すべては「あなた」を認識し理解するための出来事|自分がわからなくなっている人へ
物を持つ。
字を書く。
誰かの手を握る。
私たちは、手を使って何かができるからこそ、
「手」という存在を認識し、理解することができます。
もし手を使う機会がなければ、
手が何のためにあるのかを理解することも、
そもそも「手がある」という事実にすら
気づくことは難しいかもしれません。
同じように、
目の前で起こる出来事は、
私たちが自分を知るための手がかりになります。
現実は、
自分を映す鏡だと言われることもありますね。
それが、自分にとって
心地好いことであっても、
そうでないことであっても。
嬉しい出来事も、
悲しい出来事も、
例外なく、
「あなたは何を望んでいるのか?」
「あなたは何を大切にしているのか?」
を教えてくれる材料です。
つまり出来事は、
そこにどんな感情感覚を覚えるのかは、
あなたはどんな人で、
どんな「らしさ」を持っているのかを、
表わしているのです。
自己啓発や自分探しの本などを見ると、
「人生の棚卸し」という言葉を目にする機会が多くあります。
けれど棚卸しとは、
ただ出来事を並べることではありません。
これまでの経験。
そのときの感情。
その場面での選択。
その中に、
どんなあなたが存在していたのか
を見出していくプロセスです。
ひとつひとつの出来事は点です。
でも、
それらをつなぎ合わせると、
ひとつの線になり、
「あなた」という輪郭が浮かび上がってきます。
あなたが嬉しいと感じた出来事は、
あなたの“満たされポイント”を教えてくれる。
あなたが嫌だと感じた出来事は、
あなたが何を大切にしているのかを教えてくれる。
怒りは価値観を。
悲しみは願いを。
喜びは本質を。
静かに語っています。
ブレたり、迷ったり、
人や環境の影響を受けやすいと感じる人こそ、
立ち止まって、振り返ってみてください。
外に答えを探す前に、
これまでの出来事が
何を教えてくれていたのか。
そこに、あなたが探している答えのヒントがあるはずです。
すべての経験は、
あなたを困らせるためではなく、
あなたを理解させるために起きている。
これまでの出来事を通して、
あなたは、どんな自分を知りましたか?
ひとりで振り返ることで見えてくるものもあります。
けれど、ときには、
誰かとの対話の中だからこそ気づける「自分」もあります。
自分では当たり前すぎて見えていなかったこと。
ずっと抱えてきた感覚。
繰り返している選択。
言葉にならなかった違和感。
それらを整理していくことで、
少しずつ、「私はどう在りたいのか」が見えてくることがあります。
6月より、セッションを再開します。
詳細も、まもなく公開予定です。
必要な方へ、
必要なタイミングで届きますように。
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