父の急逝、亡くなってからわかる偉大さ
父が急逝してあっという間に四十九日になってなんともう6月。2026年も半分が過ぎようとしています。
風呂場で倒れて亡くなった父。死因はくも膜下出血の疑いとのでした。最期は何を思ってこの世を去ったのだろう。家のこと、仕事のこと、メダカのこと。考えても正解はわからないんですけどね。
亡くなってから死亡届や火葬許可証など、いろいろと手続きをしないといけません。昨年、祖母が亡くなったときにある程度経験していたので、淡々と済ませることができました。
ただ、火葬が終わったあとも、お墓を探したり相続手続きだったり、動き疲れたのか最近までぐったりモードでnote更新も途絶えました。
先日、司法書士さんにお願いして相続の書類も集まったのでようやく一息。こんなことを言うと不謹慎かもしれませんが、人は亡くなってからも結構お金がかかります。ざっと200万円は残して死なないと残された家族に負担がかかるのかなと。
特にうちは分家でお墓がなかったので、こういうのも生前に進めておくほうがよいのだなと知りました。なんとか四十九日に間に合ってよかったです。よい担当者さんに出会えました。
この2か月くらい、なかなか自分と向き合う余裕がなく、将来どうしていこうとかそういうことを考えきれませんでした。せっかくお誘いいただいている仕事もまだお返事を返せていません。
しかしまあ、これも運命といいますか、そういうタイミングではないと知らせてくれたのかも。これから改めて将来のことを考えていきたいと思います。
……もうすぐ30歳になるというのに将来が固まっていないなんてと、ネガティブモードにもなりますけどね。
そう考えると父は偉大だったなと思います。家庭の事情で別居こそしていたものの、中卒ながらさまざまな運転系の資格を持ち、75歳まで週6で働いていました。働くことについては文句も言わず。
大手企業ではなかったですし、高給取りでもありません。でも中学まで剣道をして防具代だけで20万円。弟も剣道部だったので合わせて40万円。大人になった今ならわかります。剣道をさせるってめっちゃ大変やんと。
趣味の釣りも晩年はぜんぜん行っていなかったでしょう。せめてもと思い、墓石には魚の絵を刻んでもらいました。
親孝行はできませんでした。そもそも会うのも年に1回くらいでしたし、誕生日や父の日もなにも渡さず。ふと思い立って今年は父の日にケーキでもあげようかなと思っていた矢先の出来事だったのです。
そういう後悔はあるのですが、もう仕方ありません。父に感謝をして、前を向いて進んでいきたいと思います。
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