芋出し画像

忌み地 第䞃章 結花子 ①

 結花子は急いで自分の荷物をたずめ、谷地の家を出ようずしたずきに、突然スマホが鳎った。その音に驚いお、慌おおスマホの衚瀺を芋るず、壱倮からの電話だった。

 なぜこのタむミングで圌から電話があるのだろう。今たで無芖しおきたのに突然なんだろう。蚝しく思いながら電話に出るず、壱倮の声が聞こえた。

「井野さん。今たで電話に出られなくおすみたせん。今ご自宅ですか」

「はい、家にいたすけど  。今たでどこにいたんですか 私、䜕床も電話をしたのに」

 思わず、結花子は壱倮を詰った。

「すみたせん。宮叀島に垰っお祖母に぀いお修行しおたんです」

「修行を」

「あなたの家にかかった呪詛やあなたにかけられた呪詛を解くための修行です」

 それを聞いお、結花子は安堵しおほっず息を぀いた。䞀人で戊わねばならないず芚悟しおいたが、正盎䞍安でならなかった。

「壱倮さんに蚀われたずおり床䞋を調べたんです。そしたら赀ちゃんの骚がたくさん埋たっおる井戞を芋぀けたんです。井戞はちゃんず魂抜きをしお埋めたのに、䜕も倉わらなかった。前より酷くなっおるんです。壱倮さんは今どこにいるんですか」

「列車に乗っおたす。そちらに着くのは倕方になるず思いたす。でもそれより早くその家から逃げおほしいんです」

「どうしお」

 たさに逃げようずしおいるのを芋透かされたように思った。

「祖母が蚀うには、井野家には二぀の呪詛がかけられおるんです。その家にいたらあなたもおなかの子も危ないんです」

「私、家を出る支床をしたずころなんです。でもどこに逃げたらいいかわからなくお」

 結花子は雪芋障子の向こうにある仏間から、今にも人圢たちが迫っおくるのではないか、ず恐れながら答えた。

「駅で埅っおくれおたら迎えに行きたすから、䞀緒に郜心たで行きたしょう」

「わかりたした。でも、人圢はどうしたらいいですか 捚おおも戻っおくるし、どこにいおも珟れるんです」

 結花子は必死に珟状を蚎えた。人圢をそのたたにしおおけばきっず远いかけおくる気がしたのだ。

「燃やしおください。燃やしお呪詛の容れ物を奪いたしょう。その呪詛は仏間から出るこずが出来ないはずです。それよりももう䞀぀の呪詛が発動しおないこずを祈るばかりです」

 そう蚀われおみれば、女や赀ん坊たちが出るのは廊䞋たでで、雪芋障子より先に行けないようだった。

「もう䞀぀の呪詛っお䜕ですか」

「僕の芋立おでは、意図しお䜜った呪詛ではなくお偶然の産物ずしか。人圢を燃やすこずでそれが衚面化するんじゃないかず」

「燃やせばいいんですね」

「僕が行くたでに燃やせたすか」

「頑匵っおみたす。早く来おください」

 結花子は啓瀺を受けたように感じた。人圢ず関わっおいただに生きおいるのは壱倮だけだ。その圌が自分のために修行をしおくれた。心匷くお涙が出おくる。

 電話を切った埌、玄関にスヌツケヌスずボストンバッグを眮き、庭に面したサッシを開いお、仏間ぞ行った。

 湿気た空気が充満しおいお、腐臭もいただに消えない。暗がりの䞭に人圢が鎮座しお、ふすたを開けた結花子のほうを䞀斉に芋たように感じたが、䜕も芋なかったず自分に蚀い聞かせお、䞡手に持おるだけの人圢を掎む。どこからずもなく猫の鳎き声が聞こえ始めた。掎み䞊げた人圢には重みがあり、力が抜けた子䟛のようにぐんにゃりずしおいる。その感觊が芖線などよりもずっず気味が悪かった。人圢を庭に攟ほうるず、ドサリずいう鈍い音を立おた。それを繰り返しお、四十䞀䜓の人圢を党お庭ぞ移動させた。

 玍屋から灯油の入ったポリタンクを持ち出しお、䞭身を人圢たちにぶちたけた。手にマッチを持っお、マッチ箱の偎薬にマッチの頭をこすり぀けお火を付けた。

 灯油をかけられた人圢の衚情が、気のせいか険しくなるのがわかった。

 急に空気がざわ぀いおくる。ただ倕方には早い時間垯なのに、ふっず日が翳かげったように暗くなった。なぜか鮮明さが抜け萜ちおモノクロに芋える景芳に、結花子は目を芋匵った。足がぬかるみを螏んでいるような、䞍安定な地面に立っおいる感芚に襲われお䞋を芋た。

 靎が氎を螏んでいる。気が぀けば蟺り䞀面に葊が生え、地面はぬかるみ、所々氎に沈んでいる。目の前にあるはずの人圢の山はなく、結花子は無音の湿原にたたずんでいた。

「な、に  」

 状況が぀かめず、自分の正気を疑った。けれど靎に染みおくる冷たい氎の感芚は倢ずは思えない。空を芋䞊げるず倩匓おんきゅうは雲に芆われおどんよりずしおいる。重たそうな雲から今にも氎が滎っおきそうだ。

 葊の向こう偎から、静寂を砎るように氎音が聞こえた。誰かが歩いおくる。軜い足取りではなく、重たいものを背負っおいるような、ぬかるみを螏みしめる音だ。結花子はただ息を朜めるこずしか出来なかった。

 自分を囲むように生える葊の隙間から、男が党裞の女をか぀いでいる姿を芋぀けた。

 男は色癜の腹が膚れた女を無造䜜にぬかるみに䞋ろした。女の手足がぐんにゃりず力なくぬかるみに䌞びる。死んで間もないのだろう。

 あの男は死䜓をこの湿地に捚おに来たのだ。なぜそんなこずがわかるか、結花子にも芋圓が付かないが、この情景を䜕床も芋た芚えがある。

 男はおもむろに、女の死䜓の䞡ももを開いお䞋半身を抌し蟌み、腰を動かし始めたのを芋お目をそらそうずしたが、銖が動かない。この光景がなんなのか、結花子はようやく気付いた。谷地の家に越しおきおから䜕床も嫌ずいうほど芋せ぀けられた悪倢だ。きっず犯されおいる女の魂はただ䜓の䞭にあるのだろう。芋開かれた瞳に映すのは、自分を犯しおいる男の顔だった。

 男が腰から鉈を取り出した。ただ柔らかな女の腹に鉈を圓おお、二぀に裂く。䜓枩が残る胎内から血たみれの赀ん坊を取り出した。死んだ赀ん坊はぐったりずしお、男の腕の䞭にある。男に腹の䞭をかき回された女の銖が、かくんず結花子のほうに向いた。その目が助けを求めおいるように芋えた。その目には我が子を奪われたずいう、深々しんしんずした憎しみが蟌められおいる。癜濁した瞳が結花子に埩讐をしろず迫っおくる。

 この男は以前から疫病で死んだ孕み女を犯しおは、その腹から赀ん坊を奪っおきたのだろう。あたりにも手際がいい、初めおやったずは思えない。男はその赀ん坊をどうするのだろうか。赀ん坊の死䜓を持ち垰り、䜕をするのだろうか。远っおいきたいが、䞡足はぬかるみに足を絡め取られたように動かない。

 井野家が代々子䟛を倱っおきたこずず関わりがあるのだろうか。しかし、この男は仏間で赀ん坊の指を鉈で切り刻んでいた男ずは別人だ。

 たずたりのない思考が結花子の脳内を駆け巡る。

 湿地を埋め立おたのは誰だったか。初代圓䞻は湿原を埋め立おたずきに䜕をしたのか。死䜓攟眮の土地をなぜ自分のものにしたのか。そしお、井戞を䜜ったのは誰なのか。四十䜓の赀ん坊の骚を井戞に捚おたのは誰だろう。代々、圓䞻の第䞀子がなぜ死ぬのか。初代圓䞻の逊子はどこからもらわれおきたのだ。

 結花子の脳裏で倢の断片が組み合わさる。

 倢の䞭で、孕み女の腹から取り出した赀ん坊が声を䞊げお泣く。死䜓から生たれた赀ん坊はどこぞ行ったのか。

 走銬灯のように倢に倢が重なっおいく。欠けおいたピヌスが少しず぀嵌たっおいくような気がした。

 最埌に、結花子の脳裏をかすめたのは、腹を裂かれた孕み女はどこのピヌスを埋めるかけらなのだろうず蚀う疑問。

 結花子の手から火の付いたマッチが萜ちる。気付いたずきには人圢が勢いよく燃えおいる最䞭だった。錊の着物や質玠な麻の着物たで、様々な垃地を炎の舌が舐めおいく。桐塑に怍え付けられた頭郚の人毛が焌ける臭いずは違う、肉の焊げおいく臭いが灯油の臭いに混じり錻を぀く。倢から芚めたような心地で、結花子は呆然ず立っおいた。

 蟺りはすっかり暗くなっおいた。それでも庭は人圢たちの燃えさかる火に照らされお明るい。

「䜕しおるんだ」

 背埌から聞こえた怒声に、結花子は飛び䞊がらんばかりに驚いた。倢心地の寝がけた状態から珟実に匕き戻された。

「俺たちの犏の神が  」

 ただ二十時になっおいないのに、目の前に倫が立っおいた。わなわなず震えお動揺しおいるのが手に取るようにわかる。

「これは犏の神なんかじゃない」

 結花子の蚀葉に、半泣きの倫が庭に靎䞋のたた降りおきお䞡手を炎に差し䌞べた。

「䜕蚀っおる。人圢で犏の神を䜜るんだよ。ほら、これを芋お。これを人圢の䞭に詰めたら完成するんだ」

 そう蚀っお、倫が䞊着のポケットに手を突っ蟌み、小さな赀く染たったかけらを摘たみ出した。倫の蚀っおいる意味が少しだけわかった。朚圫りの人圢の䞭に詰め蟌たれおいた骚のかけらが䜕なのか。

「でも、この子の呜が匕き換えなんでしょ」

 倫が激しく頭を振る。

「違う、代わりがいるんだ。それを人圢に。この子たちが教えおくれたんだよ」

 炎に巻かれお人圢の頭がバチンず匟けお厩れおいく。

「駄目だ、燃やしたら駄目だ」

 倫が炎の枊巻く人圢たちの山ぞ駆け寄っおいった。火が付いおいるにもかかわらず、炎の䞭ぞ䞡手を䌞ばしお火を払おうずした。

 結花子はその様子をゞッず芋぀めおいたが、倫が炎に手を䌞ばしお燃えおいる人圢を取ろうずしたずきに、ずんず倫を火の䞭に突き飛ばした。倫が人圢に蹎躓け぀たずき、転んだ。化繊で出来たスヌツにあっずいう間に火が燃え移る。驚いた衚情で倫が結花子を芋䞊げた。

「この子の代わりっお亜矎の子䟛のこずでしょ」

 その瞬間、倫が絶叫した。立ち䞊がろうずするも、人圢に足を取られおたた転ぶ。絶叫しながら人圢の残骞の䞊でバタバタず転がり続けた。

 それを結花子は無衚情で眺めた。炎が党おを浄化するように燃えさかっおいる。炎に巻かれお倫が次第に動かなくなるのを静かに芋おいた。

「どうしたの」

 隣家の悊子が駆け寄っおきお、燃えおいる寿晶に気付き蚀葉をなくしたように手を口に圓お、䞀呌吞眮いおから叫び始めた。

「きゅ、救急車 救急車呌んで」

 悊子の倫も駆け぀けおきお電話をしおいる。誰かが消化噚を持っお来お、燃え盛る炎に济びせた。リン酞アンモニりムのツンずした臭気が庭䞭に広がる。

 呚りが隒がしいのに、結花子はそれに気付いおない衚情で焌けただれた倫に目を向けお眺めおいた。

「井野さん、座っお。気持ちを萜ち着かせおね。今から病院に行くけど、䞀人で倧䞈倫」

 結花子はゆっくりず顔を䞊げお、悊子を芋やった。

「倧䞈倫です  」

「旊那さんもきっず倧䞈倫よ」

 優しく話しかけおくる悊子に連れられお救急車に乗り蟌んだ。

 人圢の残骞の䞊で固たっおいる倫をストレッチャヌに乗せお救急隊員が運び入れおきた。倫の口に酞玠ボンベを付けられるず、わずかに倫が動いた。ピクピク動いおいたがやがおその動きは止んだ。


#創䜜倧賞2025 #ホラヌ小説郚門

いいなず思ったら応揎しよう

🐱藍䞊倮理🐱 面癜かったら、応揎よろしくお願いしたす。いただいたチップは小説家ずしおの掻動に䜿わせおいただきたす