VRC無言勢カフェイベントが3年を迎えた | キャストが送るコトバ
まず、キャストの皆さんへ

まずは3年間、お疲れさまでした。
誰一人卒業せずにじんわりと人が増え、客層も入れ替わってきた。
最初の頃のことを覚えている人は、もう少ないかもしれない。
まぁ、年寄りの長話の一端として読んでもらえれば、と思う。
他の人にもわかりやすいように掻い摘んで話すと、Cafeクワイエット(以下クワイエット)は、何もないところから始まったわけではない。
前身イベントから主催をはじめとした人たちがコアになって、今まで続いてきた。私はその前身イベントを知らないし、参加したこともないので、そこで語れることはない。
ただ、そんな私がクワイエットで唯一誇れる点があるとすれば、クワイエットの最初のスカウトキャストだということだ。たしか2回目の開催だったと思うが、DMが送られてきた。
その頃の私は、VRChatとの距離感を手探りする日々を送っていた。鏡文字練習会に顔を出し、長文の怪文書を書き、今のようにnoteに無言勢の生き方やコミュニケーションの話を書いていた。
たぶん、他の人たちはフレンドと知り合ってからゲームワールドやチルワールドで交友を温めていたりしていたが、そちらよりVR特有の技術に惹かれていた。
そんな活動をしていたものだから、やりすぎだと怒られるとばかり思っていた。でも送られてきたのはキャストへのお誘いで、私はその話を受けたのだった。
クワイエットのキャストは一癖も二癖もある。これは確実に言えることだ。
なぜなら、クワイエットのキャストはスカウト制だからだ。
「キャストになりたい人」よりも、
すでに自分で何らかの行動を起こしている人。
自分というものを表に出せる人の方が、その場の個性の色彩に繋がることが多い、というのは、実際に自分が運営する側になって実感として持っていることだ。
そういう人たちだからこそ、個性が強くなるのは自然なことでもある。
無言勢としてキャストを3年続けるというのは、やめる選択をしなかった積み重ねだと思っている。
それが自己承認欲からなのか、やりたいことがあってのことなのかは人それぞれだろうが、その選択が今のクワイエットを形作っている。
毎回、キャストのステータスが緑になったとソーシャル欄で見て急いでジョインしてくれる常連や、初回優待を使う初見の方もいる。それもキャストの魅力あってこそ、こういった華のあるイベントなのだ。
なかなかどうして、大したものではないか。
今日では、無言勢に関連するイベントが多く生まれている。
少なからずその源流に私たちがいるのかもしれない。
ただ、そんなものになりたかったわけではなくて、
他のキャストと、イベントを我武者羅にやってきただけだったりする。
振り返ってみると、私たちが歩んできた後にそっと轍が残っていた、という感じだろう。
一癖も二癖もある、悪友たちのこと

さて、感傷的なことを書いたけれども、どれもこれも一癖も二癖もあるキャストたちのことだ。
未だにどう扱ったらいいか分からない人もいるし、私の扱いが雑を通り越して「無」になっているキャストもいる。客とキャストという立場ならイベントの構造が助けてくれるが、キャスト同士というのはそれこそフレンドから入っている人間がいないわけで、接待するポジションでもない。
言ってしまえば、友達の友達のようなすごく微妙な距離感から始まる。
それでも続けてきたのだから、それなりに人となりは分かってきているはずだ。
ただ、私自身が自分のパーソナリティをあまり語らないこともあって、
みんなからの「ユルシュルさんってプライベートだとこういう人だよね」という解像度は低いと思う。
プライベートも裏方業務があって付き合いが悪いしね。
まぁ、最初から円満だったわけではない。
たぶん一番最初に付き合いが生まれたのは、ふたくちさん(愛称:くっちぇ)だったと思う。アフターか何かでたまたま一緒になったのがきっかけだったか。
私は今でも女性アバターをほとんど使わず、男性・中性・ヒトガタであることが多い変わり者だ。
ただ、くっちぇも随分と変わり者だと思っている。
改変能力に優れているのだが、その分個性的な出で立ちをすることも多くて、腕を透けたシェーダーにしていたり、人っぽいナニカが多かったりする。かわいいというジャンルではなく、風変わりなのだ。
クワイエットでは、他キャストへのリスペクト(?)から、そのキャストに近しい出で立ちのバケモノを作ってきたりもしていた。主催の雰囲気かと思うと笑顔が貼り付けたような顔だったり、尻尾がエビフライだったり。
それが近づいてくるのは日本的なジャパニーズホラーだと思う。
くっちぇとは、そういった風変わりなアバターをお互い使っているところから始まり、やがてサボり組のような関係になっていった。
お目当てのキャストに客が散らばって暇になると、何をするでもなくたたずんでいる二人を見かけた人もいるかもしれない。
あの光景はあぶれたというより、合法的にサボれることを二人で喜んでいる図なので、ほっといてもらえると助かる絵面。
客が来たらそのタイミングでなんとかするから、そんな悪友のようなキャストの関係が作られている。くっちぇもサボリ組に所属している割には、私くらいしかイベント中に叱られていない気がするのだが、何故だろうか…。
他にも、まちゃぽん(愛称:ぽん)などは私の次に入ったキャストだが、その前から初心者集会で一緒だった同期でもある。
私の鏡文字を見て無言勢というプレイスタイルに興味を持ったとのことで、それがこうして3年キャストを続けることになるのだから、ずいぶんと奇縁なものだと思う。
見ていて若さゆえに危なっかしいと感じる瞬間があるのは、人生的な先輩心というものなのだろうか。
そんなぽんが、親しい客と一緒に新規もついて2・3人と話している場を見ていると、なんとも言えない後方腕組みおじさんのような気持ちになる。
他にも、一人一人にフォーカスを当てると話は尽きないのだが、そんな個性しかないキャストとの距離感というのは、最初は本当に難しかった。
初対面の上辺のコミュニケーションは割と得意なのだが、見知った顔になってくると逆に話す内容に自分のパーソナリティが入ってくる。
どうしようもない負の側面を、親しさの証として押し付けるのは好みではないので、どうしても距離を取りがちになってしまう。
それが私の癖だ、と自覚はしている。
それでも、クワイエットのメンバーはそんな私を受け入れてくれている……たぶん。
神経質でクリエイティブ肌の頑固者とは思われていそうだが、それなりに、自分というものを開示できる居場所にはなった。
ちなみに身内話だが、誕生日に贈り物をする文化があって、さとりさん(愛称:さとりん)は毎年クワイエットの悪ノリでちんすこうを凄い量贈られたりしている。みんなの玩具であり、ムードメーカーであるさとりんはそういった話で大変そうだが、無言でお香(仏壇用ではなく香りを楽しむタイプの)を送ったらすごくビビっていたのは申し訳ないとは思いつつ、笑ってしまった。
ビビりながら悪態をつくのに愛されているのは、人柄というものだろう。
ライターは結局買ったんですかね。
そんなこんなでキャスト一人一人が、私の持っていないものを持っている。
それを卑屈にならず、まっすぐ見ていられるくらいには、相性の悪いキャストがいないと私は思っている。
最初の参入が辛いのは今でもそうだと思う。
スカウトで入るイベントでも、関係の入口はいつだって難しい。
合わない人も出てくるだろう。
それでも続けていると、なんだかんだ連帯意識や情は湧いてくるものだったりする。
それが3年という時間だ。
少なくとも私は、このキャストをしたことに後悔はない。
クリエイティブで関わるということ

私は季節系イベントのクワイエット告知ポスターを作らせてもらっている。直近だとクワイエットフォトコンテストの告知・結果発表などだ。
私は美麗なイラストが描けるわけではない。ある程度の絵心は学生時代に培ったが、リアルでイラストを生業にしているわけではないので、あくまでアマチュアだ。
ただ、私はキャスト以外の形でもクワイエットに貢献したかった。
ポスター制作を始めたのは1周年イベントのフォトコンあたりからだろうか。それから今にいたるまで期間イベントや他のイベントのポスター・裏方作業を重ねながら、クワイエットポスターはクオリティが上がっている…はずだ。
需要と供給の話でもあるが、期間イベントのたびにポスターのスタイルをガラッと変えるイベントは、そう多くないのではないかと思う。
クリエイティブ制作は時間も気力もかかる。
それでも、クワイエットは私の考える世界観をベースに、かなり自由にやらせてくれる。それが自分のスキルアップに繋がっている実感がある。
たしか2年目のエイプリルフールに、ガールズバンドのクワイエットがついに武道館公演決定という体裁のポスターを作ったら、真に受けた方もいたそうで。
それを聞いたときの周りが笑っている姿と、間違えた本人の照れ笑いを見て、
「あぁ、こういった話題にしてくれるなら作った甲斐があるなぁ」
と思ったものだ。
これは私の功績をたたえてほしいわけではない。
客を楽しませるための告知ポスターも、ワールド更新も、夏やハロウィンの衣装改変も、キャストそれぞれで楽しませるように様々なことをしている。
これをイベントをやっている人に向けて言われる自己満足の世界という一言で片付けていいものだろうか。
作業自体はとても苦しい、その結果を喜んでくれるかわからないから。
それでも、お客やキャストが喜んでくれているのを見て続けている。
あの照れ笑いを見るたびに、また作ろうと思う。それだけのことだ。
ディスコードで接客の苦労を、身内話として語ってくれた人もいた。
うまく話せなかった、こういった行動を取られてしまって人に迷惑がかかってしまったけどどうしたらいいか…。
意外と裏では反省していて、多くの客が安心して過ごせるようにと気を張っていた。
他のイベントでもあまり語られないことかもしれないが、目立つには目立つだけの理由があるし、治安が一見よくみえるイベントでも目立たないところから積み上げてきたものの上に、今のイベントはある。
そういった全体的な気配りが、クワイエットを形作っているのだと思っている。
そんなクワイエットを作っている、代表的な人へのメッセージを次に書かせてほしい。
狐ノ巳店長へ

3年間、ひとまずお疲れさまでした。
直近は何かとリアルでも慌ただしいかと思うが、それでも毎週継続して開催するイベントを運営・主催してくれてありがとう。
クワイエットというイベントを通じて、様々な経験をもらった。
今の自分が立っている場所の何割かは、ここから始まっている。
そういう3年間だった。
主催としての立ち位置については、少なからず参考にさせてもらっている部分が大いにある。
昔から私は、主催と1キャストという立場ではなく、同じ目線を持つ同業の人と言い続けてきた。
それは変わらないし、これからもあなたの隣に立って歩いていこうと思っている。
改めて、最初に声をかけてくれてありがとう。
あなたのおかげで私は、この場所を寄る辺として色々な場所へ歩んでいる。
視座の違う私に対しても、目線を気にせず相談を持ち掛けてくれてありがとう。
変である自分を自覚して、変なまま生きると決めている私だから、対等に相談してくれるあなたに何かと手伝いたくなるのだ。
VRChatの世界はもう10年以上続く世界で、私たちはようやく3年を迎えたくらいの立ち位置だ。
それでも細かく見ていくと、毎週欠かさず開催し続け、キャストのスカウト制を維持し、季節ごとにポスターのスタイルを変え続けた。
そういうことをずっとやっているイベントは、なかなかない。
無言勢オンリーのキャストイベントとしては、クワイエットだけではないだろうか。
そんな最前線で、集客のために奔走し、期待通りにならない日にやきもきしたこともあるだろう。
ただ、そんな気持ちを一人にはさせない。
半年後だが、私のイベントも3年を迎える。
それはあなたが繋いでくれた縁から生まれたイベントだ。
すごいでしょう。
誇ってほしい。
自慢してほしい。
あなたにはその資格がある。
そして、一抹の寂しさを感じたときには、
隣に私や悠木ゆうき副店長、他のキャストがいる。
頼ってほしい。
ただ、一方で思う。
この言葉が鎖にならないようにしてほしい。
隣にいるという言葉は、使い方を間違えれば誰かの行き先を縛る。
あなたに向けて書いたこの言葉が、あなたの自由を奪うものになってしまったら本末転倒だ。
あなたは自由に振る舞ってほしい。
それが私の、唯一の願いなのだから。
あらためて、3年間お疲れさまでした。
おわりに

身内向けのメッセージをこうして外に出すには、
クサいと感じる人もいるかもしれない。
それでも表に出すのは、理由がある。
ひとつは、この言葉を誰も笑う権利を持っていないということ。
全力でやってきた人間が、全力でやってきた誰かに向けて書いた言葉だ。
同じように積み上げてきた人にこそ、届いてほしいから。
ひとつは、他のイベントでも同じような話は必ずあると思うこと。
noteがイベント内のもめごとの告知場所として使われるのが、非常にもったいないと感じていた。
困ったことの記録は残りやすく、積み上げてきたことの記録は残りにくい。
構造的にそうなりやすいのかもしれない。だからこそ私はいつもと違う、素に近い文体でこういった記事を書いた。積み上げてきたものを言葉にする場所として、noteはもっと使われていいはずだと思っている。
そして、身内以外がこれを見た時に、自分の所属したり遊んでいるイベントを少し振り返ってみてほしいということ。
許せないこともあるだろうし、わだかまりがあることもあるだろう。
それでも、イベントはそれだけじゃないはずだ。
あなたのイベントにも、こういう話はきっとある。
もし思い当たることがあれば、誰かに話してみてほしい。
あるいは、書いてみてほしい。
それに。
全力でやっているものを見るのは、気持ちが良いじゃないか。
VRChatで映画を全力で作っている人、作曲をしている人、その他制作をしている人、大切な友達と過ごしている人。
色んな人が色んなことをしているのだから、私も全力で楽しまないと無礼な気がするのだ。
改めて、3周年おめでとう。
半年後に控えた自分のイベントの3周年を思うと、
頭を抱えながらも、何をしようか、何をやろうかと考えながら、まずは前を向くことにするよ。
疲れても、前を向いたとき
そこにはきっと、あなたたちを待っている人がいる。
私もあなたも、前を向かないとお客様が見えないのだから。
