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パッションで生きていける世界だったらいいのに

たまに日本で平日の朝電車に乗ると、ふと思うことがある。

「みんな、どうしてそうまでして働いているのだろう」

自分の心を、どこに置いてきてしまったのだろう、と。

もちろんそれぞれに働かなければならない事情がある。
生活があるし、家族があるし、簡単に仕事を変えられない理由もある。

でも、それでも私はどうしても思ってしまう。
電車で確実に席を確保するために、電車を何本も見送ってその番を待つ。
そして座ってまるで魂を抜かれたような顔つきで眠りにつく。
年配の方が乗り込んできても寝たふり。それは勝ち取った席なのだからそうなる気持ちもとてもよくわかる。
けれど自分らしさのみならず、人としての優しさをも失ってしまった、まるで魂を抜かれたシカバネのような姿

人が生きていくうえで、パッションは本当に大切だと思っています。

客室乗務員の職場の好きなところは
「客室乗務員になりたくて仕方なくてなった人の集まり」であること

正直、お金のためだけなら、きっと別の仕事を選んでいる。
それでも空を飛びたい。
この仕事がしたい。
そういう気持ちを持った人たちが集まっている。
一度離れてまた客室乗務員になる人の本当に多いこと。

大変なこともあるし、体力的にきつい日もある。
それでも、どこかに「好きでここにいる」という光がある。

空港へ向かう特急に乗っているときも、少し特別な空気を感じる。
これから旅に出る人。
誰かに会いに行く人。
仕事でも、どこか心が動いている人。
車内に、ほんの少しワクワクが流れている。
それは、ただ生活のために自分を押し殺して乗る満員電車の空気とはやはり違う。

もちろん、パッションだけで生活できるほど世の中は簡単ではないのかもしれない。
でも本当は、みんながもう少し自分に素直になって、自分の心の穏やかさや、好きという感覚を大切にできる環境に置かれたらいいのにと思う。

客室乗務員で言ったら、年齢や身長で諦める、なんてことがあってほしくない。私自身がそれを強く思ってきたけれど、40代で夢を掴んだから。
現にそれで制限している会社も多いけれど、全てではない。
叶えたいのなら必ず叶える方法はあるし、それが心からの本望なら必ず運が味方をしてくれると私は本当に思っている。

生活が少しギリギリでも、心が壊れないこと。
自分の感覚を失わないこと。
毎日を「耐えるもの」だけにしないこと。
結局、人は心を置き去りにしたままでは長く走れない。
どこかで体が止まる。
心が悲鳴をあげる。
だから私は、パッションを大切にして生きたい。
そして、誰もが本当はもっと、自分の心が息をできる場所で働けたらいいのにと思っている。

お金のためだけではなく、
誰かの期待のためだけでもなく、
自分の中にある小さな光を消さないために。
パッションだけで生きていける世界だったらいいのに。
少なくとも私は、その光を少しでも持った人たちの近くにいたいし、これからも体現したいと思いnoteを始めました。

と、今ここまで書いたことを私自身にも言い聞かせる!


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