なぜイランは白旗を振らないのか
ニュースを見ていると、こう思ってしまう。
なぜイランはアメリカに歩み寄らないのか。
なぜ核開発や強硬姿勢をやめて、経済に集中しないのか。
白旗を振って制裁を解いてもらえば、国民はもっと豊かになれるのではないか、と。
しかし、この問いは「経済合理性」という日本的感覚から出ている。
イランの優先順位は、少し違う。
1、反米は「思想」ではなく「記憶」
イランが現在の体制になったのは1979年の革命だ。
それ以前、イランは親米の王政国家だった。
しかし1953年、民主的に選ばれた首相が、アメリカとイギリスの関与するクーデターで失脚したという歴史がある。
この出来事はイランにとって、
「資源と主権を守ろうとしたら潰された」
という国家的トラウマとして残っている。
つまり反米は、単なるイデオロギーではない。
「二度と支配されない」という物語でもある。
2、核は野心ではなく「保険」
イランは核兵器を公式には保有していないが、
核開発疑惑は常に国際問題になっている。
イラン側の理屈は単純だ。
🇮🇶 イラク は大量破壊兵器を持たないまま攻撃された
🇱🇾 リビア は核開発を放棄した後に体制が崩壊した
🇰🇵 北朝鮮 は核を持ち、体制を維持している
この比較から導かれる教訓は一つ。
核を持たない国は倒される。
それが正しいかどうかではなく、
そう「見えている」ことが重要なのだ。
核は攻撃のためというより、
体制を守るための抑止力という発想になる。
3、なぜ白旗を振らないのか
ここが一番誤解されやすい。
「アメリカに従えば制裁は解ける」と思いがちだが、イラン指導層にとってはそれは単なる政策変更ではない。
それは、「革命の否定」に近い。
イランの体制は「反米・反支配」を軸に正統性を築いている。もし全面的に屈服すれば、体制そのものの意味が崩れる。
国家にとって経済成長は重要だが、
体制にとっては「正統性の維持」の方が優先される。
国家の合理性と、体制の合理性は必ずしも一致しない。
4、制裁は逆説的に体制を強化する
制裁は国民生活を苦しめる。
しかし同時に、「外敵に包囲されている」
という物語を強める。
外圧は国内をまとめる接着剤にもなる。
皮肉なことに、制裁は反米体制の論理を補強する側面も持つ。
5、経済か、主権か
日本は戦後、アメリカの安全保障の傘のもとで経済成長を優先できた。
しかしイランの指導層はこう考える。
主権が不安定なままの繁栄は、砂の上の城だ。
経済発展よりも、まずは生存と体制維持。
外から見ると非合理に見えるが、
彼らの優先順位は一貫している。
6、国民の本音はまた別にある
もちろん、イラン国内には
制裁に疲れた若者
外との関係改善を望む層
も多い。
しかし国家は常に「最も慎重で恐れている層」の論理で動きやすい。
未来への期待よりも、
過去の恐怖の方が政治を動かす。
■ 終わりに
イランが白旗を振らないのは、
戦争が好きだからでも、非合理だからでもない。
それは
歴史の記憶
体制の正統性
抑止力の論理
外圧と内部統治の構造
が絡み合った結果だ。
経済合理性だけでは、国家は動かない。
国家はしばしば「豊かになること」よりも、
「倒されないこと」を選ぶ。
それが、イランという国家の選択なのかもしれない。
