見出し画像

”誰でも分かる内容”から授業を始める…考察探究型の秘密①

どの教科の授業でも、「児童がのびのびと意見を述べることができる」状態であることが良い授業の前提となります。


発表する子が偏る理由は様々にあります。

授業内容の面では、問いが、難し過ぎる、抽象的すぎる、自分の経験と離れすぎている、などが考えられるでしょう。
分かり切ったことを問われて意欲が低下することもあるかもしれません。

教師の指導法の面では、指名する子を固定化してしまっている、子どもからの発言へのフィードバックが偏っている、発言の機会の与え方が偏っているなどが考えられると思います。
また、「全員が発表できるようにしよう!」という教師の思いや願いがない、発表が偏ることに「問題意識を持っていない」だけでも、発表は自然に偏ってしまうでしょう。

学級の人間関係の面の影響も大きいです。
変なことを言ったら笑われる、後で馬鹿にされる、目立つと意地悪をされる、発言力のある子が場の雰囲気を支配しているなどの場合です。

子どもたち、それぞれの個人的な特性も影響します。
表現力の豊かな子と、表現力が乏しい子では、発表への意欲も、回数も大きな違いが出るのは当然です。
なかには、家庭での会話が少ない「かわいそう」な子がいるかもしれません。


このような数多くの難しさがある中で、学級全員がのびのびと手を挙げることができる状態、発表する子が偏らない状態にあるのは、授業を担当する教師の「指導が良い」からに他なりません。


では、発問構成によって授業が成り立つという側面が強い「道徳科」の授業で、学級全員がのびのびと手を挙げることができる状態、発表する子が偏らない状態を作るには、どうしたらよいのでしょうか?

その第一歩として考えられるのは、「誰でも答えられる問い」を設けることではないでしょうか?

考察探究型の道徳授業では、教材文を読む前に、読む観点を示し、抽出する内容を示し、線を引きながら読むように指示します。
この指示は、学級の子どものほとんどが、答えられる簡単なものです。
しかも、間違えることがほとんどない、安心して答えられる内容です。

自信のない子、失敗を恐れる子、批判を恐れる子、いつも分からなくてつまらない子・・・・
こうした発表が苦手な子にも十分に答えられる内容です。

さらに、考察探究型の授業では、ここで発表された内容が、次の段階の活動で、「考える材料」として役に立ちます。
答える内容は簡単で分かり易いのですが、その答えを基にして ”考える活動” が進行します。

批判されることもなく、間違えることはほとんどなく、みんなの役に立つことを答えるのです。

考察探究型の授業を重ねるほどに、子どもたちはこのことを”理解”し、自信をもって、安心して、発言できるようになっていきます。


考察探究型の授業を続けると、ほとんどの子がのびのびと意見を述べるようになる、小さな「秘密」の一つがここにあります。

☆次の記事はこちらです。

いいなと思ったら応援しよう!