【長野紀行】
ふるさとは、いずこ
心の琴線に触れる風景はありますか?
近所をふらついて見つけられたらいいのですが、発見には至らず。頭の中で思い描いたのは、夏草が光るあぜ道の先、そよ風にささやく木々の描く影が田んぼに映り、青々とした陰影が浮かび上がっているような、迫る山の緑と夏の空、土のようになじんだ色の家屋が点在し、静かな時を刻む風景。それは、ふるさとの風景だと確信したのですが、私のふるさととは似ても似つかない風景なので、前世のふるさとが記憶に残っているのか。
心象風景がふるさとなんて、酔いが回ってしまったようだけど、たどり着くことのできないふるさとを心の内に抱えているのも、そわそわと落ち着かない。
ならば探しに行こう、と思い立ち、うさぎ追いしかの山、と口ずさめば、唱歌「ふるさと」の風景が、長野県の北信濃エリアだと分かりました。
長野駅から北に、新幹線で一駅の飯山駅に降り立ちました。



描いていた風景とは違いますが、帰ってきた、という思いが体の中を巡り、胸に落ちていく。唱歌「ふるさと」が流れる風景に違いはないのだろうけど、私はここにずっといない。またどこかに行ってしまう。
場所を移動して、飯山市の南、小布施町へ。


小布施を歩く。



薫風、山より来たる。雨を浴び、夕焼けに染まった体が生き生きとしているのが分かります。それは植物になったような心地でした。ここに根づいていた気さえします。けれども、日が沈めば、私はまた離れていく。
小布施をあとに、南の長野市へ。


牛に引かれて善光寺参り。という言葉がありますが、ふるさとを探しに来たら善光寺参りをしていました。合掌。
近くの長野県立美術館に足をのばして、屋上に立つ。長野市は、山に包まれている。


深呼吸をすると、歴史ある古刹と自然の入り混じった空気が体に取りこまれていく。縁もゆかりもないけれど、心が温まる。それでも、私はまたどこかに行ってしまう。
長野駅からバスに揺られて、水野美術館まで。


ひたすらに庭園を眺めていれば、心も体も空っぽとなり、すべてが消えていく。

仰ぎ見れば、ふるさとを探しにきたことが思い起こされて、どこかで私の帰りを待っている風景があるのかもしれない、そう思い、また探しに行こう、と私は空につぶやき、離れていきました。
小説は他サイトにも載せていますので、もしよかったらのぞいてみてください。ありがとうございます。
https://mypage.syosetu.com/3038904/
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