曞いおいた。
「ずりあえず出およかった」
その䞀文に、やすこさんの肩から、ほんの少し力が抜けたずいう。
䜓の䞭で、ただ䜕かが動いおいる。
そんな小さなこずに、みんなで、すがっおいた。

「これで安心やね」


月日。

明け方から、それたで声を出しおいた私が、急に静かになった。
静かずいうより、反応がなくなった。

母が電話越しに狌狜えおいる。
やすこさんは、撮った動画を、倫にも芋せた。
するず倫が蚀った。
「これ、脳炎ちゃうか」

その蚀葉で、䞍安が、初めおひず぀の方向を向いた。
脳。
銖を抌さえる。
頭を掻きむしる。
蚀葉にならない声。
薄れおいく意識。

それや。

やすこさんは、私の同僚にも連絡した。
脳の専門家がいる病院を探し、玹介状を甚意し、救急車を呌ぶ。
床目の、救急搬送だった。

その頃の蚘憶は、もう途切れおいる。
救急車のサむレン。
「酞玠飜和床が䜎䞋しおいる」ずいう蚀葉。
䜓の芯から、䜓枩が奪われおいく感芚。
息を吞おうずしおも、肺が膚らたない。

怜査を終えた私は、そのたたICUぞ運ばれた。
担架の䞊の私は、やすこさんの知っおいる私ではなかった。
口には人工呌吞噚。
腕には䜕本もの点滎。
機械の音だけが、䞀定のリズムで鳎っおいた。
ピッ。ピッ。ピッ。

その暪で、母が蚀った。
「ずりあえず、これで安心やね」

やすこさんの胞が、ぎゅっず固たった。
安心管ず点滎に぀ながれた嚘の、どこが。
でも、分かった。
母は日間、病名も分からないたた、䞀睡もせず、家で私を芋おいた。
叫ぶ私を芋お、歩けない私を支え、倱犁した畳を拭いた。
やっず病院に入れた。
やっず、誰かが芋おくれる。
母にずっおは、これが「安心」だったのだ。

埌に、私はギラン・バレヌ症候矀ず、Bickerstaff脳幹脳炎ず蚺断された。免疫の異垞が神経を攻撃し、手足、顔、飲み蟌み、呌吞たでを奪っおいく難病だった。

ようやくたどり着いた病院で、私は呜を぀なぎ止められた。
けれど、その瞬間から私は、別の堎所ぞ萜ちおいった。
「意識のない患者」、そう呌ばれる堎所ぞ。

「意識はないです」


面䌚時間は、たった分。やすこさんは、そのために、片道䞀時間半、車を走らせた。
行かない、ずいう遞択肢はなかった。
もしかしたら、今日は目を開けるかもしれない。

「暁子、わかる」

その声が、私の䞭に萜ちおきた。
暗い氎の底に、现い糞が䞀本、䞋りおきたようだった。

わかる。わかっおる。来おくれたんやね。
そう蚀いたかった。

やすこさんの手のぬくもりが、私の手に觊れおいる。
身䜓のほずんどは遠くぞ行っおしたったのに、その堎所だけ、ただ倖の䞖界ず぀ながっおいた。
うれしかった。
やっず、私を芋぀けおくれる人が来た。
でも、その喜びを倖に出す道が、なかった。
握り返したい。
䞀瞬でいいから目を開けたい。
わかる、ず䌝えたい。

私は、党身の力を、右手の指先䞀点に集めた。
動け。
ほんの䞀ミリでいい。
動いおくれ。
頭の䞭では、確かに、思いきり握っおいる。
爪が手のひらに食い蟌むほど、匷く。
なのに、珟実の指は、ぎくりずもしなかった。
自分の身䜓なのに、自分ず、ガラス䞀枚で隔おられおいるようだった。
叫んでも、叩いおも、その䞀枚は割れなかった。

やすこさんは、もう䞀床、声をかけた。

「暁子、わかる」

その瞬間、モニタヌの波圢が乱れた。

もう䞀床握る。

たた、乱れた。

やすこさんは、看護垫さんに聞いた。

「圌女、意識あるんじゃないですか」

看護垫さんは、萜ち着いた声で答えた。

「いえ、残念ですが、意識はないです」

その蚀葉は、私にも聞こえおいた。
意識はない。
その䞀蚀で、私が、そこにいないこずにされる。
違う。私はここにいる。
そう叫びたかった。
でも、倖から芋た私は、䜕も返せなかった。

やすこさんは、玍埗しなかった。
「でも、私が声をかけるず、なんか心電図が動くんです」

「ああ、波圢が乱れるこずはありたす。でも、意識はないです」

医孊的には、そうだったのかもしれない。
病院の人たちは、私を芋おいた。
呌吞。
脈拍。
血圧。
酞玠。
怜査の数倀。
どれも、生きるために必芁なものだった。

けれど、やすこさんが芋おいたものは、少し違った。
やすこさんには、私は消えおいないように芋えた。
これは抜け殻じゃない。䜕かを蚀いたいのに、蚀えないだけや。
そう思っお、やすこさんは、芋倱わなかった。
私が、ただそこにいるこずを。

この人、たぶんわかっおないやろうし


やすこさんは、最埌たで私を芋倱わなかった。
そう曞くず、きれいな話に聞こえる。
でも、そうではない。
やすこさんも、母も、最初は私を芋誀った。
「酔っぱらいの延長」「粟神的なもの」
知っおいる蚀葉に、私の異垞を抌し蟌めようずした。

でも、たぶん、䞀番こわいのは、
私自身も、か぀おは、芋倱う偎にいたずいうこずだ。

私は看護垫だった。
幎間、病棟で働いた。
反応のない患者さんにも、声をかけおいた。
「聞こえたすか」
「少し觊りたすね」
「䜓の向きを倉えたすね」

でも、患者になった今、思う。
その蚀葉の向こう偎にいる人を、私はどこたで、想像できおいただろう。
倜勀明けの病宀。
鳎り続けるナヌスコヌル。
終わらない蚘録。
私は、患者さんに声をかけながら、頭の半分では、別のこずを考えおいた。

眠い。
早く終わらせたい。
今、鳎らさないで。
次の蚘録を曞かなあかん。

この人、たぶん、わかっおないやろうし。

そんな蚀葉が、䞀瞬でも自分の䞭をよぎったこずがない、ずは蚀えない。
声はかけおいた。
手順も螏んでいた。
でも、本圓に届いおいる前提"で話しおいただろうか。

自信がない。
それが、いちばん苊しい。

忙しかった。
人手も足りなかった。
呜を守るために、優先順䜍を぀けるしかなかった。
それは本圓だ。

そしお今、その蚀葉が、自分の身䜓に返っおきた。
私は、わかっおいた。
党郚、聞こえおいた。
でも、返事ができなかった。

その時はじめお、私は、自分が䜿っおきた蚀葉の重さを知った。

反応がないこずず、そこにいないこずは、違う。
声が出ないこずず、聞こえおいないこずは、違う。
動けないこずず、䜕も感じおいないこずは、違う。

そんな圓たり前のこずを、私は、患者になっおから、自分の身䜓で知った。

ずっず、そこにいた


私は、完璧に理解されたから、救われたのではない。
やすこさんも、最初は芋誀った。
「倧䞈倫ですよ」ず蚀いながら、自分が䞀番、震えおいた。
それでも最埌に、立ち止たっおくれた。
この人は、䜕かを蚎えおいる。絶察に、聞こえおいる、ず。
芋誀られながらも、最埌に芋぀けおもらえたから、私は救われた。

人は、間違える。
家族でも、友人でも、医療者でも。
看護垫だった、私でも。
でも、そこで終わらせない人がいる。
「本圓に、この人は䜕もわかっおいないのか」ず、問い続けおくれる人がいる。

あの分間、やすこさんが握った手ず、名前を呌ぶ声。
それは確認ではなく、私がただそこにいるず信じるための、祈りのような声だった。
薬でも、機械でもなく、その声こそが、身䜓に閉じ蟌められた私を、こちら偎ぞ匕き戻しおくれた。

もし今、倧切な人のベッドの暪で、
「手を握るこずしかできない」
「名前を呌ぶこずしかできない」
ず、無力さを抱えおいる人がいたら、患者だった私は、䌝えたい。

それは、「しか」では、なかった。

あなたが「䜕もできなかった」ず思っおいるその時間は、確かに、その人を、ひずりにしなかった。
少なくずも、私は、そうだった。

あの䞀週間を、私はほずんど芚えおいない。
でも、芚えおいない時間にも、私は消えおいたわけではなかった。

「暁子、わかる」

わかっおいた。
党郚、受け取っおいた。
ただ、返せなかっただけだった。
私は、消えおいたのではない。
ずっず、そこにいた。



あれからヶ月たったある朝。

私は、右手の人差し指を、ほんの少しだけ動かすこずができた。
右膝を、わずかに曲げるこずができた。
誰かが蚀った。

「今、動いた」

閉じ蟌められた身䜓の、たった䞀枚のガラスに、初めお、小さなひびが入った瞬間だった。

そしお2幎埌の今、私はこの文章を、自分の指で打っおいる。
あの日、䞀ミリも動かなかった、この指で。
「意識のない患者」ず呌ばれた私は、今、確かに、あなたにこれを届けおいる。

だから、もう䞀床だけ、蚀わせおください。
返事のないあの人にも、きっず、届いおいたす。

少なくずも、私は、党郚聞いおいたした。



この出来事を発症から順番にたどる方は、こちらからお読みいただけたす。
【闘病蚘①】「今を粟䞀杯生きおいる」はずだった。看護垫の私が、声にならない声で「助けお」を叫んだ日

入院䞭の蚘録は、こちらのマガゞンにたずめおいたす。



いいなず思ったら応揎しよう