私の作るビーフシチューにじゃがいもは入っていない
料理が苦手な私だけど、それでも一年に一度くらいは父直伝のビーフシチューを作ってきた。
それは家族の誕生日だったり記念日だったり。
でも子供たちが大きくなって特別な日を家族ではない誰かと過ごすようになってから、そのビーフシチューをつくることはなくなっていった。
あまりにも時間と手間がかかるので。
最後にあのビーフシチューを作ったのはいつだろう。それは思い出せないくらい遠い昔。
もうレシピさえ忘れるくらいに。
古い手帳を引き出しの一番奥から見つけたのは暮れの大掃除の時だった。
その手帳はむかし、銀座の伊東屋で深い赤色が気に入って買ったものだ。
一年分の日付のページの最後にある白いメモ書きの部分にそれは書かれていた。
ビーフシチューのレシピだ。
その頃はフードプロセッサーも圧力鍋も持っていなかったので、全ての工程を手作業ですると一日がかりになる料理のレシピ。
だから特別な日にしか作らない。
そんなスペシャルなビーフシチューには、夫や子供たちが好きなじゃがいもは入っていない。
赤い手帳を手に考える。
今日は12月の24日。
クリスマスイブだ。
明日のクリスマスの夜までに間に合うだろうか?
でも今を逃したらもうずっと作れない気がした。
多分今日がその「特別な日」だから。
* * *
結婚が決まった時、母は箪笥や着物を持たせたがったが、新居は築三十年超えのボロい公団住宅だったので「いらない」と断った。
一人暮らししていた時の家財道具が一式あるし、
着物も今貰っても多分着ないだろう。
母の勧めで花嫁修行と称し着付け教室にも通ったけれど、高い着物を買わされただけで大した成果は得られず、一人で着付ける自信は全くない。
母はひどく不満そうだったが「新しい家に引っ越したら買ってもらうから」ということで話がついた。
もしも我が家が名古屋界隈だったら、さぞや大事になっていただろう。
母の提案をむげに断った親不孝な娘でも、嫁入り道具として持っていきたいものが一つだけあった。
それは父の作るビーフシチュー。
正確にはその"レシピ"
私の父は料理人だった。
父は室町時代から続く神社の跡取り息子だったのに、ある日突然家出して料理人になったという。
単に辺鄙な山奥の神社を継ぐのが嫌だったのか、何か他に理由があったのか。
結局、父は最後まで語らなかった。
「お父さん、お祓いの最中に足が痺れて派手にすっ転んで、みんなに笑われちゃったんですって」
母はそう笑っていたけれど。
そんな父は料理人と言っても、家で料理の腕を振るうことはほとんどなかった。
土日は仕事で平日も帰りが遅かったから。
それでもどんなに疲れて帰ってきても、私たちが寝る前にお馬さんごっこをしてくれた。
まだ幼かった私と妹を背中に乗せて、敷き詰めた布団の上をパッカパッカと四つん這いになって歩き回り、最後にヒヒーンと嘶いて振り落とす。
そんな他愛の無い遊びが楽しみで、私たちは父の帰りを今か今かと待ち構え、お馬さんごっこをねだった。
遅い晩御飯もそこそこに、私と妹を背中に乗せて布団の上をパッカパッカと幾度も往復する。
へとへとになった父が「降参!降参!」と言っても「もっともっと」としつこくねだるものだから見かねた母によく叱られた。
父は二人の娘にとても甘かった。
そんなお父さん子だった私と父の間に、ある日突然暗雲が垂れ込める。
小学校二年生の時。
まだ自転車を補助輪付きで乗っていた私は、父に頼んで外して貰った。
が、何度挑戦してもフラフラと家の垣根に突っ込んでしまう。
「もういい!やめた!」と不貞腐れ、外した補助輪をつけて貰う。
外したり、つけたり。
つけたり、外したり。
そんなことを繰り返していたら、生まれて初めて父の雷が落ちた。
「いい加減にしなさい!」
頭を叩かれた。
怖かった。
涙がポロポロと零れ落ちる。
私は泣きながら家のトイレに駆け込んだ。
「父さんが悪かったよ」
(一生トイレに住んでやる)
そう思ったものの、お腹が空いた私は不貞腐れつつもノロノロとトイレの扉を開けた。
その事件がきっかけで私は父に対して何となく距離を取るようになった。
父のことが嫌いになったわけではないけれど。
私に甘かった父に強く叱られ、手を挙げられたことが子供心にとてもショックだったのだ。
そのショックを胸の奥に引きずったまま、私は思春期に突入する。
当然父とはあまり口を聞かなかった。顔を合わせても特に話すことが思い浮かばなかったのだ。
「勉強がんばってるか?」
「まあね」
「部活は楽しいかい?」
「まあね」
ずっとこんな感じ。
父がその頃の私をどう思っていたかはわからない。多分どう扱っていいかわからない、我が子ながら面倒臭い娘だったろう。
口下手な父親に似ず、私は口が達者だった。
達者なくせに、「ありがとう」や「ごめんなさい」が素直に言えない娘だった。
大学を出て、社会人となって三年目。
私が結婚しようと思っている人がいると両親に話した時のことだった。
相手が長男で私も女二人の長女だったことで
「お婿さんをとらなきゃとか考えなくて良いからね。好きなようになさい」と母が言った言葉に対し「お父さんはお姉ちゃんと一緒に暮らしたいなあ」と父はポツリと呟いた。
驚いて思わず父の顔を見る。
もし一緒に住むのなら、父は口うるさい長女の私より妹だろうと思っていたのだ。
だがすぐに父の言葉を母が一蹴した。
「親が子供の負担になるようなこと言うもんじゃないわよ」
父は何も言い返さず、ただ黙って笑っていた。
次の日は日曜日で、前日夜更かしした私は昼過ぎまで寝こけていた。
パジャマも着替えずに階段を降りて行くと、肉の焼ける香ばしい匂いが漂ってくる。
台所を覗くとフライパンで父が肉を焼いている。「なに焼いてるの?」
「牛すじ肉だよ。久しぶりにビーフシチュー作ろうと思ってさ」
父のビーフシチューは私の大好物だった。
そしてとても久しぶりだ。
昔は何度か作ってくれていたが、その後父だけ単身赴任したり、私が一人暮らしを始めたりでずっと食べる機会がなかったのだ。
父の作るビーフシチューは市販のルーを一切使わない。当時実家にはフードプロセッサーも圧力鍋もなかったから、もちろん全部手作業だ。
台所で料理する父の背中を見るのは久しぶりだった。
「これ、どのくらい煮込むの?」
こんがり焼き色をつけた牛すじ肉にざくぎりにした玉ねぎ、にんじん、ベーコンを入れ、更に皮付きニンニクと葉のついたセロリを投入している父の手は、やっぱり料理人の手だった。
大きくてごつい、料理人の手。
「赤ワインと水、それにトマトピューレとブイヨンを入れたら五時間くらいかな」
「そんなに⁈ ずっとそばで見てるの?」
「ずっとじゃないよ。でもちょくちょく覗いてあげないと」
「ずいぶん手間がかかるんだね」
私や母や妹が居間の炬燵でみかんを食べながらテレビを見ている間に、父は六時間以上コトコトと煮込んだ肉と野菜を丁寧に裏ごすという作業を二回ほど繰り返す。
さらに別鍋で下茹でした小玉ねぎと人参を、牛すじ肉と野菜を二回こした大鍋に移して味をなじませながら、塩胡椒した角切りの牛バラ肉を強火で炒めたものも加える。
その後は沸騰する直前で火を止め二十分ほど置くという作業を、黙々と繰り返していた。
私はその、気が遠くなるような面倒くさい作業を父の隣に行っては覗き込む。
「まだできないの?」
「まだまだ」
「もうできた?」
「まだまだ」
「ねえ」
「まだまだ」
そうしていい加減待ちくたびれた頃
「最後、バターを入れたら完成だよ」
駆け寄って鍋の中を覗くと、そこには艶やかなビーフシチューがキラキラと輝いている。
その時私はあることに気がついた。
シチューと言えば定番のある具材が入っていない。
「ジャガイモは入れないんだっけ?」
「ジャガイモを入れると粘り気がシチューに出てしまうんだよ。入れたほうが良かったかな?」
父の言葉に考える。
ジャガイモは好きだけど。
父が入れないのならそれでよい。
父の作ったビーフシチューは絹のように滑らかで、コクがあるのに優しい味だった。
「久しぶりに食べたけど、やっぱり美味しいね」
みんなに誉められて父は満足そうだった。
晩ごはんを済ませて皆でテレビを見ていた時、
私は伊東屋で買ったばかりの赤い手帳を手に父の隣に座った。
「お父さんのビーフシチューの作り方、教えてくれる?」
「おねえちゃんが作るのかい?」
「そうだよ」
「だけど、手間がかかるよ」
「それでもいいの。だから早く教えてよ」
「わかった。わかった」
そう言いながら、父はとても嬉しそうだった。
ビーフシチューのレシピを一通り教えて貰った後、風呂に入って部屋に戻ると机の上にメモが一枚置かれていた。
何やら文字が書いてある。
「どうしてもじゃがいもを入れたい時には、ブイヨンで別茹でしてから最後に入れること」
* * *
十二月二十四日。
ビーフシチューの材料を買って、父から教えて貰ったレシピを見ながら台所に立つ。

ふと考える。
レシピには「ザクギリ」と自分の字で書いてあるけど、父はもっと細かく切っていたような。
ざくぎり?みじん切り?
遠い記憶を辿っても思い出せない。
まあいいや。今回はざくぎりで。




ここで予期せぬアクシデントが発生!
牛すじ肉を下茹でして煮詰める時間を短縮したのと、冷凍ものを使ったせいかなかなか柔らかくならない。
しかもこし器に使ったザルの網目が小さすぎて、うまくこせない。
これではせいぜい一人分の量だ。
これはまずい。
様子を見にきた夫も心配そうだ。
「大丈夫?」
「大丈夫じゃないかも」
「え?どうすんの」
「何とかする」

仕方なくこしきれなかった肉と野菜にもう一度水、ビーフブイヨン、赤ワイン、トマトピューレを再び投入。
グツグツと煮ることさらに四時間。
今度は目の粗いこし器でこすと、漸く人数分のスープが取れた。
一息ついて小玉ねぎと人参を別茹でする。



炒めたバラ肉をこしたシチューに入れて味をなじませる。とりあえずイブはここまで。
ビーフシチューが全部蒸発してしまう悪夢にうなされながらクリスマスの朝を迎えた。

クリスマス当日。
昨日のビーフシチューを火にかける。
煮立つ前に火を止め二十分ほどおき、また火をかけ、煮立つ前に火を止めて二十分おくという作業を何度も繰り返し、最後にマッシュルームとバターを入れて完成だ。
なんとかクリスマスに間に合った。


「この味!この味! ママがお父さん直伝のビーフシチュー作ったの何年ぶりかな?もう一生食べられないと思ってたよ」
「せっかく教えて貰ったんだからたまには作れっていう、神様からのお告げかも。あの手帳見つけなかったら作らなかったろうし」
今まで何度も探したのに見つからなかった赤い手帳。
それはサンタクロースから私へのプレゼントだったのだろうか。
それとも亡き父からの「そろそろ作れ」という督促状だったのだろうか。
どちらにせよ、久しぶりに作ったビーフシチューはあの時と変わらない懐かしい味がした。
この週末には子供たちがやってくる。
その時まで火を入れ直して、父直伝の味をお裾分けしよう。
お世辞にもタイパが良いとはいえないけれど、かかった時間の分だけ天国の父と一緒にいられた、そんな幸せな時間のお裾分けをしよう。
そして、もしもジャガイモ好きの孫から
「なんでじゃがいもが入ってないの?」と聞かれたら「これはババが天国のひーじいちゃんから教わった特別なビーフシチューなんだよ」
と教えよう。
それでもどうしてもじゃがいもが食べたいとせがまれたら、ブイヨンで下茹でしてから最後に入れてあげよう。


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