フィリア I-6
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「おー、歩、久しぶり!」
歩は自宅の最寄りから二駅離れたファミレスの前で理来と待ち合わせをした。
「お、おお」
数カ月ぶりに再会した理来は髭を生やしている。
歩は初めてみる理来の髭面に面食らい、馴染みのあった以前の理来の顔を思い浮かべようとしたが、思い出せないほど昔の出来事のように感じた。
数日前、歩から理来に連絡をした。
このところ冴えない自分が、野崎との会話によってどこか変化を感じたのと同じように、理来と会うことで自分の中に新たな変化が訪れるのではないかという期待めいたものを抱いていたからだ。
「そうそう、卒アル、マスクだらけだったよな」
歩が少し前に見返した卒業アルバムの話をすると、理来は懐かしそうに笑った。
「あの時はこの世の終わりかと本気で思ったよ」
理来は当時を懐かしむようにそう言うと、テーブルのタブレット端末を操作して、ホットコーヒーを追加オーダーした。
「でも〝歴史を辿れば、過去にも似たようなことはあった〟って話だろ?」
理来は眉をひそめた。
「って言われてもな」
歩も理来に賛同した。
「でもさ、あの頃の歩は『俺、エッセンシャルワーカーになる』って言ってたよな。あれちょっと感動したよ」
「え? ……そんなこと言った?」
今の自分が絶対に言わなさそうな言葉だと歩は驚いた。
それでも学生だった頃の自分の姿を想像したら、何か思い出せそうな気がして首をかしげてみたが記憶が見当たらない。
「今やってる仕事もそうなんじゃね?」
不可解な顔をしている歩に「え、覚えてねえの?」と理来は笑い、たった今店員が運んできたコーヒーを一口飲んだ。
「そうなんだ……」
そう言われてみれば言ったような気もするし、ただどこか他人事のように思えて仕方ないのだが、理来がそう言うならそうかもしれないと、歩は当時の自分の姿を再び想像してみようとした。
それから二時間ほど歩は学生時代の思い出を理来と語り合い、少しづつ自分の記憶も整理されてきたように感じていた。
〝喉元過ぎれば……〟とよく言うが、あんなに衝撃を受けた当時のことを、今ではまるで海外のニュースでも聞いているかのように傍観している自分がいて、それがどこか薄情にも思えて恥ずかしさが込みあげてきた。
「明日は会議で朝早いから、またな」
店を出て駅と反対方向に去っていく理来を見送り歩も帰路についた。
駅に向かい歩いていると、さっき店で会計をしていた際に聴こえたBGMがふいに頭の中で流れ始め、同時に理来の言葉が思い出された。
(エッセンシャルワーカーか……。じゃあ今の店で面接を受ける時にもそんなことを思ったんだな、きっと)
窓ガラスに写る、つり革につかまった自分を眺めてみても、当時の自分の姿を歩はまだ思い出せないでいた。
* * *
「店長、後でお時間いただけますか?」
バインダーに挟んだ紙に何か書き込みながらこちらへ向かってきた斉田に、タイムカードを押したばかりの歩は声をかけた。
「おお、分かった。ちょっとこれ片づけたいから、終わったら声かけるよ」
「じゃあ売場にいるので」と歩は返答してから、エプロンの袖に腕を通し、背中の紐を結び終えると、菓子売場の方へ台車を押して向かった。
「お待たせ。今大丈夫?」
昨日のセールで売り切れてしまった煎餅を、箱から取り出して補充していた歩に斉田が声をかけた。
「あ、はい大丈夫です。これ片づけて行きますね」
歩は手早く商品をゴンドラに並べると、空になった段ボール箱を台車に乗せて事務所へ向かった。
「先日お誘いいただいた正社員の話ですが、やらせていただきます」
少し緊張した面持ちで歩は斉田に告げた。
「おおお、そうか!」
斉田は驚いた顔をしている。
しかし、休憩室で打診した時と今目の前にいる歩の表情は少し違うように感じたが、それはいい方向に変化したものだと直ぐに理解できた。
「いやよかった! ありがとう!」
斉田は「よっし!」と小さく言って拳を握りしめた。
「まあ、社員だと少し仕事内容も変わるけど、歩くんなら大丈夫だから。
安心して」
斉田はそう言って歩に笑いかけた。
「はい、ありがとうございます。不安がないとは言えないですが。
……最近いろいろあって、ちょっと挑戦してみようかなと思ったので」
「そうなんだ。いやー嬉しいな! 実は僕と歳も近いし、同年代の社員が増えるって嬉しいものだな!」
「あ、そういうものなんですね」
斉田は店長という立場を忘れたかのように、少年のように目を輝かせて歩に「よろしくな」と言って満面の笑みを見せた。
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