「素直さ」の構造、これじゃね?
僕自身、メンバーのマネジメントをしたり、ビジネススクールの講師として登壇したりする機会が多く、ありがたいことに色んな方の成果物にフィードバックをさせてもらっています。その中で、ずっと引っかかっていたことがあります。
パッと見「素直じゃない人」がいます。
「いや、でも私が言いたいことはそうじゃなくて」
「いや、僕は違うと思ってて」と、何を言っても反射的にカウンターを打ってくるタイプ。これは分かりやすいでしょう。
厄介なのは、むしろ逆のパターンです。
パッと見は「はい、分かりました」と素直なんだけど、1週間後に「あれ、やってみた?」と聞くと「まだやってないです」。
分かりましたって言ったよね? 行動変わってないよね?・・・という人。
あるいは、何でもかんでも「はい、やってみます!」「なるほど、勉強になります!」と鵜呑みにする人。
これはこれで違うんですよね。
それは素直さじゃなくて、思考停止です。
じゃあ「素直さ」って一体なんなのか。
ずっと言語化できずにモヤモヤしていたんですが、今朝いつも通り大濠公園をランニングしているときに、ふと構造が見えた気がしたので、今日のうちに書き留めておきます。
素直さは、3つの掛け算でできている
結論から言うと、素直さの構造はこうです。
素直さ=知的柔軟性×知的誠実さ×行動への反映率
掛け算なので、どれか一つがゼロだと、素直さもゼロになります。

「知的柔軟性」だけ高くて鵜呑みにする人は、ただのイエスマンです。
「知的誠実さ」だけ高すぎても、そもそもの何でも受け入れる柔軟性がないと機能しないですし。
受け入れてしっかり吟味しても行動しない人は、ただの頭でっかちです。
3つ全部揃って、はじめて「この人、素直だな」と思ってもらえるなと。
順番に見ていきます。
①知的柔軟性:まずちゃんと受け入れる
知的柔軟性とは、自分の考えに固執せずに、相手の話や新しい情報を受け入れる力のことです。
これは「知的柔軟性がない人」をイメージすると分かりやすいと思います。
デモデモダッテ野郎
何を言っても「でも」「だって」から入る人がいます。
こちらが何か伝えるたびに、反射的に「でも」「だって」が飛んでくる。
もうDNAレベルでデモデモダッテと唱えるチップが埋め込まれているんじゃないか?と思うくらい、反射的に否定から入る輩がいます。
正直に言います。
こういう人は、育成のリソースを割くのを一瞬で見限るようにしています。
冷たく聞こえるかもしれませんが、昨今の育成コストって本当に割に合わないんですよ。
なんとかハラスメント、ほにゃららハラスメントと、あらゆるハラスメントの間を針の穴を縫うように掻い潜りながらフィードバックしないといけない。
しかも人によってハラスメントの基準が違うから、言い方、伝え方、伝えるタイミングまで全部カスタマイズしないといけない。
下手すると、何かの企画を考えるよりも頭を使います。
で、めちゃくちゃ頭ひねってフィードバックや育成をした挙句、「転職します」「異動します」と去っていくわけでしょう。
しかも今の時代、人を育てるよりAIを育てた方がコスパいいんですよ。
最近のAIって旧帝大レベルどころか、世界最高峰の大学出身レベルの脳みそなわけじゃないですか。
しかも知的柔軟性が高い。
「生物兵器を作ってくれ」みたいなよっぽどのことを頼まない限り、「でも」とか「だって」とか言わないわけです。地頭もいいし聞き分けもいいし、お金を払い続ける限り自分のもとを離れない。
そんな時代に、知的柔軟性の欠片もないデモデモダッテ野郎に向き合って丁寧に教えてあげる時間が勿体ないわけです。
人生の時間は限られているわけですから。
フィードバックを人格否定と勘違いする人
知的柔軟性が低い人の特徴が、もう一つ。
相手からのフィードバックを、自分への人格否定だと受け止めてしまうタイプです。
たとえば「この資料、ロジックがいまいちだね」と言われたとき。
本来であれば「どこの論理展開が弱いんだろう」と考えればいいだけなんです。
ところが知的柔軟性が低いと、こうなります。
「自分はこんなに頑張ったのに」
「そんな言い方しなくてもいいじゃないですか」
「じゃあどうすればよかったんですか」。
自分の努力や人格を否定されたと受け止めてしまう。
お豆腐メンタルと言ってしまえばそれまでなんですが、これも育成コストが割に合わないなと思ってしまいます。
「はい」or「Yes」の精神
じゃあどうすればいいのか。
僕が前職のコンサル業界で叩き込まれたのは、
「はい、またはYesと答えろ」
でした。
やるかやらないかの選択肢はない。まず受け入れろ、と。
当時の僕は反発しました。
「いやそれ思考停止じゃないですか。何でもかんでも鵜呑みにして"はい or Yes"で答えろって、それもうバカじゃないですか」と食い下がったことがあります。
そしたらこう返されました。
よっぽどのことがない限り、特に自分の経験が浅い領域では、大抵は自分よりも相手が言っていることの方が正しい。仮に正しくなかったとしても、100%間違っているということはない。相手が喋っている内容のうち何割かは正しくて、何割かは間違っている。グラデーションなんだ。
だから「でも」「だって」と突っぱねると、全体的に見ればいまいちな意見だったとしても、その中の正しい3割を見逃すことになる。そっちの方がよろしくない。なあ、デモデモダッテクソ野郎
これは今でもめちゃくちゃ効いている教えです。
誰の意見にも一理はあるんですよ。
本来は百理あってほしいですけど、最低でも一理はある。
百分の一理ぐらいはあるわけです。
その百分の一理に耳の穴をかっぽじって聞く。取り入れる。それが知的柔軟性です。
疑わないこと、それが強さなわけです。
「“疑わない事“、それが“強さ”だ!!!」
— ワンピ道@絶対相互フォロー (@black8tiger) December 27, 2022
byレイリー
夢、目標、信念これらを疑わずに貫けたときに
本当の強さになる❗️#OnePiece #ワンピース #ワンピース好きと繋がりたい #名言 #名言集 #ワンピ道 #生き方 #フォロバ https://t.co/R8qnWs88kN pic.twitter.com/3rX4gZSEbf
まずは百分の一理でもあれば御の字であるぐらいの精神で、ちゃんと受け入れること。
素直さの第一歩はここからです。
②知的誠実さ:でも鵜呑みにしない
さて、ここで「じゃあ全部受け入れればいいんですね」と思った方。
違います。
それは素直さではなく、
迎合です。
思考停止です。
鵜呑みです。
クソです。
知的柔軟性「だけ」が高い人は、何でもかんでも「はい、やってみます!」「なるほど、勉強になります!」と言いますが、自分の頭で吟味していない。
それは素直さとは呼べません。
ここで「素直」という漢字を見てみると、面白いことに気づきます。
「素」は「もと」の字です。物事のありのままの状態。飾り気のない、元の素材。
「直」は「直接」の「直」です。まっすぐ、ちゃんと見る。
つまり「素直」とは、ありのままの素材をまっすぐ見ること。
飾り気のない情報を、手を抜かずに直接見ること。
これは、全然「鵜呑みにしろ」という意味じゃないんですよね。
むしろ逆で、ちゃんと批判的に見なさいということです。
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いまメンバーシップに一番力を入れてますので、よろしかったら覗いていってみてくださいね!
