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「らしさ」は表われるもの|「差をつける個性」に疲れた人へ

個性は、
「出すもの」ではなく、
「表われてくるもの」

ただ、
精一杯“自分”で在ったとき、
自然と、にじみでてくるもの。

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「個性を出したほうがいい」
「もっと自分らしく見せたほうがいい」
そんな言葉を耳にすることがあります。

仕事でも、発信でも、人生でも。
埋もれないために。選ばれるために。
誰かと違う何かを見せることが求められる場面は、たしかにあります。

それ自体が悪いわけではありません。
けれど、その言葉に少し疲れてしまう人もいるのではないでしょうか。


個性は、
「出すもの」ではなく、
「表われてくるもの」なのだと感じます。


個性を出そう。
自分らしく見せよう。
人と差をつけよう。

そう意識しすぎるほど、
本来の自分から離れていくことがあります。

なぜなら、その視点の中心には、
いつも「他人」がいるからです。

どう見られるか。
どう比べられるか。
どうすれば目立てるか。

それは、自分を生きることとは少し違います。


らしさとは、

自分に正直でいようとした時間。
不器用でも誠実に選んできた道。
何度も迷いながら、それでも大切にしてきた価値観。

そういう積み重ねの中から、
静かににじみ出てくるものなのだと感じます。

無理に飾らなくても、
声のトーンや言葉選び、
立ち居振る舞い、
判断の仕方に表われてくる。

それが、その人の“らしさ”です。


紫陽花は、なぜ紫陽花なのか。

それは、咲き方を選んでいるからではなく、
もともと“紫陽花としての種”を持っているからです。

植物で言うなら、
種の部分に、その植物の性質(個性)はすでに存在しています。

どんな花を咲かせるのか。
どんな色で、どんな形になるのか。

それは「どう見せるか」で決まるものではなく、
もともと内側にあるものが、時間をかけて表われてくるもの。


人もきっと同じです。

私たちの日常の言動や選択、表現は、
その奥にある“種”から発芽しているもの。

だからこそ、
バラになろうとしたり、
ユリになろうとしたりする必要はありません。

無理に別の花になろうとするほど、
本来の成長の流れは止まってしまうから。

大切なのは、
どんな花になるかを考えることではなく、

自分の中にある種を、
そのまま育てていくこと。


人もきっと同じです。

誰かになることより、
自分であること。

差をつけることより、
丁寧に生きること。

その先に、
隠そうとしても隠しきれない
あなたらしさが、自然と表われてきます。


もしも今、
「自分の種がわからない」と感じているなら

それは、種がないのではなく
言葉になっていないだけかもしれません。

私のセッションでは、
その人の中にすでにある“種”を見つけ、
言葉として扱える形にしていきます。



“らしさ”は、探すものではなく、表われるもの。

そう感じたとき、
以下の記事がもう一歩進むための参考になるかもしれません。


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