砂丘に立つ
それは写真の中に現れた。
アリーが立っているその場所は、まるで砂丘のように見える。
一時期、夏の朝になると、私たちは海の近くの公園へ行った。
そこには野球場があり、日中は学生や草野球チームが集まる賑やかな場所だったが、朝はとても静かだった。
その野球場の裏には卵形の戦没者慰霊碑と小さな広場があり、若い松が作る木陰と空に続く芝生の丘があった。
他に犬がいない時は、彼女のリードを外す。
すると彼女は丘の上まで駆け上がり、嬉しそうに私たちを見下ろす。
早く上がってきて、おやつをちょうだい。
私たちが上がってくるのを待ちきれず、舌を出して駆け降りてくる。
野球場の隣には、子供たちのための遊具公園もあった。
私たちが使っていた頃は、キノコ公園と呼ぶ子供たちもいたけれど、今でもそうなのかはわからない。
そこにはキノコの遊具は一つもなかった。
おそらく、公園の中心にある小さな山を子供たちはキノコの傘に見立てて呼んでいたのだろう。
そのてっぺんにはあずまやがあり、階段や、ゆるく曲がるスロープや、山の斜面を思わせる広いすべり台から上り下りできるようになっていた。
そのあずまやで彼女に水を飲ませるのが私たちの習慣だったが、ある時、夫がすべり台を立って降りた。
すると、彼女も後に続いた。
頭を下に向け、滑りやすい急坂を下りるのは怖いことだろう。
一瞬、躊躇っただろうか。
いや、記憶の中の彼女は、戸惑いもせず下りていく。
初めてのことにも臆さなかった、彼女のうしろ姿を覚えている。
私は彼女のそういうところが大好きだった。
彼女は尻尾を振って上手くバランスをとりながら、その大きなすべり台を上ったり下りたりした。
とはいえ、彼女の小さな体に積まれているエネルギーには限界があり、やがて上ろうとする途中でズルズルとすべり始めた。
すると彼女は傍にある階段を使いはじめた。
全身をバネにして階段を上り、あずまやに座っていた私のもとへ来た。
彼女はおやつのためなら何でもする犬なのだ。
写真の中で、彼女は砂丘の上に立ち、意気揚々と夏の朝を見下ろしている。
写真と文 Yuko Okada
