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庭に光が差した日

庭を見るのが、少し苦手でした。

春から夏にかけて、
つる草は少しずつ勢いを増し、
木に絡み、枝を渡り、
庭全体を覆っていきます。

目に入るたびに、

「やらなきゃ。」

そう思うのに、
一人ではどうにもできませんでした。

女性一人の手でできることには
限界があります。

毎年、伸びてきたつるを切ること
しかできませんでした。

数年前には、
つる草がエアコンの室外機に入り込み、
故障してしまったこともあります。

真夏をエアコンなしで過ごしたあの日の暑さは
今でも忘れられません。

それでも私は、誰にも言えませんでした。

庭が荒れていることより、

「ちゃんと手入れもできない人だ
と思われているかもしれない。」

そんなことばかり気にしていました。

右隣のご主人が、
ときどき境目の草まで刈ってくださるたびに、
ありがたい反面、必要以上に恐縮してしまう。

一方では、
土地を管理してくれない地主さんのことを、
良く思わない自分もいました。

自分を責め、人を責め、また自分を責める。

そんな悪循環の中にいたように思います。

今年になって、
少しだけ変わったことがあります。

「実は困っているんです」

親しい人には、
「実は毎年困っているんです」
と、事実だけは話せるようになりました。

助けてほしかったわけではありません。

ただ、隠さなくなっただけでした。

その言葉が、
思いがけない形で届いていたのです。

思いがけない訪問

地域の奉仕作業の日。

作業が予定より早く終わり、
自分の庭の草を少し取ろう
としていた時でした。

「〇〇さん、次はここやりますよ。」

振り返ると、
同じ班や近くの班の方たちが、
次々と庭へ入って来られました。

「僕が発起人で、有志集めてきたから。」

そう言って、
一軒離れたお隣のご主人が笑いました。

草を刈る人。

木を伐る人。

絡まったつるを外していく人。

誰一人として、
「助けてあげた」という顔をしていません。

休憩をしながら笑い合い、

「毎年の恒例行事だね。」

そんな冗談まで飛び交います。

その自然さが、
どれほどありがたかったことでしょう。

「こんなの、一人じゃできないよ」

私は思わず、
「やらなきゃいけないと思いながら、
なかなかできなくて……。」
と口にしました。

すると、お一人が笑いながら言われたのです。

「こんなの、一人じゃできないよ。」

その一言で、
胸の奥に長い間張りつめていたものが、
ふっとほどけました。

私はずっと、

「できない自分が悪い。」

そう思っていたのです。

でも違いました。

一人ではできないことを、
一人で何とかしようとしていただけでした。

そのことを、
初めて誰かが言葉にしてくれました。

「わかってくれる人がいる。」

その嬉しさと安堵感で、
胸がいっぱいになりました。

光が差したのは庭だけじゃなかった

翌朝。

窓から差し込む光が、
いつもより奥まで届いていました。

部屋の中が明るい。

長い間木々に隠れていた家が、
久しぶりに
大きく深呼吸をしているように見えました。

家が喜んでいる。

そんなことを思った自分がおかしくて、
一人で笑ってしまいました。

ここに住んで、もう20年近くになります。

でも、地域の方と、
こんなふうに心が通い合ったのは
初めてでした。

昨日、
みなさんが刈ってくださったのは、
庭のつる草だけではありません。

私の心に長い間絡みついていた、

「一人で何とかしなければ。」

という思い込みまで、
一緒に取り除いてくださったような
気がしています。

人は、一人では生きていけない。

それは弱さではなく、
人が人と支え合って生きる存在
だからなのだと思います。

今日も庭には、
やわらかな光が差しています。

でも、
光が差したのは庭だけではありませんでした。

もしかしたら、
一番明るくなったのは、
私の心だったのかもしれません。

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