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【小説】名もなき空の若者たち【第1章 佐伯の冬 ― 九九式艦爆訓練生たち】1.冬の佐伯に降り立つ影

作品紹介  次節


登場人物

― 冬の佐伯に集った六人と三人の教官 ―

大庭 清一(24)
静かに空を読む前席の男。
責任感の奥に、誰にも言わない不安を抱えている。

川畑 正(27)
繊細な後席員。
妻と幼い娘を残し、今日も大庭の背で声を重ねる。

石田 誠(25)
軽口で空気を和らげる男。
その明るさの裏に、仲間を思う強い心がある。

浜田 直哉(20)
冷静な観察者。
言葉は少ないが、石田を誰より理解している。

村瀬 俊太(22)
真面目で慎重な前席員。
故郷には、彼の帰りを待つ婚約者がいる。

新城 勇(23)
優しい後席員。
家族を支えるために空へ来た。
村瀬との静かな信頼が、彼の翼になる。

― 教官たち ―

山名 飛曹長(33)
厳しく、公平。
若い六人を見守る隊の柱。

高梨 勇作(28)
静かな優しさを持つ教官。
妻・佳代と三歳の息子・悠を胸に、今日も若者を導く。

黒田 一飛曹(29)
苛烈な指導で知られる教官。
その厳しさの裏には、かつて仲間を失った“消えない影”がある。


第1章 佐伯の冬 ― 九九式艦爆訓練生たち

第1節 冬の佐伯に降り立つ影

冬の佐伯は、音の少ない場所だった。
海から吹き上げてくる風だけが、
滑走路の端に並んだ機体の翼を、
ときおりかすかに鳴らしていた。

逆ガル翼の九九式艦上爆撃機が三機、
灰色の空の下で、金属とも氷ともつかない鈍い光を返している。
塗装の上に薄く積もった潮気を含んだ埃が、
冬の光を吸い込み、重たく沈んでいた。

「……これに乗るのか」

大庭清一が、誰にともなくつぶやいた。
声は風にさらわれ、すぐに形を失った。

近くで見ると、九九式艦爆は思っていたよりも背が高かった。
主脚の下にあるタイヤは、
人ひとりを軽く押しつぶせそうなほど太く見える。
機首から伸びるプロペラは、まだ静かに止まったままだったが、
それでも、そこに潜んでいる力だけははっきりと感じられた。

「思ったより、でかいな」

石田誠が、肩をすくめるように言った。

軽口のつもりだったが、
その声には、自分でも気づいていないわずかな強張りが混じっていた。

「でかい方が、なんか安心しないか」

浜田直哉がぽつりと言う。

「落ちるときは、でかくても小さくても一緒だよ」

川畑正が、冗談とも本気ともつかない調子で返した。
その横で、新城勇は黙ったまま、
機体の腹のあたりをじっと見つめている。

村瀬俊太は、少しだけ首をすくめて空を見上げた。
雲は低く、色の薄い布のように空一面に広がっている。
その下に、三機の九九式艦爆と六人の影が、
まだ互いの距離を測りかねているように並んでいた。

これから自分たちが乗る機体。
前席と後席、二つの命がひとつに収まる場所。

冬の空は、どこまでも薄く、冷たかった。
その冷たさは、まだ誰の胸の奥にも届いていなかった。

つづく


お断り
本作は、太平洋戦争期の航空隊を題材とし、
史実の出来事や当時の背景を一部参考にしていますが、
登場人物・部隊編成・会話・心情描写はすべてフィクションです。

また、作中に登場する基地名・艦名・訓練内容・作戦行動などは、
当時の史実を下敷きにしつつも、
物語の流れを優先して再構成したものであり、
実際の史実・運用・記録とは異なる部分があります。

本作は、
特定の人物・部隊・組織を描写・評価する意図を持つものではなく、
戦時下を生きた“名もなき若者たち”の姿を、
静かに見つめるためのフィクションです。


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