麻辣湯の向こう側へ
食べること。
それは人間の原始的な欲求。
それにも関わらず、人がこれほどまでに拘り、対価を払い、時に執着するのはなぜなのだろうか。
しかし、その食の興をそぐ者がいる。
そう、子どもだ。
野菜はいらないと言い、香辛料の類は一切受け付けない。
そのうえ、子育て期においては子どものいない食事の機会は、そう多くは訪れない。
だからこそ、私たち夫婦は、娘がいると食べることができない料理をわざわざ探求し、そこでここぞとばかりに食の欲求を解放するのだ。
娘の幼稚園も始まり、平穏を取り戻した我が家。
話題の中心はもっぱら昼食に何を食べるかであった。
特に妻は、ながらく娘のうどんハラスメントや、おにぎりハラスメントの被害に遭っているため、どうしても炭水化物以外を積極的に摂取したいのだという。
焼き肉にでも行こうか。
そう提案したが、夏バテで食欲がないとのことで却下されてしまった。
じゃあ寿司は?
いや、お米だしとのこと。
それならラーメン?
炭水化物じゃん!とのこと。
・・・・・
なら、フォーならどうよ?
あー!フォーいいね!!とのこと。
なぜ、フォーが妻の炭水化物センサーをかいくぐったのか理解に苦しむが、方向性はエスニック料理に決まりそうだ。
(我が家のエスニック事情はこちらのエッセイをご覧ください↓↓↓)
とはいえ、せっかくなら外食にしないかということで、近くのエスニック料理店を探すことにした。
すると面白いものが見つかった。
エスニックかと言われると、エスニックではないのかもしれないが、我が家からそう遠くない距離にあるらしい。
麻辣湯(マーラータン)
私はこの字面を知っている。
中国は四川省の発祥。
麻とはすなわち、花椒による痺れ、辣とはすなわち、唐辛子による辛さを意味する。
これは、まさに、娘がいないこの日のためにあるような料理ではないか!
聞くと、この麻辣湯、どうも若者の間で流行っているらしい。
妻も気になっていたらしく、意外なほどあっさりと決まってしまった。
レビューによると、昼時には行列ができるらしいので、敵情視察と言わんばかりに開店前の店を通りすぎたのだが、さすがにまだ列はできていない。
時刻は10時半。
開店までは30分もある。
と余裕をぶっこいていた10分後、開店前の列ができ始めていた。
嬉しそうにそそくさと列に並ぶ妻と、列に並ぶ人たちを冷ややかな目で見る私。
列が若い。
そして圧倒的に女子が多い。
まるで、誤って女性専用車両に乗り込んだかのような罪悪感だ。
やはり流行りの食べ物と言うのはとことん、おじさんと相性が悪いらしい。
カップルもいるので、男子もゼロではないが、K-POPアイドルのような前髪がふわっふわしたやつしかいない。
そもそも、麻辣湯なんて火鍋と入ってるもの同じじゃないか。
そんな不満をAIに食わせてやるとお叱りを受けた。
火鍋は料理の形式で麻辣湯は料理名。
らしい…
要するに、具を選んで店に煮てもらって一人前で食うのが麻辣湯なのだとか。
そんなことを知ってか知らずか、開店と同時に列が掃けていき、私たちも第一陣には加われた。
店内は急に慌ただしくなり、どちらの出身の方かはわからないが、店員が手早くカタコトで席を指定していく。
それ以外に説明はない。
私は周りの若者の動きを注意深く観察する。
どうも、あのボウルのようなものを持って、トングで食材を入れていくスタイルらしい。
おお!
色々ある。
全然、どれがどれかわからんけど、とにかく種類が多い。

というよりこの翻訳はあっているのか?
とりあえず、得体のしれないものから積極的に選んでとっていった。
たぶん、これは鴨かアヒル。
こっちはハチノス。
お、パクチーもある。
よくわからん麺もいれとこう。
そうしているうちにボウルは山盛りになった。
スープは会計の時に選ぶらしいが、この時点でやっぱり減らしますなんてことはできない。
私のボウルはなぜか、さらにサービスと思われる麺を足された挙句、厨房の方に放り投げられていった。
完成したのがこれである。

盛り付けという概念がないのは残念だが、漂う香辛料の香りはいかにも食欲をそそる。
レンゲにスープを一口とる…
「!!」
旨い。
肉と練り物、そして海老からの出汁、それからパクチーの香りが渾然一体となって味覚と嗅覚を襲う。
それにかぶせるように麻と辣の追撃。
全くスキのないコンビネーションだ。
さらに、薬味のピーナッツ、ゴマペースト、オイスターソース、マーラーオイルを足す。
「!!!!」
さらに、コクが増し、辛さの中にある深み。
すなわち辛さの向こう側が垣間見えた気がする。
「これが……マーラータン・・・ッ!!」
そう言ったかどうかは覚えていないが、爆盛だった麻辣湯はあっという間に胃袋の中に収まってしまった。
隣の席では、上品なラーメン屋の丼程度しか盛られていない麻辣湯を食べる若者がいる。
滝のような汗を流しながら、漫画のようなでかさの丼をかきこむ中年はさぞかし嘲笑の的だろう。
そっと目を逸らすと、クロミちゃんのキーホルダーもこっちを見て小馬鹿にしたように笑っている。
私はさらに目を逸らす。
今度は店のキャラクターと目が合った。
こいつもなんだか人に食って掛かるような顔をしている。

耐えきれず、私はスープまで飲み切った妻を連れて外に出た。
暑さは変わらないはずだが、心なしか風が爽やかに感じる。
四川料理には「辛いものを食べて汗をかき、体にたまった“湿”を追い出す」という考え方があるようだ。
そんなことを考えながら麻辣湯を食べたのは、おそらくあの空間で私だけだろう。
相変わらず、店の前には日傘を差した列ができている。
確かに、並ぶほど価値があるのかもしれない。
食の探訪は、冒険だ。
そして、それは常に危険と隣り合わせだ。
多量に摂取した麻と辣のせいか、胃腸の様子がおかしい。
しかし、私は好奇の目線をかいくぐって新しい天体を見つけた。
その矜持を持って、トイレに立てこもることにしよう。
