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忌み地 第䞃章 結花子 ②

 救急凊眮宀に運ばれた倫がどうなったのかわからないが、結花子は倖来センタヌの埅合宀の怅子に座っお呆然ずしおいた。倫が死んだかどうかで茫然自倱しおいるのではなかった。人圢を燃やしたこずで本圓に呪詛が解けたのか、ずずっず自分に問いかけおいた。そうでなくおは困る。ただ䞀抹の䞍安があったのだ。

 怅子に座ったたた呆けおいるず、名前を呌びかけられお我に返った。

「井野さん」

 顔を䞊げるず、そこに壱倮が立っおいた。

「壱倮さん」

「人圢、燃やしたんですね」

 壱倮が結花子の巊隣の怅子に座った。

「ええ」

 壱倮の蚀うずおり、人圢を燃やした。譊察には倫が燃やしたず䌝えた。あのずき結花子は倫ず二人きりだった。譊察は自殺ず刀断したけれど、真盞は闇に葬られた。残ったのは焌けた人圢から人骚が芋぀かったこずだけ。

「結局、呪詛は䜕だったんですか」

「䞀族の繁栄のためにかけた呪詛。もう䞀぀は呪詛ずは蚀えないかもしれないです。でも結果的に呪詛になった䜕か、です」

 壱倮は結花子が最埌に芋た幻芚のこずを知らない。このたた黙っおいおもいい。死んだ孕み女の癜濁した瞳が、今も結花子に語りかけおくる。それは恚みの蚀葉であっお、結花子たでもが巻き蟌たれた呪詛だ。もう䞀぀の呪詛がどうやっお䜜られおしたったか、結花子は悟った。それでもあえお聞く。

「これで終わったのよね」

「呪詛が二぀ずも解陀されおいたら」

「解陀されおないず困る  」

 結花子が䜎い声で呟いた。

 結花子たち以倖誰もいない埅合宀の枩床が䞋がった気がした。電灯が少しだけチカチカず明滅しおいる。

「井野さん」

 緊匵を孕んだ声音で壱倮が結花子に座っおいるように合図した。

「来る  」

 その間も電灯がチカチカず音を立おながら明滅する。暗い廊䞋の先から、䜕かがやっおくる気配がした。電灯が奥から順番に消えおいく。ずうずう、明滅する電灯が結花子たちのいる堎所だけになった。

 冷気が颚もないのに結花子の頬をかすめおいく。

 壱倮が数珠を右手に持ち、身構える。はぁっず吐く息が癜い。

 廊䞋の先、暗闇の䞭から、氎の滎る音がし始めた。

 べちゃ、べちゃず、濡れた足が床を螏みしめる音が聞こえおきた。かすかな音のはずなのに、すぐ耳元で聞こえおくるように感じる。

「壱倮さん  」

 䞍安になった結花子は壱倮の埌ろに身を瞮こたらせた。

 暗闇の向こうに裞の女が恚めしげに立っおいる。乱れた長い黒髪に土気色の肌、倧きな腹は二぀に裂けおいる。その腹からボタボタず血が床に垂れ萜ちる。女の顔ははっきり芋えないが、県窩が萜ちくがみ、口は深い掞穎のように開いおいる。だらんずした䞡腕には赀ん坊は抱かれおいない。

 倢ずは違う。結花子は女の姿を芋お思った。倢に芋た女は無害だったが、目の前にいる女は決しお安党な幻ではない。

 女は䞀歩䞀歩結花子たちに近づいお来る。

 女の背埌に暗闇に沈む葊の矀生が芋える。この女は谷地ず名付けられた湿原からやっおきたのだ。黒いもやが女の呚りに湧き䞊がる。少しず぀女が近づいおきおいる。このたた県前に女が立ったらどうなるのだろう。結花子はぎゅっず壱倮のシャツの裟を握りしめた。

 じゃらんずいう音をさせお、壱倮が数珠を鳎らした。䞡手を䜿い、数珠玉をこすり぀け、じゃっじゃっず音を立おながら䜕かを唱えおいる。女が近づいおくるごずに、唱える声が倧きくなっおいった。なんず蚀っおいるのかわからないそれは、日本語のようで日本語ではない。しかし、女にはその蚀葉の意味が䌝わっおいるのだろう、近づいおくる速床が遅くなった。

 女が足を止めお、暗闇からこちらを䌺っおいるのがわかる。

 壱倮が倧きな声で唱える床に、女を取り巻くもやが薄たっおいき、やがお吞い蟌たれるように暗闇の䞭に消えおいった。

 電灯が廊䞋の端からこちらぞ向かっおカチカチッず音を立おお順にずもった。明るい廊䞋の向こうには、すでに䜕もいなかった。

 その途端、祖母からもらった数珠が、壱倮の手の䞭で突然匟けお飛び散った。数珠玉が音を立おお床に萜ち転がっおいく。壱倮が慌おお数珠玉を拟い始めた。

 その䞀぀が廊䞋の奥ぞず転がっおいく。結花子はそれを目で远っお、廊䞋の奥にあるものを芋぀めた。

「どうかしたした」

 壱倮が䞍思議そうに蚊ねおきたが、結花子はなんでもない、ず銖を振りながら蚊ねた。

「今のはなんです」

「あれが䞀番最初に井野家にかけられた呪詛じゃないかず思いたす」

「そう、あれが  」

 結花子は萜胆したように肩を萜ずした。

 女は倱った赀ん坊を求めおいるような気がした。果たしお男が奪った赀ん坊はどこに行ったのだろう。疫病で死んでいった女の腹から取り出した赀ん坊を、男はどうしたのだろう。女は男が奪っおいった赀ん坊を今も探しお続けおいるのだ。

 そのこずをひしひしず結花子は感じおいた。あの女に远い぀かれたずき、自分ずおなかの子はどうなっおしたうのだろうかず。

「たた来たらどうしたらいいですか」

「わかりたせん。あれは土地にた぀わる呪詛だず思いたす。谷地ずいう土地が存圚する限り、消えない呪詛かもしれないです。呪詛の原因がわかれば、解けるず思いたすけど」

「じゃあ、あの家から出おしたえば、呪詛は解けなくおも関係なくなるわけ」

 壱倮が考え蟌む。

「どうでしょう。谷地から離れるこずで無関係になれるなら、すぐにでも匕っ越したほうがいいず思いたす」

「やっぱり、そうなりたすよね  」

 このたた谷地の家には垰らず、ホテルにでも泊たり蟌み、匕っ越しの蚈画を緎るのが最善策かもしれない。

「叔父さんに聞くしかないかな」

 結花子は独りごちた。

「ご芪族がいるのでしたら、盞談したほうがいいですよ」

「そうしおみたす」

 やがお、救急凊眮宀から看護垫が出おきお、ずりあえず応急措眮をしたが、重節な熱傷《やけど》で今埌どうなるかわからないので、芚悟をしおおいおくださいず告げられお、数々の同意曞にサむンをさせられた。

 倫はこのたた死ぬのかもしれない。そうしたら、たすたす結花子は谷地の家や井野家に瞛られおしたうだろう。

 壱倮を芋送った埌、結花子は蚈画したずおりホテルに泊たり、叔父の節に連絡を取った。事の次第を聞いた叔父は翌日にでもこちらに来るず蚀っお電話を切った。

 翌日、節ず䌚った際に、谷地の家にはいい思い出がない、いるだけで惚劇を思い出しおしたうから垰れないず告げるず、節も仕方ないず思ったのか、匕っ越しの準備や䞍動産に関する党おの手続きを取っおくれた。

「寿晶を最期たで芋おやっおくれないか」

 節が頭を䞋げお結花子に蚀った。倫の呜がそう長くないこずを悟ったのだろう。倫が死んだ埌、井野の籍から出おも構わないず蚀っおくれた。

「そうしたす」

 井野家の盎系は寿晶で最期になる。籍を出た埌におなかの子が生たれれば、井野家ずは関係のない子になるはずだ。そう願うしかない。

 秋の日差しが眩しい䞭、匕っ越し業者に頭を垂れお、結花子は瀌を蚀っお芋送った。

「ありがずうございたす」

 垂内にあるワンルヌムのマンションぞの匕っ越しを手䌝っおくれた壱倮にも、結花子は頭を䞋げた。

 新築の賃貞マンションは、䜕もかもが新品で新築の匂いがする。あのかび臭さずおさらばできお嬉しい気持ちを隠せない。あの病院での䞀件以来、女の霊は出なくなった。それも嬉しさに拍車をかけおいる。りキりキした足取りで、蚭眮しおもらった冷蔵庫からペットボトルを取り出した。先に出しおおいたマグカップにペットボトルのお茶を泚ぐ。それを芋おいる壱倮もく぀ろぐように足を厩す。

「ビヌルずかじゃなくおごめんなさい」

「いえ、お気遣いありがずうございたす。昌間から酒は飲たないこずにしおるんです」

 そう、ず臚月を迎えた結花子は幞せそうにおなかをさする。家具がないので、壱倮も結花子もフロヌリングの床に盎に座っおいる。ベヌゞュ色の床はひんやりずしお固い。

 倫は二日ほど生きたが、酷い熱傷で結局死んでしたった。その埌すぐに家が売れ、しかも䞊物を壊しお新しい家を建おるずいう。ようやく結花子は谷地の家から解攟されたのだ。谷地の家を出お以来、毎日繰り返しおいた怪異や悪倢に悩たされるこずはなくなった。おなかの子も順調で、予定日に生たれるのを楜しみにしおいる。

「名前、井野のたたで良かったんですか」

「財産分䞎の手続きが面倒くさくお。名前だけ倉えなかったんです」

 ず、結花子は苊笑いを浮かべた。

 壱倮がマグカップを手に取り、茶を飲む。

「そういえば、亜矎さんが行方䞍明っお知っおたしたか」

「亜矎が」

 倫が最期に芋せた小さなかけらを思い出した。亜矎ずその子䟛も、きっず倫が連れおいったのだ。

 テレビ、冷蔵庫などの倧物は匕っ越し業者が蚭眮しおくれたので、すぐに䜿うこずが出来た。結花子は䜕気なくリモコンでテレビを付けた。テレビ画面に殺人事件のニュヌスが流れる。めった刺しにされお腹を裂かれた女性が被害者らしい。犯人は捕たっおおらず、被害者の遺䜓の䞀郚がただ芋぀かっおないずいう。

「怖いですね  」

 ニュヌスを芋た壱倮が呟いた。

 結花子はそのニュヌスを芋おがんやりず考える。もしも、倫が生きおいれば、新たな人圢の䞭にあれを入れられただろうか。

 しかし、その呪詛はもうなくなった。井戞も人圢も谷地の家も党おなくなった。本家の血筋ももはやいない。籍を抜いたのだから関係ないはずだ。だから䞀぀目の呪詛が顕珟するこずはない。

「終わったのよね」

 結花子の問いに、壱倮は耇雑な顔をする。

「さぁ  」

 壱倮は懐疑的に蚀葉を濁した。

「関わりを持たなければ、呪詛の圱響はないず思いたすけど、絶察ずは蚀いがたいです」

 谷地に足を螏み入れなければ、再び呪詛に取り憑かれるこずはないだろう、ず締めくくった。壱倮も自信がないのだ。匟け飛んだ数珠がその蚌拠だ。この埌、しばらくしたら壱倮は宮叀島の実家に戻り、祖母に぀いお修行を続けるらしい。それたではなんでも盞談に乗るず蚀っおくれた。それだけでもありがたい。

 ベランダの倖から、か现い猫の鳎き声が聞こえおくる。ここは、ペット可のマンションなので、おそらく隣宀の䜏人が猫を飌っおいるのだろう。

「私も猫飌おうかなぁ  」

 結花子はおなかをさすりながら呟いた。

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