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綺麗な履歴書を見せるために、生きているわけではないのだ。

ここ数年はフリーランスとして活動していたが、今年思い切って会社員になり、まさかの短期離職をしてしまった。しかも、会社員になるタイミングで上京までしたのに。さすがに焦った私は、転職活動を行うことにした。

「もうミスマッチだけは避けたい」と祈るような思いでカジュアル面談に申し込む日々。そんな中、とある会社で選考が進むことになった。

しかし、その面接で私は打ちのめされることになる。

面接官は非常にロジカルな方で、ご自身のキャリアを何年も前から逆算して描いていたようだ。「将来はこのポジションに就きたいから、昔から一貫してこれを選び、今はこんな挑戦をしていて……」と、美しい一本道を歩んできたことが言葉の端々から伝わってくる。

そんな方から見たら、私の職務経歴書はさぞかし散らかったモノに見えたはずだ。質問の端々から「なぜここで急に遠回りしたのか」「一貫性がまるで見当たらない」という困惑が見える。

終始やや圧迫気味に進む中、ついに鋭利な質問がこちらの急所に突き刺さった。

「というか、その年齢で短期離職って……やばくないですか?今後のキャリアに響くとは考えなかったのでしょうか?ご自身ではどう捉えてます?」

おっと。1回で3つも質問されてドギマギ。「どう捉えているか」と聞かれれば、ぐうの音も出ないほど「いや、普通にヤバいです」としか言いようがない。ただ、それでも辞めるだけの理由があったし、何より「その年齢」というワードが地味に効いてくる。

面接官の一言で、色んな方面から傷ついた私。もう自分の市場価値は底辺だから、もう転職なんかできないかもしれない。やりがいを感じる仕事をいただくことさえ難しいのではないか……と。

しかし、一晩寝ると気分も変わってくる。昨日の面接官はきっと自分がロジカルにキャリアを積んできたからこそ、感覚を大切にする人の働き方を理解できなかったのだろう。根本的に、考え方が違うのだ。

また、「キャリアに一貫性がない」という点も、私が上手く言語化できなかっただけである。自分の中では死ぬほどに一貫性があるし、それを「ぐちゃぐちゃ」と捉えられるのであれば、「もはやぐちゃぐちゃなのが、私の一貫性です」と今なら言えそうだ。

もちろん、履歴書が綺麗に整っているに越したことはないので、「負け惜しみ」と言われればそれまでである。だけど、私たちは履歴書を綺麗に見せるために生きているわけではない。

初対面の面接では、紙の上の経歴で値踏みされるのも無理はない。それでも、そのときに心が動く選択を重ねてきたからこそ出会えた人たちや、たまたま積み上げられた経験は、ちゃんとここにある。

これまでの歩みを「自分に正直で面白いね」と笑って受け止めてくれる人と、これからの時間を共にしていきたい。そう考えると、昇給や市場価値などの他人の物差しだけで走れない私は、もしかすると会社員という枠組み自体が向いていないのかもしれない。

心が動く人や場所に、いつでも身軽に飛び込める自分でいたい。世間が言う正解のレールからはみ出してしまった不器用さも受け入れながら、自分の呼吸が深くなる場所を探してみます。

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