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正論モンスターの功罪

こんにちは。あかちです。


突然ですが、
あなたのまわりにも
いたりしますか?


言ってることは正しいのに、  
なぜか全然刺さらないって人。


理屈も筋も、しっかり通ってて、
たしかに、その通り。


でも、聞いてるこっちは、

「なんかしんどいねん…」

って感じる人。


実は、昔の僕がまさに
そう思われるような存在で、

以前いた職場で、後輩から、
こんなことを言われたんです。


「言ってることはその通りなんです。  
 でも、なんかこう…」

って。


当時の僕は、痛いことに、それを
褒め言葉だと思ってました。


「せやろ?正しいやろ?」


なんてふうに。


まさか、自分が
刺さらない側の人間だとは、  
これっぽっちも思ってなくて、

逆に、

「俺、論理的やし、
 よう気づくやろ?」

って、内心ドヤ顔してました。


でも今なら分かります。


アレ、

「その言い方、
 正直しんどいです…」

っていう、後輩からの精一杯の
SOSだったんですよね。


僕はそれを、
褒められたと勘違いして、  
堂々と踏みつけてた。


むしろ、
「こっちの方が正しいやろ?」
って、自分の正論に酔いしれてた。


そして、その正しさに
言い負かされた相手が  黙ったまま、
静かに心の距離を取っていくことにも、  
まったく気づかなかった。


こわいことに、
正しさを盾にしてしまうと、
相手の表情の変化や、
心の揺らぎに気づけなくなる。


というか、
気づく気すらなくなるから、
その結果として、
周りに誰もいなくなる。


今は、あのときの自分に、
こう言ってやりたいと思ってます。


「お前、ただの、
 正論モンスターやで」


って。


ちなみに、
正論モンスターにも、
2パターンあると思っていて、

ひとつは、

「寄り添ってるつもりタイプ」。


本来寄り添うべき、
相手の「感情」をないがしろにして、
「事柄」にしか目が向いていない人。


これ、本人は優しさで、
相手のためと思って言ってるから、
悪気がない分、むしろたちが悪い。


もうひとつは、

「寄り添う気すらないタイプ」。


昔の僕がまさにこれで、ただ、
「自分が正しい」ってことを
証明したいだけの人。


だから、誰かがちょっとでも
間違えたときには、  
待ってましたとばかりに、

正論という名の
大剣を振りかぶって、
バッサバッサとぶった切る。


一刀両断したところで、
そこには何も生まれず、
ただただ、傷ついた人が、
静かに転がっていくだけ。


なのに僕は、その言葉が、
「正しさの形」をしてるだけの
鋭利な凶器になっていたことに、  
まったく気づいてないから、

寄り添うとか、
感情に目を向けるとか、  
そんな発想すらなかった。


ただでも、
あのころの僕の言葉が、
誰かの背中を押した実感も確かにあって、

「その一言で目が覚めました」とか  
「言われて初めて気づきました」とか、  

そんなふうに感謝されたこともあった。


だから、全部が全部、
間違ってたわけじゃなく、

言い方は荒くても、迷ってる人の輪郭を、
はっきりさせる力はあったはず。


じゃあ、なぜ、それを差し引いたとしても、
プラマイゼロ以下にしかならなかったのか?


それは、そこに、
「温度」がなかったから。


どれだけ正しくても、  
誰かを置いていく言葉は、  
人の心には刺さらなくて、

残るのは、距離と、
痛みと、沈黙ばかり。


だから今は、伝える前に、
一拍おくようにしています。


この言葉、その伝え方で届くか。  


届かせたいのは、自分の主張か、
それとも相手の気持ちか、って。


それでも、
たまにズレてしまうことはあるけど、
でもやっぱり、あのころの僕には
もう二度と戻りたくないから、

今は、その責任と過去の罪ごと、
全部自分で引き受けて進んでます。


昔の僕は、とにかく「正しさ」で
人を動かそうとしてました。


相手の気持ちより、理屈の整合性。  
共感より、指摘の正確さ。


でも最近は、ちょっとだけ、
人間らしい対応ができるように
なってきた気がしてます。


実は僕、ヤマザキの「栗入り 高級つぶあん」
っていう、あんぱんがめっちゃ好きで、
職場近くのセブンでよく買ってたんです。


でもある時期から、  
まったく見かけなくなって、

「もしかして…終売したん?」

と落ち込んでたんですけど、
ある日、別のセブンで
普通に棚に並んでるのを見つけて、

「良かった。生きてた…」

って思って、ひとりで
歓喜してました。


だから、
職場近くのセブンの店員さんに、
お願いしてみたんです。


「もし可能であればでいいので、
 また仕入れてもらえませんか?」って。


そしたら、その後ありがたいことに、
数日おきではあるけど、
棚に並ぶようになって、

今では、心の中で「ありがとう」って
つぶやきながら高級つぶあんを
噛みしめてます。


これ、改めて考えてみると、
昔の僕なら、

「ニーズある商品なんやから、
 仕入れてもらうのが普通ちゃいますのん?」  

って、丁寧そうな顔して、
しれっと正論通そうとしてたはず。


だから、こういう何気ないことも、
僕にしたら凄まじい進歩であり
成長を感じられる出来事なんです。


まあ、正しさをぶん回してた僕が、  
今は、お願いしながらあんぱん探してると思うと、  
なんかちょっと、笑えてきますけどね。



それでは、今回はこの辺で。

最後までお読みいただき、
ありがとうございます。  



あかち



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あかち|理屈の言語化職人 愛はあかちを救う。