義母の食卓の想い出
義母イノコは、生来のずぼら人間だ。座右の銘「面倒くさい」を行動指針に掲げ、自分の本能の赴くままに生きてきた。
その性格に拍車をかけたのが、20年以上にわたる気ままなひとり暮らしだ。他者に気を使うことなく、自分が食べたいときに好きなものを食べる。そんな生活を続けていたイノコの食卓は、それはそれは酷いものだった。
たとえば朝は、緑茶とトースト半分、ゆで卵、ヨーグルト、ときどきバナナ。
一見まともに見えるが、よくよく考えると、どれもほとんど調理しないものばかり。卵を毎朝茹でるのは面倒なので、一度に大量生産する。コーヒーさえ淹れないのは、それこそ「面倒くさい」からにほかならない。
朝、これだけしっかり食べるせいか、昼は食べたり食べなかったり。食べると言っても、バナナだけとか、干し芋だけとか。テレビを見ながら、ただムシャムシャ。お腹が膨れたら、それでいい。
夜はさすがに台所に立つ。
が、とにかくすべて雑なのがイノコ流だ。細かく切るのが「面倒だから」と、大きく乱切り。それを味噌汁にするか、出汁と醤油ベースで煮るか。名のある料理など作らない。ただ「煮る」一択。
残ったら、そのままコンロに放置。翌日もまた火にかけ、味が煮詰まったら水を足す。鍋はさっと流すだけで、けっしてこすらない。
「また明日も使うから」
が、その理由。ゆえに鍋の内側には、いろんなものがこびりついていた。
お米は2合炊いて、1日目はそのまま保温。翌日になってやっとタッパーに移すが、小分けにするのは「面倒」なので、大きなタッパーにどばっと入れ、そのまま冷蔵庫へ。もちろん、蓋はきちんと閉まっていない。
あっという間にパサパサになる、可哀想なご飯。そのパサパサご飯を食べたい分だけ茶碗に移し、手で水をちゃちゃっと振って、レンジでチン。
それでもパサパサだから、こぼす、こぼす。
米粒がテーブルや床に落ちても気が付かないから、イノコの席のまわりはいつも危険地帯だった。
「もうそんなに食べられないの」と言いつつ、意外と脂っこいものが好きで、ときどきスーパーのアジフライやちくわの磯部揚げを買ってくる。
半分食べて、残りは冷蔵庫……ならまだいい。イノコは「明日、また食べるから」と、そのまま食器棚に入れていた。
夏の暑さも、冬の暖房も気にしない。常に常温保存。なぜなら、冷蔵庫に入れるのが「面倒くさい」から。
そして忘れる。または、「飽きちゃったの」と放置。
同じようなことを繰り返すので、食器棚の奥には、何日前のものかわからない揚げ物がよく残っていた。
そういえば、どうもイノコは「腐敗」という現象を理解できないらしい。
密閉しない状態での保管や常温保存は当たり前だし、茹で卵も一週間くらい放置していた。お湯を沸かすときも、一度やかんを空にせず、その上に水を継ぎ足していく。
「ふつうの水道水がすぐ腐らないのは、残留塩素が含まれているからであって、一度沸騰させると消毒効果がなくなるから、すぐ雑菌が増えるんです。だから、せめて朝イチにお湯を沸かすときは、やかんに残っている前日の水は捨ててください。ポットのお湯も同じですっ」
と、何度言い聞かせたことか。
それでも、その場では「わかったわ」と言いつつ、捨てるのが「面倒」なのか、そのまま水を継ぎ足していた。
ちなみに、イノコがサ高住に移って以降、私は彼女が入れてくれるお茶はぜったい口にしない。イノコ専用の湯沸かしポットのお湯なんて、信用できないもの。
あと、イノコには食のセンスというものがない。
イノコに任せると、朝食は「パンと味噌汁」、昼食は「そうめんと生姜だけ」などという、食の統一感や栄養バランスを一切排除したメニューが並ぶ。
一時帰国の時は「短期的なもの」として我慢もできたが、イノコの終活支援のため長期滞在を覚悟したときは、そうもいかなかった。
イノコが住んでいた村にはスーパーがなく、まともな食材(タンパク質)を揃えるには村外に出るしかない。ただ3人のうち唯一運転ができるのがイノコだけという情けない状況だったため、最初のころはイノコに買い出しを任せていた。
ところがイノコは、買い物のセンスもないのだ。
大人3人なのに豚肉100gとか、塩サバ1尾とか。これでいったいどうしろと?
「ずっとひとりだったから、何をどれくらい買ったらいいかわからないの」
それで「豚バラ600g、鶏もも肉3枚」などと書いたメモを渡すのだが、今度は「メモを見るのを忘れちゃって」という始末。
仕方がないので、私も買い物に同行することにした。ハンドルを握ったイノコは、ここぞとばかりにマウントBBAと化す。
「前を走っているのは、村のお年寄りね。ちんたらちんたら走るから、すぐわかるわ」「ひとりのときはね、この峠を時速70㎞で走り抜けるの。でもももんちゃんに怒られるから、今日はゆっくり走るわね」
同じセリフを、同じ場所で、それこそ一字一句たがわず、毎度繰り返す。
あー、イライラ。イライライラー!
それでも大量のたんぱく質や、村にはないこじゃれた食材を入手できるのは嬉しい。さぁ、さっそく小分けして、冷凍しなきゃ。
なのに、冷凍庫にはスペースがない。霜まみれのアイスと、賞味期限切れのだんごの粉、袋が破けたままのホットケーキミックス、いつ突っ込んだかわからない謎の食材が場所を塞いでいるからだ。
「オカーサーン!いくら冷凍だからって、5年前の粉類は捨てますよ!」
「でもまだ食べれると思うの」
「食べられません!」
キッチンに立ち入ると私に怒られるからだろう、そそくさと畑へ逃げるイノコ。そして調理担当の都合も考えず、目についた野菜を好きなだけ採ってくる。
しかも、泥つきのまま。
もういい加減にしてー!
*
「ミョウガの花と、5年前の義母」を書いてからというもの、当時のことをあれこれと思い出す。あのストレス満載の日々を笑い飛ばせるようになるなんて、思ってもみなかったわ(あ、イノコの口癖が移った🤣)
あのときの私を、思いっきり褒めてあげよう。
ほんとうに、もう、がんばりやさんなんだから😆
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