見出し画像

「オケバトル!」後半戦 16. 「脱落」じゃなくて「勝ち抜き」バトルにしませんか?




16. 「脱落」じゃなくて「勝ち抜き」バトルにしませんか?





 深夜の大パーティーで存分に羽目を外し、翌日は皆が敗者の館で昼下がりまで寝ていたりと自由に過ごし、その日のうちにメイン館の新たな自室にお引っ越し完了。ここでも全員が気楽な1人部屋だ。
 中には脱落しゆく親友を涙ながらに見送る者もいたが、殆どがのんびり1人の時間を大切に、この先の個人戦に向けての英気を養っていた。
 翌朝は10時にホール舞台でオーケストラの定位置に着くことになっており、生き残りのバトラーは朝食を各々早めにすませていた。敗者の館で皆んな揃って食卓を囲んでの「いただきま〜す」も、今となっては懐かしい。

「お仲間がいらしてますよ」
 施設スタッフとも打ち解けている情報通のトムくんこと多岐川勉に、馴染みのコンシェルジュ氏が小声でそれだけ告げて、こそっとウィンク。それ以上は言えないのだ。
 お仲間? 仲間って誰のことかな? 思いを巡らせるトムくんは、しかし心当たりがなくもない。
 もしかして? きっとそうだ!
 わくわくしながら彼らの居そうなカフェテリアに出向くと、予想どおり、いたいた!

 金光 時生(トキオ)くんと、先輩の岬 彩菜(アヤナ)さんは、学生オケの打楽器奏者で、目下地元のここ軽井沢に帰省中。先日、彩菜さんはゲスト審査員として招かれ、連れの時生くんは極秘ミッションの大役も果たしたのだ。地元民を招待した音楽会では集客に大尽力してくれた、貴重なお仲間だ。
 窓際の明るい席で軽めのモーニング中の2人の前に、トムくんが嬉しそうに現れてバカ丁寧にお辞儀をするや、3人は弾けるように笑い転げた。年齢も近い学生どうし、懐かしい仲間に再会した気分。
 といっても、助っ人騒動も楽しい音楽会も、つい先週のことであったのだが。
「多岐川くん、生き残ってくれてて嬉しい!」
「トムでいいです」
 本当は両親はトムと名付けたかったのだが、ぴったりの漢字が見つからず、正式名は勉(ツトム)にして愛称がトムとなった。という流れはあえて説明せず。
「またお目にかかれるなんて。音楽会では散々お世話になって」
 再び頭を下げる多岐川。
「じゃあトムくん」
 彩菜が言い直して続けた。
「番組からの説明では、半数はチームごと脱落したってことだったから、実力者も道連れになったんじゃないかと」
「自分はその直前に、Bチームからは脱落したけど、同時に敗者チームに入れたおかげで、チームごと生き残れたんです。敗者復活戦で。運が良かったとしか」
「その敗者復活戦、〈イーゴリ公序曲〉とトランペット協奏曲、最初とラストの要の2曲を見事に指揮して、敗者チームを巧みにリードされたんですって?」
「えっ!? 何でそんなこと?」
「さっきフロントで」
「Bチームの多岐川勉さんは残っておられますか? って尋ねたら、詳しく教えてくれて」
「あー、あのコンシェルジュさん、口、軽いんですよ。しかも、かなり盛ってますね」
 番組スタッフに比べると、さほど制約のない施設スタッフからは比較的あれこれ聞き出しやすく、貴重な情報源なのだ。
「自分なんて、ただ拍子とってただけ。勝てたのは敗者チームならではの根性というか、本気の気迫の賜物かな」
 謙遜しつつも、大切なメッセージを2人に伝えたく、言葉を添える。
「誰しも一旦は最悪の負けを見て、悔しさや理不尽な思いなんかを経験した上で、もし復活のチャンスが来たら、何が何でも掴んで離すもんか、みたいな本気のヤル気で挑んでゆく。そんな仲間の底力を、タクト振ってて感じられて」
 こうして他人事のように語れるのは、自分が理不尽な強制脱落ではなく、尊敬するルームメイトの有出絃人のお供として自ら脱落を志願した経緯もあったから。悔しい思いは、実はあんまりしていないのだ。だから自分はそこまで強くはない。
「ところで、今回お2人はどういった役割で? 審査員として? それともエキストラ?」
 トムくんの質問に、2人は顔を見合わせ、時生は首を少し傾げるのみ、彩菜は口を結んで「お口にチャック」の動作で答えてみせる。
「あ〜、了解」
 勉も2人の守秘義務を察し、ここはひとまず退散することに。これ以上彼らの朝食を邪魔しても悪いのだ。楽器を取りに自室に戻りながら、この1週間に思いを馳せる。
 ずいぶん懐かしい感じがしたけど、彼らと協力し合って、まだ1週間か。
 あれから何があったかな?
 目まぐるしくも大そう充実していた、その後の懐かしい日々。

 合唱団との《オネーギン》。絃人さんの指揮が、あまりに鮮やかでカッコ良すぎたし、チャイコフスキーは本当に素晴らしかった。
 その合唱団の協力で、白城さんの渾身のエルガー。掟破りとはいえ、Aの圧巻勝利で、責任とって絃人さんは脱落志願し、僕も道連れ脱落。翌朝、森の小径で、あの恐ろしい勢いの双子の出迎え喰らって......。
 そこで勉はぷっと吹き出し、敗者の館での思いもかけなかった最高の生活に、改めて感心するのだった。
 家族と離れているとはいえ、音楽家にとっての、あれは完璧な理想のスタイルが、そこにあった。共に食事をこしらえて、皆が得意分野を活かした仕事を分担して。素敵な夜会は、お楽しみ風ながら、れっきとした勉強会。初日からボロディンを振らせてもらえるなんて! しかもあったかく見守ってくれて、指揮者任せでなく、皆で自由に意見を出し合って音楽を作り上げていく。
 そうして最高のチームが出来上がったわけよ。
 大事な勝負どころで、自分なんぞが2曲も振れたのも最高に貴重な思い出だし、絃人さんや上之のおやじさんがベスト3に選ばれたのもホントに嬉しいし、オケマイスター、きっとどっちかに決まるんじゃないかな。決まって欲しいな!

 憧れの実力者らの勝利を思い描く多岐川勉であったが、彼自身もまた、当のオーケストラマイスター候補の仲間入りとなりゆくなどとは、現時点では知る由もなかった。




「定位置って言われてもねえ」
「課題曲も知らされてないんだし、誰が首席でコンマスとか、どうしましょうかね」
「指揮台も設置されてますが、自前で? それともゲストの指揮者が現れたりして?」
「少なくともベスト5は、首席になるのでは?」
 という意見に、当のベスト5 ——— 厳密にはベスト3 ——— の有出絃人が提案する。
「首席は基本、パート内で話し合ってもらうとして、当面はコンマスを王様レベルの、別所さんと稲垣さん辺りで回してもらって、指揮を、経験の多い浅田さん、浜野さん、図々しいけど僕。あと、曲によってはダントツで頼りになる白城さんやトムくん、5人で得意不得意を考慮しつつ回すというのはどうでしょう?」
 皆が拍手で賛同し、とりあえず今回はコンマスが別所正道、指揮者は他所から来る可能性も考慮して、課題も聞いてないし、今のところは保留ということに。

 新生バトルオーケストラのメンバー全員が、一応の定位置に収まったところで、空席が幾つか。舞台にはハープも配置されているし、打楽器周辺に椅子が余分に置かれ、フルート脇と、明らかにチューバと思われる位置の椅子も空いている。エキストラが入るのだろう。

「新生バトルオーケストラによる、いよいよの初舞台です!」
 司会の宮永鈴音が華やかに登場し、同時に客席に審査員の3人が入ってくる。これまでと少し異なり、審査員席がエグゼクティブシートのように幅広くゆったりとられ、手前のテーブルも大きくなり、資料を広げてもゆとりのスペースには、メモをとる筆記用具が用意され、水や珈琲などの飲み物も置かれている。本来、ホール客席では飲食禁止が常識なのだが、特別な計らいなのだろう。
 つまり審査も長丁場に備えることになるわけか。
「改めて、審査員の先生方をご紹介します。バトルシリーズ初回からの制作総指揮にして、審査委員長を務める、長岡幹氏。作家で音楽ライターでもある青井杏香先生。このお2人がレギュラー審査員。そしてゲスト審査員として、星夢ホールの、夢乃虹恵館長をお迎えしています」
 洗練されたスーツ姿のレギュラーの2人が、軽く手を振っての挨拶に留まるも、上品なボルドーが基調ながらドレープがたっぷりとられた大変華やかな装いのゲスト審査員は、舞台からの拍手に投げキッスで応え、大いに場を盛り上げる。
 おや? 夢見る夢乃虹恵さんも、まだいらっしゃるのね。
 と、奇抜かつ気の利いた提案をする彼女の存在を、警戒しつつも心強くも思うバトラーらも幾人か。

「昨日の休暇で、英気を養えましたかな?」
 舞台の一同は軽く頷く程度で、誰かが代表で挨拶する流れにもならないので、長岡は遠慮なく話を続けた。
「一昨日は、どちらのチームでも真夜中のどんちゃん騒ぎが繰り広げられたと聞いてますよ。大いに羽目外したバトラーさん方の様子は、カメラでしっかり捉えたそうだから、放送、楽しみにしててくれたまえ」
 と皮肉を述べてから、
「君たちは勝利を祝って『バレエ・リュス』の仮装パーティーにしたって? 陰の支配者との異名を持つトロンボーンの安条弘喜くんが、《シェエラザード》のシャリアール王? これは仕組まれたことなのかね?」
 そこでやむなく答える安条弘喜。あーあ、自分はあくまでも陰の存在のはずなんだがな、と思いつつ。
「いえ、シャリアール王のテーマが実はトロンボーンで書かれてるなんて、全くの偶然でして。ヤバおば......、じゃなくて弦楽器トリオのお姉さま方にそそのかされ......、じゃなくてアドバイスしてもらいまして。たまには『陰』なんかじゃなくて、表だった支配者、恐ろしい暴君なんぞを演じられてはいかがですか? と」
 そこまで一気に語ってから、どうでもいいひと言を一応、付け足しておく。
「あ、お姉さま方が僕をトロンボーン=シャリアール王のテーマと把握しての提案だったかは存じませんがね」
 そこで夢乃虹恵が確認する。
「陰でなくて事実上の支配者は、弦楽器のお姉さまトリオ、ということでしょうか?」
 そうです! そのとおりです! と、叫びたいのをとりあえずは堪えておく安条弘喜。当のヤバおばトリオは褒められているのか、バカにされているのか分からずも、互いに目配せして笑いを堪えている様子。
 話がトンデモ方向にいってしまったので、長岡が軌道修正する。
「いや、私が言いたいのは、お遊びパーティーなんて言いながら、彼らは実にきちんと学習して、『バレエ・リュス』についての理解を深めようといった姿勢が感じられましてね。すごい主旨のパーティーですなと、感心させられたんですわ」
「上之忠司さんが、ボスのディアギレフに扮装されたというのも、大いに納得でした」
 青井杏香も同意見。
「実際、『バレエ・リュス』による《シェエラザード》の初演後は、舞台衣装を模した、オリエンタル・スタイルをテーマにした仮装パーティーが、当時のパリでも流行ったそうじゃないですか」
「全くもって、ディアギレフの『バレエ・リュス』の影響力は計り知れませんな」
 改まって長岡が言う。
「元々『バレエ・リュス』は、この後の個人戦の課題として、最初から入っていたこともありましてな。当面はこれをテーマにしてゆこうじゃないか。という我々審査員陣を始めとする番組側の意向で、次なる課題は、リムスキー=コルサコフの《シェエラザード》とされましたよ」

 審査委員長による宣言に、バトラー間に緊張感が走りゆく。シェエラザードか!

 コンサートマスターの位置に座る別所正道は、この曲で始終活躍するヴァイオリンのソロに意欲を燃やす反面、自分で良いのだろうか? と、他の候補者の面々を思いやる。シェエラザードのテーマなんだから、女性が奏でる方がしっくりくるのでは? しかしコンミスに相応しそうな人材より、微妙な色香と共に堂々たるコンマスのソロが似合いそうな者が、約2名いるではないか。浮かんでくるのは、有出絃人に、伏兵の浜野亨。
 有出だと、もしかしたら存在感がありすぎてしまうかも? 浜野くらいがほど良かったりして。もちろん自分が弾けたら最高だし、チャンスを逃す手はないといえど......。
 そんな別所の葛藤には気づきもしないで、周囲は「別所さん、素敵なソロがあって良かったじゃないですか!」といった応援目線をチラホラ送っている。皆、コンマス王が今回のコンマスで安心し、彼の奏でる情緒たっぷりの優美なシェエラザードのメロディーを想像して、つい口元がほころんでしまう。
 そう。彼、別所正道もまた、オケマイスターの候補に充分なりゆけそうな逸材なのだ。

「すみません、《シェエラザード》、エキストラが入るようですが、その前に少し話し合いの必要があると。コンマスが誰で指揮者はどうなるか? といったことを」
 オーケストラの団長が特に決まっておらず、指揮者が立っていない限り、皆の意見を代弁するのはコンサートマスターの役目である。自分から話を続けるのも気が引けるが、今は仕方がない。別所は改めてヴァイオリン族に問いかける。
「では、ソロもあるコンマス、どなたかチャレンジされたい方は?」
 コンマスは別所さんに決まりましたよね? と皆が首を傾げる中、本人は、
「さっきの時点では曲が未定でしたでしょ? 魅惑的なシェエラザードのソロがあるとなると、話は別で、きっと皆さん、弾きたいはず」
 と主張するが、有出絃人が「このまま別所さんで」と拍手し始め、皆も拍手で賛同したので、これにてコンマスは確定。
 別所はしみじみと一同に感謝し、話を進めるべく、再び審査員に確認する。
「一応お尋ねしますが、指揮者は......」
「ああ、内々でお願いしますよ」
 すかさず長岡が答え、
「指揮者を自前でなんて、我々も意地悪してるわけじゃないんですがね。巷の指揮者さん方は大御所、駆け出し問わず、どなたも話に乗ってくれませんでしたのでね。『速攻で演奏仕上げて、それがTVで放送されるなんて。そんなやっつけ仕事は引き受けられません』といった具合で」
 それでは今、この場で話を進めていいんですね? と別所が審査員の了解を得て、まずは指揮者をどうするか? 検討する。
「ロシアものだけど、トムくん?」
「チャレンジしてみます?」
 と周囲から期待の目配せを送られるコントラバスの多岐川トムくん。指揮は殆ど初めての経験ながら、ロシアの血を誇りに、敗者復活曲の〈イーゴリ公序曲〉や、挑戦曲のアルチュニアンを見事に振り切り、実力を証明したのだから既に信頼も厚いのだ。
 トムくん、嬉しそうな笑みを見せながらも、
「あ〜、この曲、コンバスのソロが4パートあるんですよ。残念ですが、僕たち4人なんで」
 と肩をすくめ、内心ホッとしていることも正直に付け足しておく。
「そもそも、序曲や小品ならまだしも、こんな大曲、ペーペーの自分なんかには到底ムリですし」
 えー? カメラも回ってる前で、そんなこと言っちゃっていいのかな? オケマイスターには不利な発言でしょうに。と感じた者も幾人か。
「あらまあ、ずいぶんと正直に言われますのね」
 夢乃虹恵が驚き感心して、
「ご自身に不利なひと言になるのでは?」
「見え見えの、無駄な謙遜は逆効果として」
 長岡が真剣な口調で語り出す。
「できないことでも、『できます!』って宣言して渾身の努力と気合いで見事にやり遂げる、というのもプロフェッショナルな姿勢ではあるのだがね。やはり分相応、不相応はわきまえないと。はったりは周囲に迷惑になるのだから。そうした点でも多岐川くんの正直な心意気は、称賛に値しよう」
「この番組、バトルシリーズは、バトラーの成長の度合いこそが評価されますものね」
 杏香も言葉を添え、長岡が再び続ける。
「たとえ今は無理でも、番組の終盤には充分こなせるようになっているとしたら、最初から有能で完璧にできていたバトラーより、遥かに有利に働くこともあるんですな」
 これまでのバトルでも、経験豊富なダントツの実力者を差し置いて、未熟な足手まといだった新人が大成長して、実力こそは先輩方に及ばずとも、成長ぶりが評価されてまんまと優勝した例も幾多。オケバトル初回のゲスト審査員、かのジョージもまた、そうした1人であった。

 さて、ロシア系のトムくんが振らないとなると?
「こうなったら推薦よりも、本人のやる気を優先にして頂きたいので」
 別所が指揮者候補の面々に促す。
「有出さん、浅田さん、浜野さん、お3方で話し合って下さい。良かったら白城さんも」
 浅田と浜野が首を横に振り、白城も「まさか」と言わんばかりにノーノーと合図したので、有出絃人がオーケイです! と、ありがたく大役を引き受ける流れとなり、皆が心から安心する。

「長岡さん? ここで個人戦の注意事項をお伝えされてはいかがでしょうか」
 司会の鈴音は気を遣って、やんわり口調で進行を促すも、実はこの辺りも台本どおりの流れである。
「ああ、鈴音くん、お願いしますよ」
 これは台本どおりではなく、長岡が説明するはずのところを、いきなり振られた司会がこなす羽目に。そんなことは日常茶飯事なので、彼女も平然と長岡に代わって説明を始めゆく。
 これが見せかけだけの無能な司会者だったりすると、私がですか? なんて戸惑うそぶりをあえて見せ、上手く話せない理由づけを演出したりするケースも生じたり。幸いなことに宮永鈴音は逆に俄然張り切るタイプで、長岡も重々承知の上でのこと。
「今回から課題が1日1つで、全5曲。この5日間に渡って、毎回10人ずつが、オケマイスター候補から外されていきます」
 舞台の一同を見渡し、
「現時点では、ベスト5を含む60人のバトラーに、オケマイスターのチャンスがあるわけですが、10人減って、また10人と、5つの課題を終える頃には、ベスト10が生き残っている形となります」
 しいんとする会場だが、鈴音は明るく、
「ですが安心なさって下さいね。脱落といっても、オケマイスター候補から外れるだけで、この精鋭部隊、バトルオーケストラのメンバーであることには変わりないので、番組から去るわけではありません」
「宮永くん、分かり易い説明をありがとう」
 面倒くさい話を司会が分かりやすく伝えてくれて、助かったと感謝しつつ、軽く補足する長岡委員長。
「ベスト10選出までは、『バレエ・リュス』がテーマとなるがね、演奏に関しては、『バレエ・リュス』の為に作曲されたものでなければ、バレエを意識しなくて良いだろう。そうした方向性などの話し合い、指揮者などの人選から、リハーサルを経ての本番まで、音楽が創り上げられる全ての過程が個人戦の審査対象になるので、よろしく」
「審査員の先生方も、同時進行で音作りに参加されるわけですね」
 司会の確認に、
「ああ。しかし参加といっても見学だけで、演奏に関しては口出しもアドバイスもしませんからな。あくまでも、バトラーによる、バトラーが自ら作り上げた演奏ということで、講評は本番を終えてからね」
「例えば、今回は外部から招いたエキストラも用意されています」
「打楽器や、フルート......、もしくはピッコロになるのか、そういったことはパート内で話し合って決めてくれたまえ」
「今、この場でですか?」
「ああ、どうぞ。審査は既に始まっているんだから」
 長岡が辛抱強く説明する。
「細かな話も我々に届くよう、リハーサル中は皆さんの声を拾うよう、音響担当が調整してくれてますのでね」
 と長岡が話すそばから、打楽器とフルート、各々のパートで相談が始まるも、
「あー、ちょっと待った。同時に話されても困るんで、まずはフルートさんからお願いしますよ」
 わー、ホントにひと言ひと言、神経使うことになるのね。やだわ。と、当のフルートでなくても皆が不満と不安を感じてしまう。変な意見言っちゃったら脱落一直線だったりして?
 しかし、黙ってろと言われても、とりあえずは内輪で相談しておきたい打楽器の谷内みかと、負けチームから救われて新参の平石昇。コソコソ内緒話をし始めずにはいられない。
「あたし達のどっちかでティンパニと、あと重要なのは?」
「始終活躍のスネアか、ポイント要のシンバル?」
 長岡が目を光らせ、早速注意。
「パーカッション、ダメダメ、今は話しちゃ」
 わー、いちいちやりにくいし、時間も勿体ないと感じたか、
「ところで課題をこなすのに、制限時間、あるんでしょうか?」
 しびれを切らし、うるさ型の山岸よしえが質問する。
「いい質問だ。曲の長さにもよるが、当面は1日で1曲にしようかと。打合せ、リハ、本番といった、休憩も含めた時間調整も、バトラーにお任せね」
 機嫌を損ねることもなく長岡は説明し、手元のノートに「山岸、質問+」とささっとメモする。
 そんな審査員の様子に、不安になる者も。
 いい質問だったら、プラスポイントで、見当外れの質問や無駄な横やりだったりしたら、マイナスになるのだろうか?
 こうした感想や疑問についても、ヒソヒソお喋りすら舞台では話せないとは、参ったものだ。
「但し、舞台に居る間は、我々審査員も練習だろうがリハだろうが、ずっと付き合うことになるんでね、その点、よろしくお願いしますよ」
 つまり時間を無駄にするなと。

 とりあえずは話を進めねばと、元のチームに居たということからフルートの首席の位置に座っていた星原淳が、隣の紺埜怜美に持ちかける。
「今回は怜美先輩、首席フルートお願いします」
「このオケではあなたが先輩で、私、新参なんだから、このままで」
「いや、怜美さんはベスト3なんですから」
「それは違う。負けチームからの、ただの救済処置だったんだし」
 押し問答の、こうした内輪話も全て審査員に丸聞こえで、ひと言ひと言が審査対象になりゆくとは。やりにくいったらありゃしない。
「じゃあ視点を変えて。僕、今回ピッコロやります。こうした大曲に、華やかな彩りを添えるピッコロ、得意なので」
 実は得意意識など皆無であるに関わらず、先輩を首席に立てる為の巧妙な言い訳であることは、審査員を初め、多くの仲間が気づくのだが、
「じゃあ、任せるわね。エキストラさんには、2ndフルート、お願いしましょう」
 当の怜美さんはそんな後輩の健気な想いに全く気づかず、素直に受け入れることに。
「フルート、決まりです」
 もちろん淳くんは、ここで自分が高ポイントを稼いだことなど思いもよらず。
「お待たせしました、どうぞ」
 と怜美に促され、打楽器の2人も、まずは自分らの役割をティンパニと要のシンバルに決め、審査員に、
「パーカッション、エキストラは何人いらして下さってるんですか?」
「外部からは2人で、君たちにはお馴染みさんですよ」
 岬彩菜さんと金光時生くんのことだ。
 情報通のトムくんから、既に2人の話は皆、聞いており、楽しみにしていたなんて、審査員には内緒にしておく。
「残りの必要人数は、すまないが仲間どうしで調整してくれたまえ」
「じゃあ、あと3人欲しいので、弦からどなたかお願いします」
 ここでの仕切り役は、とりあえず先に勝利チームに居た谷内みか。
「バスドラム、スネアドラム、タムタム、タンバリン、トライアングルのいずれかを」
 はいっ! と、2ndヴァイオリンから並びの2名と、ヴィオラが1名、名乗りをあげる。
「ヴィオラにはソロはないし、2ndヴァイオリン、ソロは6パートだから、2人抜けても大丈夫ですね?」
 有出と別所がうなずき合い、この問題も解決済み。
「ええと、セカンドから2人と、ヴィオラね」
 長岡が独り言を言いながら、ノートにメモを書き込んでいる。
「この3人は今回は脱落せず、と」
 わざとなのか、たまたま口から出ただけなのか、審査員のそうした声が舞台のバトラーにも聞こえ、何なの? 何かしらアクション起こせば脱落から逃れられるわけ? と、妙な空気が漂っていく。
「今回、10人が脱落と言われましたよね?」
 そこでゲスト審査員の夢乃虹恵が、長岡審査委員長に爆弾提案を持ちかける。

「『脱落』選出ではなくて、『勝ち抜き』のバトルに致しませんか?」

「何ですと?」
「毎回10人の、特に活躍しない脱落者を無理に選ぶより、優れた1名を選出する方が、遥かに簡単ですし、有益だと思うんですの」

 おいおい、虹恵さんよ。何だってバックヤードとかスタッフミーティングとかでなく、カメラも回ってマイク通じたこの場で、そんなこと言い出すんですかいな!

 長岡の心の悲鳴が聞こえるまでもなく、虹恵は無邪気に続けるばかり。
「全5回で50人が脱落するのではなく、1曲で1人ずつ、勝ち抜いた5人が選ばれれば、既に選出されたベスト5と合わせて、ベスト10になりますでしょ?」






次回17.「運命の分かれ道」(9/5土曜日 深夜0時公開)に続く.....





※  コメント欄 お喋り関連写真です

 Precious記事の英語版を発見👀

氷山の一角



例えば、こんな感じに....



https://note.com/yuki1810/n/nb0784be9abea?sub_rt=share_b&hl=en

※  日本語版表示になってしまった場合は、右上の「原文を表示」をクリックすると、英語版に戻るようです

いいなと思ったら応援しよう!