サーモンと焼き鮭。
妻の実家は、いわゆる田舎である。近所付き合いは天下一品のこってりラーメンもびっくりの濃さだ。親族は全員半径数キロ圏内に生息する。かつては純真だった少年少女は漏れなくヤンキーになり地元就職をする。ごく一部の都会へ旅立ったヤンキーたちは、正月や年に一度のお祭りともなれば、残クレアルファード界隈としてこの街へ凱旋する。
どのくらい近所付き合いのレベルが濃厚かというと、もはやこの経済区には防犯という概念が存在しない。玄関のドアに鍵をかけないなんていうのは驚くに値しない。朝の七時台から近所の来客は容赦なくリビングへ侵入してくるし、大晦日から正月にかけては、二十四時間体制でいつ訪れるとも知れぬゲストをおもてなしし続けなければならない。
なによりコミュニティ内における情報のシェアの速さと精度が凄まじい。コロナ禍では、どこの家の誰がデルタ株に感染し、誰がオミクロンにやられたかという医療情報が爆速で駆け回っていた。この地の口コミの速さはインターネット速度を凌駕する。
避けては通れない逸話がある。この家のWi-fiだ。
とうとうWi-fiが使えるようになったと妻からは聞いていた。久々に訪れた際にお義父さんに尋ねた。
「Wi-fiどこですか?」
彼は言った。
「うちは隣の家のを使っているから」
昭和の「醤油貸して」の比ではない。パスワードは共有され、利用料金は負担していないという。私の知らないところで、田舎の近所付き合いは、Wi-fiシェアリングという次のフェーズへ突入していた。
思い起こせば、私は、妻の実家に初めて行った日からカルチャーショックの連続である。
食卓に座る私に対して、「お腹いっぱいです!」と白旗を掲げているにもかかわらず、目の前の皿にどんどん料理が盛られ、平らげれば平らげるほど、終わりなきおかわり地獄へと引きずり込まれる現象が発生した。
彼女の一族にとって、食卓にあるスペースは罪なのだ。大皿と大皿の間にわずかでも隙間があれば、まるでパズルのピースを埋めるかのように、ちくわの磯辺揚げや冷奴といった小皿料理が敷き詰められていく。
そして来客者の皿は、常に山盛りでなければならない。断ったところで、皿は強奪され、厨房へと連行される。そしてマシマシ状態で帰還を遂げる。
しばらくして私は、このフードテロの裏で、すべての糸を引いているフィクサーの存在を知った。それは、のちに私の中でサーモンと呼ばれることになるお義母さんだった。
彼女と初めて出会ったあの日、鮮魚コーナーの前で交わした何気ない会話が、その後の三十年弱に及ぶ私の食生活に甚大な影響を与えることになるなど、二十歳そこそこだった当時の私は知る由もなかった。
あれは、実家に初めて遊びに行き、サーモンと妻と私の三人で、近所のスーパーへ買い出しに出かけたときのことだ。
にぎやかな鮮魚コーナーの前で、サーモンが振り返った。
「〇〇さん(私)、お魚は何が好きなの?」
私は恐縮しながらも伝えた。
「ブリの刺身です」
「あら、ブリね! 分かったわ!」
彼女は力強く頷き、パックを品定めし始めた。ははーん、分かったぞ。娘の彼氏が遊びにきているのだ。好物を出して歓迎してやろうという親心に違いない。今夜は美味しい刺身で一杯やれるぞ。心の中でガッツポーズを作った。
ところが、その日の晩御飯。食卓のどこを見渡しても、ブリの刺身の姿はなかった。並んでいるのは、ポテトサラダ、唐揚げ、生野菜サラダ、チャーハン。 私は特に気にも留めなかった。その時だった。
「はい、〇〇さんの大好物よ!」
サーモンが満面の笑みで、私の目の前にそっと皿を置いた。 そこに鎮座していたのは、脂の乗りきった焼き鮭だった。
私はフリーズした。しかし、特に気を留めないふりをして平らげ、「美味しかったです」とお礼を伝えた。この時の私は知らない。悪夢、いや、鮭の進撃はここから始まることを。
次の日の朝、目が覚めて食卓に向かうと、私の目の前には昨日と寸分違わぬ姿をした焼き鮭が待機していた。 日本の朝ごはんと言えば、炊き立てのご飯、味噌汁、そして焼き鮭だよね。と自分に言い聞かせ、「ごちそうさまでした、美味しかったです」と感謝を伝えた。
そして、それは同棲していたアパートに帰ってきた時に判明した。 キッチンからガサガサした音が聞こえる。覗くと妻が冷蔵庫に何かを詰め込んでいた。
「ん? 鮭。お母さんが、〇〇さんが大好きだから持っていきなさいって、冷凍のやつを持たせてくれたのよ」
それからというもの、私たちが妻の実家に帰省するたび、私の前には焼き鮭が並び続け、帰りのお土産には、鮭の切り身が不動のセンターとして居座り続けることになった。
私とてただ甘んじて鮭の波状攻撃をくらっていたわけではない。私なりに、些細な抵抗を試みたこともある。
妻の兄家族の誰かの誕生日祝いで、親戚一同が集まったときのことだ。誰かが気を利かせて、大皿の刺身の盛り合わせを買ってきた。その中にブリが入っていたのだ。この千載一遇のチャンスを逃すわけにはいくまい。私は意を決して少し大きめの声を張り上げた。
「あ、ブリかあ。私、ブリが大好物なんですよね。いやあ、本当にお久しブリ……」
私の決死のメッセージと渾身のジョークは、巨人軍をディスりまくるお義父さんの怒号によって、跡形もなくかき消された。
ブリと鮭は違う。完全に違う。
まず、漢字が違う。「鰤」と「鮭」。魚偏は同じだが、右側のつくりは丸ごと違う。次に、見た目が違う。ブリは赤身を基調としている。しかし、鮭はサーモンピンクである。おまけに私はブリの刺身と言ったのだ。どういうわけグリルでこんがりと焼かれているではないか。
「お母さん、勘違いしてるよね」
私は妻に切り出した。事情を話すと、妻は笑って言った。
「それね、お母さんの通常運転。エビアレルギーの娘の私に、平気な顔して『エビフライ食べなさい』って勧めてくるくらいだから」
勘違いを指摘して、正解を教えることは簡単だ。たった一言告げれば、この鮭地獄からは解放されるだろう。けれど、私はそれをしなかった。そして、その予定はない。
なぜなら、あの食卓に並ぶ焼き鮭は、単なる勘違いの産物ではないからだ。
それは、娘の将来の旦那になるかもしれない私という、まだどこの馬の骨とも分からない赤の他人を、なんとかして喜ばせたいと願った、サーモンの圧倒的な愛そのものだったからだ。
最近は仕事が立て込んでしまい、なかなか実家へ顔を出すことができていない。けれど、もう少しすれば夏休みがやってくる。久しぶりに家族全員で、あの街へ帰省できそうだ。
あの小柄なフィクサーも、きっと首を長くして私たちの帰りを待っているだろう。久しぶりに座る食卓で、私の目の前にどんな魚が並ぶのか、今から楽しみで仕方がない。たとえそれが焼き鮭だったとしても。
