見出し画像

思い通りにならない言語を、手放した話。

隠れ散歩の3冊目、神楽坂の話を、もっと遠くまで届けたいと思っていた。

日本語で描いたものを、英語で。フランス語で。中国語で。少しずつ、言葉を増やしていく作業をしている。

最初に手をつけたのは英語版だった。原稿を整えて、電子書籍とペーパーバックの申請を出す。想像していたより、すんなり形になった。

次にフランス語。これも思ったより素直に進んだ。申請を出して、あとは待つだけのところまで来た。

中国語は、そうはいかなかった。

原稿を整えて、プレビューを確認する。そのたびに、同じところでエラーになる。直しても、直しても、画面は同じ顔をしている。

何が悪いのか、最初は全然わからなかった。文字の並びなのか、フォントなのか、それとも、もっと別のところなのか。

行を減らしてみる。文字の設定を見直してみる。それでも変わらない。

こういうとき、一人で抱え込まずに、AIに相談することにしている。原稿を見せて、一緒に原因を探してもらう。

何度か試したけど、エラーは同じ場所に居座ったままだった。


何度も直して、何度も同じ壁に当たった。

そのうち、ふと思った。

この言語で、今すぐ完璧に届けることに、こだわりすぎているのかもしれない。

中国語の読者に届けたい気持ちは変わらない。でも、今このタイミングで、この形にこだわり続けたら、神楽坂の話は誰にも届かないまま止まってしまう。

だから、いったん手放すことにした。

中国語の申請枠に、英語の原稿を乗せることにした。

さっき自分で作ったばかりの英語版が、ここで役に立った。ゼロから何かを用意し直す必要はなかった。

正直、迷いはあった。

「中国語」と書いてある場所に、英語の話が届く。それでいいんだろうか、と。

読んでくれる人の顔は見えない。だからこそ、勝手に想像して、勝手に申し訳なくなったりする。

でも、言葉の形よりも先に、神楽坂の空気を誰かに届けたい。そっちの方が、自分にとってはずっと大事なことだった。

申請ボタンを押したとき、負けたような気はしなかった。画面の前で少し息を吐いて、肩の力が抜けたのがわかった。むしろ、やっと前に進めた気がした。


完璧な形で止まるより、少し違う形でも、動き続ける方を選んだ。

これまで、日本語以外の言葉で読んでもらえることが、まだ少し不思議な感覚のままだった。今回、その不思議さの隣に、もうひとつの感覚が増えた気がする。

思い通りにいかない言葉ほど、届け方を工夫させてくれる。

隠れ散歩はまだ3冊目。これから先も、きっと思い通りにいかない言語に出会う。

そのたびに、今日みたいに、少し形を変えながら進んでいくんだと思う。

もし今、何かにこだわりすぎて動けなくなっているなら。

その形を、少しだけ手放してみてほしい。


📖 Vol.1を4言語で出したときにも、似たような気づきがあった。
「漫画が4言語に翻訳されて、初めてわかったこと。」

いいなと思ったら応援しよう!

Yukin YUKINの漫画が、旅のきっかけになったなら。 応援してもらえると、次の路地を探しに行けます。