見出し画像

歴史学者の古代史の定説を覆す「仮説」「新説」 ①梅原猛氏と井沢元彦氏

大学受験は、日本史を選択科目とした。
一通り日本史は理解していると思っていた。

梅原猛

ざっと50年前、1972年に梅原猛氏の『隠された十字架 法隆寺論』が出た。21歳の時だ。それほど間をおかずに読んでいると思う。次々に出た著作を読んで信者になっていたような気がする。卒論に宗教を選んでおり、たぶんアンテナを張っていたと思う。
私はアマノジャクな性格であり、次の柿本人麻呂に関する「仮説」「新説」に心躍った。氏の説に沿って万葉集を読むと、累々たる皇位継承候補者の死を弔う歌が並んでいる。文学部でのどかに歌の鑑賞をしていた時には先生は挽歌を避けていたのか。

梅原猛 著『隠された十字架 法隆寺論』

Wikipedia

読みにくいので、引用にする。

法隆寺は仏法鎮護のためだけでなく、聖徳太子怨霊を鎮魂する目的で建てられたと主張する。その大胆な仮説に説得力を持たせるため、様々な古典や史料、論考などを論拠として提示する。

梅原猛は「たたりの条件」として、
1 個人で神々に祀られるのは、一般に政治的敗者が多い。
2 且つそのとき、彼らは無罪にして殺害されたものである。
3 罪無くして殺害された者が、病気や天災・飢饉によって時の支配者を苦しめる。
4 時の権力者はその祟りを鎮め自己の政権を安泰にする為に、祟りの霊を手厚く葬る。
5 それとともに、祟りの神の徳を褒め讃え、良き名をその霊に追贈する。

といった公式を与え、聖徳太子がこの条件を満たしているとする。その上で、法隆寺の建造目的が聖徳太子の怨霊鎮魂のためであるとする可能性について論を展開していく。

梅原猛の法隆寺論においてもう一つ着目すべき特徴は、蘇我氏を排して政治的実権を握った藤原氏が歴史を掌ったとし、『日本書紀』の実質的な著者が藤原不比等(不比等は史人に通ずるとする)と論じている所と言える。

Wikipedia

『水底の歌 柿本人麻呂論』

水底の歌』(みなそこのうた)は、哲学者梅原猛の著した柿本人麿に関する評論。副題は「柿本人麻呂論」。大佛次郎賞受賞作。

飛鳥時代の歌聖・柿本人麿は女帝・持統天皇によって流罪に処せられ刑死したとして、柿本人麿の和歌を、恋歌挽歌を中心に悲劇的に見直す新しい解釈を示した。

1972年(昭和47年)6月から1973年(昭和48年)6月まで雑誌「すばる」(当時は季刊誌)に連載し、1973年11月に出版された。
内容

梅原猛柿本人麿大津皇子と同様に、何らかの政治事件に巻き込まれて流罪になり亡くなったとする説を立て、その説明として、今までの柿本人麿の人物に関する諸書の解釈の矛盾点を挙げつつ、数多くの文献から、人麿流罪説を裏付ける部分と解釈を示していく。

内容構成としては、先ず斎藤茂吉の示した、柿本人麿の亡くなった鴨山という地が石見国邑智(おうち)郡の粕淵の地であるとする説[1][2][3]の矛盾点を挙げ、柿本人麿の晩年の歌に“水底”や“死”に関するイメージの多いことを中核に、状況証拠を挙げ、鴨嶋という海上の小島に流罪となり、死んだとする大胆な説を挙げる。

その次に、人麿の地位・年齢に関する賀茂真淵の解釈の矛盾点を挙げ、柿本人麿は柿本猨(さる、別名:猿丸大夫)と同一人物であり、地位も春宮大夫で天皇の側近くにある立場であった説を立てる。
そして人麿が正史に登場せず、歌集の中でのみ登場するのは、藤原政権による歴史隠蔽の為であり、逆に柿本猿が歌人として正史にありながら、その歌が残っていないのは、その歌が人麿の作として歌集に載っているためであるとする。そして“猨(猿)”とは“人”麿が政治事件に巻き込まれて罪人となった為に名づけられた蔑称であり、万葉集にその歌が載せられたのは、橘諸兄らによる怨霊の鎮魂と、藤原政権にたいする批判・牽制の意味合いがあったためであるとする。

Wikipedia

氏の著書を次々に読み、いろは歌の謎とか他の著者の本もどんどん買った。
28歳で役所を退職記念に氏が編集した画集を希望していただいた。ただ、残念なことに私には絵心が無かった。本棚にずぅっと寝ている。

後の歴史学者以外の論者は、先駆的なこの理論に乗って、説を展開しているように見える。
歴史学者は当時の為政者が他意なく歴史を記しているという土台から外れない。恩師の説を蹴飛ばせないらしい。正当性を主張するため国の正当な歴史書を歪曲することは無いと。

井沢元彦

手元にある『逆説の日本史②』の文庫本は2012年第27刷である。相当読まれている。広い知識での説得力があり、小説家の文章力がある。
お風呂で読むので、ぼろぼろである。
初版は1998年に出ている。シリーズがだいぶ出た頃に手に取ったのだ。
梅原猛に飽きたのか、歴史書から遠ざかっていた。

とにかく、どんどん読めて面白い。

天智天皇は暗殺された
長屋王の祟りで藤原4兄弟が死んだ
大仏は怨霊を封じるために建立された

➀③と買い足している。

引用が多いので2000になってしまいました。
長くなるので、井沢元彦氏の続きは次回へ持ち越します。


いいなと思ったら応援しよう!