【今日はなんの日】8月28日:自分を取り戻そう。アウグスティヌス
アウグスティヌス
古代キリスト教最大の父、アウグスティヌス。
彼が遺した自叙伝『告白録』は、人類が書いた最初の本格的な内省的自叙伝であり、1600年以上を経た今なお、人間の心の奥底にある矛盾や弱さを赤裸々に伝える古典として読まれ続けています。
肉欲と習慣
アウグスティヌスが『告白録』の中で最も深く、そして痛切に描き出したのは、自分自身の肉欲や習慣との終わらない戦いでした。 頭ではもっと正しく、節度ある生き方をしなければならない」分かっているのに、長年染みついた快楽の習慣や情欲の引力に、どうしても抗うことができない。彼は自分の意志で自分の体を思い通りに動かせないという意志の分裂に激しく苦しみ、自分の無力さに打ちのめされ続けました。人間とは、なんと矛盾に満ちた存在なのか。
それが彼の出発点でした。
欲望と自動的な行動
アウグスティヌスの苦悩は、形を変えて、いまを生きる私たちの日常にも重なります。 性欲をはじめとする様々な欲に直面したとき、本当はもう断ち切りたいのに、ついつい今日ぐらいはいいだろうと思ってしまう。そんな自分に直面し、嫌気が差すことはあると思います。私はそうです。
もちろん、欲望そのものは人間が持って生まれた自然なものです。しかし、問題はその先にあります。長年の繰り返しによって特定の行動パターンが習慣化されると、私たちは欲望そのものと欲望に対して自動的に取る行動の区別がつかなくなっていきます。 自分で選んでいるつもりでいながら、実際には過去の反復によって作られたプログラムにコントロールされているだけではないか。だからこそ、自分の意志が機能していないことに気づいたとき、言いようのない虚しさを覚えるのです。
自分を取り戻す
アウグスティヌスは最終的に、庭園での劇的な体験を通じてキリスト教の信仰に目覚め、神への帰依によってその呪縛から逃れました。しかし、私たちがそこから受け取るべき力は、必ずしも特定の宗教や神様という契機である必要はありません。 大切なのは、他でもない自分を取り戻すことです。 人生はそう長くはありません。その限られた時間を、無自覚な習慣や自動的な反応に明け渡したまま終わらせてよいのか。神の救いを借りなくとも、いま、ここに自分の意志を取り戻すことの価値は、私たちが生きるうえで少しも揺らぎません。
気質,習慣,自由意志
そして、この葛藤は特定の欲求だけに限定されるものではありません。 私たちは誰しも、生まれ持った気質を抱えて生きています。比較的変わりにくい気質と、無意識のうちに積み重なった習慣が結びついたとき、私たちは自分の行動の舵取りを見失い、流されてしまうことがあります。 大切なのは、自分の行動を生み出しているその構造に気づくことです。気質と習慣の結びつきに気づき、そこに流されるのではなく、もう一度しっかりと自分の足で選び直すこと。
「自分をとりもどそう」。
アウグスティヌスの遺した格闘は、不完全な私たちが日々のなかで自分を取り戻すための羅針盤となっています。
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