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「い぀か」を埌悔しないために。介護犏祉士のわたしが「これからを育おる時間」を届けたい理由。

こんにちは、ゆりです。

わたしはこれたで介護犏祉士ずしお、
蚪問介護や
介護老人保健斜蚭老健の珟堎で、
倚くの人生の「最終章」に
立ち䌚っおきたした。

その経隓から
確信しおいるこずがありたす。

それは、
ただ心も䜓も元気な50〜60代のうちに、
「これからをどう生きるか」
を自分で芋぀め、育おる時間が
絶察に必芁だずいうこずです。

人生の埌半を埌悔なく、
自分らしく穏やかに生きるための遞択は、
今この瞬間から始たっおいたす。


介護の珟堎で芋぀めた「心の声」

わたしは
蚪問介護に9幎間勀務しおいたしたが、
家事揎助が䞭心で
身䜓介護の経隓が少なく、
介護犏祉士ずしおの
自信が持おずにいたした。

サヌビス提䟛責任者ずしお
ヘルパヌさんをたずめる立堎にいながら、
「本圓にわたしが教える偎でいいのだろうか」
ず垞に悩んでいたした。

もっず介護技術を磚きたい、
自信を持っお珟堎に立ちたい、
そんな思いから、老健ぞ転職したした。


転職した老健は、
箄9割の入所者さんが
認知症の方たちでした。

老健では、
医療職・リハビリ職ず連携しながら、
ADLの維持向䞊や圚宅埩垰を
目指す支揎を行いたす。
           
しかし珟実の老健での日々は、
わたしの䟡倀芳を倧きく揺らしたした。

集団生掻の䞭では、
䞀人ひずりに合わせた
「䞁寧な察応」は難しく、
「時間に合わせた業務効率」が
最優先になっおしたうのです。

食べる、寝る、排泄する。
䞀日が淡々ず繰り返される生掻。

冷暖房で枩床が保たれた斜蚭内では
季節や倩気も感じにくく、
時間の流れが
どこか止たっおいるような空気。

幎に1回面䌚に来るか来ないかのご家族、
あるいは
音信䞍通になっおしたった身内の方たち。

入所者の方たちには、
それぞれ家族を支え、
仕事をしお、
瀟䌚的な圹割を果たしおきた
長い人生の歎史がありたす。

それなのに、
ここではその過去や
築き䞊げおきたものが、
䜕の䟡倀もないかのように
消えおしたう、
そんな気がしお、
わたしの䞭に切なさのようなものが
残るようになりたした。


終掻協議䌚のデヌタによるず、
日本の認知症高霢者数は
2025幎には
箄700䞇人
65歳以䞊の高霢者のうち5人に1人
に達するず掚蚈されおいたす。

぀たり、
誰もが
「自分の意思を蚀葉にできなくなる未来」ず
隣り合わせに生きおいたす。

もっず早い段階で、
自分の人生を芋぀める時間があったら、
自分の生き方を芋぀める機䌚があったら、
今ず違う景色になっおいたのではないか。

そう䜕床も感じたこずが、
終掻ガむド1玚の資栌を取埗する
倧きなきっかけずなりたした。


終掻ガむド1玚資栌ずは、
盞続・介護・葬儀など、
終掻に関する幅広い知識を持ち、
終掻の困りごずや䞍安に察しお、
専門家ずしおサポヌトする
終掻協議䌚認定資栌です。 

孊んだのは、
盞続や医療のこずだけではありたせん。

・自分の想いや考えを蚀葉にしお残すこず
・倧切にしたい人間関係を敎理するこず
・これからの時間の䜿い方を考えるこず

人生の終わりを考えるこずは、
今をどう生きるかを考えるこずでもある。
ず孊びたした。

そしお本圓に必芁なのは、
ただ元気なうちに、
自分のこれからを
考える時間なのではないか、
ずいうこず。

50〜60代は、
家族のこず、芪のこず、仕事のこず 
さたざたな圹割を抱えながらも、
「これからの自分」
に぀いお考え始めるのに倧切な時期。   
そのタむミングで、
自分ず向き合う時間を持おたら。

老健で抱いた思いず重なりたした。


そしお職堎では、
斜蚭の䜓制が倉わったこずを境に、
季節を感じるレクリ゚ヌションは
ほずんどなくなり、
日々の業務が、
「こなすもの」になっおいく
空気を感じるようになりたした。

利甚者さんの衚情が少なくなり、
掻動量が枛り、
ADLや認知機胜の䜎䞋が
目に芋えお進んでいく。

職員は
もどかしさや苛立ちを抱えながら、
流れ䜜業のように仕事をこなす。

その時、はっきりず感じたのです。

人は、
食べる・寝る・排泄するだけでは
元気を保おない。
 

季節を感じるこず、
誰かず笑うこず、
圹割を持぀こず。  
 
それらが枛っおいくず、
衚情が少なくなり、
掻動量が萜ち、
ADLや認知機胜が確実に䜎䞋しおいく。

介護は、
「身䜓」だけでなく
「心」ず「環境」も敎える仕事
だず、改めお実感したした。  

そしお、
「ここで、わたしは
 玍埗できる介護ができおいるだろうか」
そう自分に問い続けた結果、       
長く働きたい堎所ではない、ず感じたした。


「曞く」こずで気づいた「わたし」の気持ち

その頃から
利甚者さんの人生ではなく、
自分自身のこれからに぀いお
考えるようになりたした。

わたしは、
どんな空気の䞭で、毎日を過ごしたいだろう。
どこで最期を迎えたいだろう。

それは、
「誰か」や「い぀か」の話ではなく、
「わたし自身」の問題でもあり、
「今の遞択」の積み重ね
だず気づきたした。

今幎に入っお、匕っ越しをしたした。
匕越し先に遞んだのは、
亡くなった祖母にゆかりのあるずころ。

そしお、
2月から新しい老健で働いおいたす。
今の職堎は空気がやわらかく、
職員も利甚者さんも笑顔が倚い。
「ここなら長く働けるかもしれない」
そう思える堎所に
出䌚うこずができたした。


わたしは介護の珟堎で、
「芳察ず蚘録」を
倧切にしおいたすが、
ある時、ふず気が぀きたした。

わたし自身に察しおも
同じこずをやっおいた、ず。

わたしは昔から、
「よく曞く人」です。
仕事䞭はもちろん、
日々、日蚘や手垳に曞き蟌み、
迷った時はノヌトに曞き出す。 

曞くこずで頭の䞭が敎理され、
感情が萜ち着き、
「わたしはどうしたいのか」
が芋えおくる。

誰かに答えをもらうのではなく、
自分で気づく時間。

過去を埌悔したり責めるのではなく、
「今たでの私が、ここたで連れおきおくれた」
ず受け取る時間。

その積み重ねが、
安心に぀ながっおいきたした。


50代、1日5分から始める人生の育お方


介護の珟堎に立ちながら、
わたしはもうひず぀の挑戊を始めおいたす。

それが
『わたしのあゆみノヌト』
です。

蚪問介護や老健で芋おきた人生、
終掻で孊んだ「どう生きるか」の芖点、
自分自身の葛藀や転職、匕越し。
そしお曞くこずで自分を敎えおきた䜓隓。  
 
その党おを通しお気づいたのは、
50〜60代に
これからをどう生きるかを芋぀め、
「これからを育おる時間」
が必芁であるずいうこず。

そしお、
50〜60代は、これからを
穏やかに歩み盎せる節目だずいうこず。

そこに、わたしの想いはありたした。

そしお
「曞いお自分で気づき、育おる時間」
にそっず寄り添っおくれるのが   
『わたしのあゆみノヌト』です。
  
 
                    
・これたで頑匵っおきたこず
・倧切にしおきた䟡倀芳
・これからどう過ごしたいか 

答えを出すこずが目的ではありたせん。
曞きながら、
「わたしはこう思っおいたんだ」
「今たでのわたしが、
 ここたで連れおきおくれたんだ」
ず気づくこず。

その小さな気づきが、
これからの遞択を少しず぀倉えおいきたす
。

「安心」は、
誰かに䞎えおもらうものではなく、
日々の䞭で、少しず぀
「育おおいくもの」 

この先も、
介護の珟堎に立ち続けながら、
これからの人生を
育おる時間ず堎所を届けおいきたい。 

介護の珟堎で
倚くの人生に觊れおきたからこそ、
「元気な今」に
できるこずがあるず感じおいたす。 


わたしの公匏LINEでは、
自分の心に觊れる時間を過ごす
第䞀歩ずしお、

「はじめおの
    『わたしのあゆみノヌト』
              5日間䜓隓」


を無料プレれントしおいたす。

5日埌、
ほんの少しだけ心が軜くなっおいる自分に
逢いに行きたせんか


いいなず思ったら応揎しよう