「死んでもいいから食べたい」を叶えるための優しい嘘──嚥下障害の壁を壊した老舗の「おかゆ大福」 (元教授、定年退職 698日目)
高齢の方の咀嚼・嚥下機能の低下
十数年前、高校時代の同級生である医師から相談を受け、嚥下障害のある方の食事について、研究を少しだけお手伝いしたことがあります。相談内容は、年配の方が食べたものを逆流させないよう、胃の中で粘度を上げられないか、というものでした。恥ずかしながら当時の私は「嚥下」という言葉自体をよく知らず、むしろ多くを教えてもらいました。その後の研究の進捗は伺っていませんが、とても刺激的で、学びの多い機会でした。だからこそ、最近の高齢の方の咀嚼・嚥下機能の低下に起因する事故や病気のニュースに触れるたび、「もう少し何かできなかっただろうか」と胸が痛みます。
『ウラマヨ!』で知った「新しい大福」とは
さて今回は、その切実な課題を、全く違う角度から、しかも明るく解こうとした老舗和菓子店のお話です。先日、お笑いコンビ・ブラックマヨネーズが司会の関西テレビ『ウラマヨ!』で、目の付け所が面白い企業が紹介されていました。落とし物をスマホ一つで探せるサービス、黒板の老舗が教室用プロジェクターを開発した話、縮小傾向の神社仏閣を支援するコンサルティングなど、どれも「社会課題に手を伸ばす」好例でした。その中で私の心を掴んだのが、「新しい大福」を作った老舗でした。(下写真もどうぞ)

嚥下リスクを限りなく減らす──老舗が挑んだ「おかゆ大福」開発物語
その店は三重県伊賀市にある「桔梗屋織居」。1607 年創業とされ、明智光秀の家臣にルーツを持ち、藤堂藩の御用商人として歩んできたという歴史ある和菓子店です。店内に掲げられた江戸時代中期の看板が、その歴史の厚みを静かに語っていました。18 代当主の中村さんは、震災ボランティアの経験と親族の誤嚥事故をきっかけに、「自分の親に、最後まで美味しい和菓子を食べさせたい」という想いを抱いたそうです。そこから 10 年の時間をかけて生まれたのが「おかゆ大福」でした。特徴は明快です。「喉につまりにくい大福」。普通の大福の “命” ともいえる、もち米の粘りとコシを捨てたのです。材料をもち米ではなく、私たちがご飯として食べている「うるち米」に置き換えることで、伸びる粘りを抑えました。ネーミングの「おかゆ」は、その柔らかさと喉越しを直感的に伝える、素朴で強い言葉だと感じます。(タイトル写真、下写真もどうぞ:注1, 2)

<追記> もち米のデンプンは、ほぼ 100% がアミロペクチンで構成されます。一方、一般的なうるち米は、アミロペクチン約 80%、アミロース約 20% という比率です。アミロースはグルコースが直鎖状につながった高分子で、加熱しても粘りは限定的です。冷めると分子同士が整列しやすく、結晶化(いわゆる “硬くなりやすさ”)に結びつきます。一方のアミロペクチンは枝分かれの多い樹状構造で、加熱すると水分を抱え込み、分子同士が絡み合って、あの独特の強い粘りを生みます。つまり、わずか 20% 程度のアミロースの有無が、食感を決定づけるのです。うるち米が “ご飯らしく” 一粒一粒ほぐれるのも、そのバランス設計の賜物と言えます。
安全なだけでは、食事になりません
介護現場では一般に、大福や餅は「リスク食材」とされ、家族や施設側が提供を控えることが多いと言われます。背景には、正月の餅などで起きる窒息事故という、動かしがたい現実があります。しかし一方で、当事者たちの嗜好は強烈で、「死んでもいいから食べたい」と訴える方もいるそうです。そこで老舗和菓子店がやったことは、禁止をお願いすることではなく、この状況そのものを技術でほどくことでした。安全要件を優先するために、もち米を捨て、うるち米の米粉と水分設計で “粘りもコシもない” 極やわ食感を実現する。言い換えれば、和菓子の伝統を守るために、あえて伝統の中心を一度手放したのです。老舗だからこそ、できたことかも知れませんが、ある意味、素材・水分・強度を管理する「科学による『食感』の再設計」だと感じました。(下写真もどうぞ)



介護現場が歓喜した。「普通に見える大福」で取り戻した尊厳
「おかゆ大福」は 2015 年の発売以来、介護現場で大きな支持を得ているそうです。全国の多くの病院や高齢者施設で導入され、施設職員からは「どの食事形態の人にも、そのままの形で提供できて喜ばれる」といった声が上がっているといいます。ここで重要なのは、“安全” だけではありません。見た目が「普通の大福」であることが、利用者の尊厳や喜びを押し上げている点です。食形態が変わり、すべてが刻まれ、すべてがペーストになっていくなかで、「昔と同じ形の和菓子が、同じように供される」。90 歳の元茶道の先生が、抹茶とともにこの大福を楽しみ、往年の喜びを取り戻した──そんな話を聞くと、こちらまで胸熱になります。
非加熱製法が導いた、とろける幸せ
「おかゆ大福」には、うるち米を使うという発想以外にも、いくつかの工夫が組み込まれているようです。たとえば口溶け。一般的な大福のように高温で蒸し上げるのではなく、素材を加熱せずに練り上げる独自の非加熱製法を採用し、高水分を保ったまま、粘りやコシを意図的に弱めています。その結果、口に入れた瞬間にほどけ、喉をすっと通っていく、液体に近い柔らかさを実現した、と説明されていました。さらに餡にも配慮がありました。喉に残り付きにくい「さらさらとした『こし餡』」を使い、糖度も調整して皮と餡の硬さを揃えることで、口の中で同時にほどけるように設計したそうです。皮だけが残る、餡だけが引っかかる、という “ズレ” を減らす発想が素晴らしいです。
「ミルキークイーン」の秘密──私も知らずに “食感工学” に導かれていました
余談ですが、我が家では以前ご飯を「コシヒカリ」で炊くことが多かったのですが、ある時期から「ミルキークイーン」に替えました。私自身、味と同じくらい “粘りの心地よさ” に惹かれていたのです。今回気になって調べてみると、この品種はアミロース含有率を従来の約 20% から、9〜12% 程度へ抑えるよう設計された、いわゆる「低アミロース米」の一種だそうです。つまり、うるち米の扱いやすさと、もち米の冷めても硬くなりにくい粘りの、いいとこ取りを狙った品種です。思えば私も、知らないうちに “食感の設計” に導かれていたのかもしれませんね。それでは、また。
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注1:関西テレビ『ウラマヨ!』の特集「おかゆ大福」より
注2:桔梗屋織居ホームページ https://k-orii-ishop.com
