おにぎりの法則
小さな世界の真ん中でおにぎりを握る
子供を産むのって、ちょっとお化け屋敷に似ている気がする。
お化け屋敷に恐る恐る入ると暗闇に潜むお化けたちがワァ!と襲ってくるわけだけど、それがいつ、どこで来るかがわからないから余計に怖さが増すわけで。
初めての出産もいつどんなタイミングで、どのくらいの痛みが襲ってくるか全くわからないから、ずっとハラハラドキドキ、そして最後は大絶叫。
でも二度目ともなると「あ、次の角辺りでそろそろお岩さんかな」とか「次はミイラ男の登場だよね」と経験から来る余裕からか怖さも半減する。
出産も2度目なら「おっと陣痛、きたきたきた!」
「そろそろ破水のタイミングかな」「あともう一踏ん張りで出てきそう」と、たとえ痛みは同じでも余裕がある分、不安も半分だ。
これは子育てでも同じだと思われ。
1人目の時は育児書を熟読しても、絶対その通りにはならない赤ん坊に天を仰ぎ絶望する毎日。
だが2人目ともなると「まあ、思う通りにはいかないよね」「泣き過ぎても死んじゃうことはないしね」とだいぶ心持ちが違ってくる。
経験と余裕のなせる技だろう。
夜泣きが酷くオネショも小学校6年までしていた長男と違い、娘は難産であったもののグズリもせずオムツも早く取れ、食べものの好き嫌いもない手のかからない子供だった。
ただなんとも個性的だったので、いつも周りをヒヤヒヤさせていたけれど。
小学校1年の時、朝ゴミ捨てを頼めばそのままゴミ袋をズルズル引きずって学校に行く。
下着姿にランドセルを背負って、そのまま家を出ていくのを止めた事も一度や二度ではない。
「ちょっと考え事をしていたから」というけれど、一体どんな考え事をしていたらそうなるのだろう。
そんな娘と長男は5歳離れていたので、ある意味子育て第二章いちからやり直しの反面、子煩悩な義母や夫に子守りを頼めた時には、私は比較的自由に遠出もできた。
それは娘が小学校2年生の授業参観の時。
教室に入った私にママ友たちからの第一声は
「もう、〇〇さん (私の名字)たら!〇〇ちゃん(娘の名前)が可哀想!」
「え? なに?なんの話?」
指さされた壁を見ると、そこにはクラスの子供達の俳句が貼ってあった。
国語の時間にでも書いたのだろう。
顔を近づけてよく見ると娘の名前があった。
そこには
「うちの母 子どもを置いて 海外へ」
その俳句の下には先生の評も書いてある。
「お母さんがいない寂しい気持ちが、とてもよく伝わってきます」
いやいやいや。
お母さん、いますって。
そんなに寂しくないですって。
ほんの2、3日家を空けただけだし、夫と義母に万全のバックアップ体制を願いして、お土産もたくさん買ってきましたよ。
としどろもどろでママ友に弁解、いや釈明する。
「もー〇〇さんたら、母性本能どっかにおいて来ちゃったんじゃないのぉ?」
「そうそう。生まれてくる時、置いてきちゃったのかも」
笑いながら答えたけど。
まあ、心当たりがなくもない。
置いてきたとしたら母のお腹の中なのだろうけど、生まれたての私を見て「器量が悪くて色も黒い」と言った人だから、母もまた祖母のお腹の中に母性本能を忘れてきたのだろうか?
長男を産んだ時にも思ったけれど、私は「母親やる気スイッチ」が時々行方不明になる。
子供が産まれても、手の込んだ離乳食を作ったり、手作りの幼稚園バックを上履き入れを縫ったりしなかった。
市販の物をどんどん使ったし、その方が時短になるから良いと思っていた。
やっぱり母性本能が足りないのかな。
「もっと手をかけてあげなくちゃ、子供達が可哀そうよ」
何度も言われた言葉だ。
お腹の中に命を感じ、子供を産んだその時から母になれる人もいる。
でも私はちょっと違ったようだ。
私も母性ホルモンがドバッと出て、母親のやる気スイッチがポン!と入れば良かったのに。
それでも私が落ち込まなかったのは、食べるのが大好きな娘が私の作る手料理をモリモリ食べてくれたから。
料理といってもパッと作ってさっと出す、手際だけはいい料理。
その中でも私の握るおにぎりが大好きだった。
「お父さんはお料理が上手だけど、おにぎりだけはお母さんに勝てないね」
そう言っていつも口いっぱいに頬張った。
ふと思いだす。
私も小学生の時、ちょっと小腹がすくと母におにぎりを作って貰って食べていた。
蒸したさつまいも台所にあったけど、私は大学芋と焼き芋は好きだけど蒸したさつまいもはあまり好きではなかった。
母も子供にチョコレートやガムを買うなら米でも食べさせておいたほうが良いと思ったのだろう。
おやつ代わりなので小さめなおにぎりだったが、
かたちは俵形で味噌をぬったおにぎりだ。
たまに梅干しと一緒に漬けていた赤紫蘇が巻いてある。
考えたら母もあまり料理は得意ではなかった。
それでも私は母の作るおにぎりが大好きだった。
母の手は今の私よりずっと細くて筋張っていたけれど。
それでも母が握るおにぎりは、昨今流行りの噛むと口の中でホロリと崩れるようにおにぎりではなく、力を込めて握る堅めのおにぎりだった。
そして私の握るおにぎりもそうだ。
おにぎり好きとおにぎりの握り方は遺伝するのかもしれない。
いつだったか、そのおにぎり好きの娘は友達とお母さんの得意料理の話になって
「うちのお母さんの得意料理はおにぎりだよ」と言ったら「おにぎりは料理じゃないよ」と言われ憮然として帰ってきた。
「おにぎりも料理だよね!」
そう娘に言われ考える。
さて、おにぎりは料理なのだろうか?
茶碗によそったご飯は料理とは言わない気がするが、おにぎりはどうだろう?
ほんの少し水に濡らした手ににちょこっと塩をのせ、しゃもじで掬った炊き立てのごはんを乗せる。
手のひらの熱さに耐え、熱々の湯気をたてるごはんをふーふーしながら手早くまずは一握り。
さらに2度ほどギュッギュッと握って形を整える。
艶々したごはん粒が一つ一つ潰れることなく,でもふんわりしっかりと寄り添ったおにぎりだ。
そのおにぎりをパリパリの海苔で包むと、磯の香りがぷーんと漂って食欲を刺激する。
中に入れる具はなんでも良い。
梅干し、たらこ、シャケ、オカカでも昆布でも。とにかく好きな具を中に入れる。
お米を研いで炊いて、調味料の塩を足し、海苔と具も加えて作るのだから、、
「娘よ!おにぎりは料理です」
それから娘はどこで誰に聞かれても
「母の得意料理はおにぎりです」と胸を張って言っていたらしい。
その宣伝の甲斐あってか私は家族のみならず、親戚、娘のクラスメイト、なんなら向こう三軒両隣くらいまでおにぎり名人として名を馳せている。
だからだろうか。
私の母親スイッチは普段は接続不良気味なのだけど、おにぎりを握っている時だけはすこぶる良好だ。
「マーフィーの法則」ならぬ「おにぎりの法則」?
息子を産んだ時。
私は母になった。
娘を産んだ時、もう一度母になった。
あの時の私に贈る言葉があるとしたら・・
妊娠中あんなにドカ喰いしなかったら、あなたの娘はもう少し小さく生まれていたかも知れません。
3514グラムなんていうジャンボな赤ちゃんではなくて、もう少し小さめで。
そうすれば給食の「残り物引き受け係」なんて拝命せず、運動会では5年生なのに人数合わせで6年の騎馬戦に出て真っ先に潰されることも無かったでしょう。
あなたの娘が高校に入学してすぐの土曜日。
自転車で転倒して前歯が一本ポキリと折れて、血だらけで救急車に乗せられます。
救急隊員からの電話で、お昼の炒飯を食べていたあなたが慌てて駆けつけると。
人気のない待合室で1人座っていたあなたの娘は、唇が紫色に腫れ上がっているのに夜ご飯はお粥ではなくおにぎりが食べたいと言いました。
あなたの握ったおにぎりが食べたいと。
そんな元気な食いしん坊に育ちます。
背中? お腹? 頭のてっぺん?
私の母親スイッチはどこにあるの?
あの頃のあなたはずっと探していたけれど。
あなたの母親スイッチはおにぎりと綿密に連携しているようです。
だからたくさんおにぎりを握ってください。
たまには俵形の味噌おにぎりも握ってください。
あなたの「母親スイッチ」は知らないうちに、いい塩梅に塩をまぶしたあなたの手で押されます。
