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て、まで打って消した

夜中の1時に、指が止まった。

送ろうとしていたメッセージを、打っては消す。気づいたら、何度目かもう分からない夜だった。今度こそちゃんと送ろうと思っていたはずなのに、画面には「て」の一文字だけが、ぽつんと残っていた。

「今日はどうしてた」と打って、「今日」まで書いて消した。「元気にしてる」と打って、「元気に」まで書いて消した。そうやって打っては消してを繰り返しているうちに、最後に指が止まった場所にあったのが、その「て」だった。「てか、元気?」と続けるつもりだったのか、「てか、なんで返してくれないの」と続けるつもりだったのか、自分でもよく分からなかった。カーソルだけが、その一文字の隣で規則正しく点滅していた。部屋の電気は消していて、画面の光だけが手元を照らしていた。

こういう夜は、その一晩だけじゃなかった。別の夜は「久しぶり」の「ひ」で止まった。また別の夜は「ねえ」の「ね」で止まった。止まる場所は毎回ちがうのに、やっていることはいつも同じだった。書いては壊す、その途中で力尽きるみたいに指が止まる。

送りたくなかったわけじゃない。正確には、送りたい気持ちと、送ったらまた「重い」と思われる気持ちが、いつも同じくらいの強さでせめぎ合っていた。昼間は仕事をしながらも、頭のどこかでずっと通知のことを考えていた。夜になって一人になると、ようやくその気持ちに向き合う時間ができる、という感覚があった。文章を組み立てては、途中で自分がおかしく思えてきて壊す。それを3回、4回と繰り返す。仕事が終わってから寝るまでの何時間かは、たいていその作業に使われていた。

友達に「これ送っても変じゃないかな」と何度か聞いたこともある。友達にその文面をそのまま送って、返事を待つ間だけ少し安心して、でもその安心はすぐにまた元の不安に戻っていった。結局、自分で打ったものを、自分で消す。それを何度もやり直しているうちに、送るべき理由より、送らない方がいい理由の方が、いつも先に見つかった。見つけた理由に、自分でも半分くらいしか納得していなかった。

「て」の一文字を見つめたまま、結局その夜も送らなかった。バックスペースを一回押した。画面には、もう何も残っていなかった。そのまま画面を暗くして、スマホを裏返しに置いた。送らなかったことにほっとしたのか、がっかりしたのか、それすら自分で判断がつかないまま、しばらく天井を見ていた。隣の部屋の音も、外の車の音も、いつもよりはっきり聞こえた気がした。

あの頃は、そういう夜がいくつもあった。送った夜もあれば、送らなかった夜もある。送らずに眠れた夜が、あとになってどれだけ意味を持つのか、その時の私はまだ知らなかった。ただ指を止めて、画面を暗くする。それだけのことが、当時はひどく難しかった。

今は、指が止まっても、そのままスマホを置けることの方が増えた。「て」の続きを、もう考えなくていい夜がある。特別な理由があったわけじゃない。ただ、そういう夜が少しずつ増えていっただけだった。それだけで、あの頃とは少し違う。


エッセイしりとり について

この記事は「#エッセイしりとり コンテスト2026夏の陣」への参加作品です。
ろくねこさんからいただいた文字「て」を、「打ちかけて消したメッセージの一文字目」として書きました。

次の方へ渡す文字は「」です。まだバトンが来ていない人がいれば、ぜひ参加してみてください。

ちなみにこの「渡された一文字を、打ちかけて消した文字ということにする」やり方、体験談の1つとして書きましたが便利すぎるので、次回から禁止になりそうな気もしています💦

「#エッセイしりとり」の内容はマイキーさんの記事に書かれているのでぜひ読んでみてください!


普段はこんな感じで、恋愛のことや、人との距離感について書いています。また似たような夜の話を、これからも書いていくと思います。よかったら、たまに覗きに来てもらえたら嬉しいです。


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