見返りがあることを当たり前にしない
努力は報われてほしい
せっかく時間と労力をかけたのだから評価されたい
私はそんなことを考えがち
特に昔はひどかった
「これだけ時間を掛けたんだから相手はちゃんと見てくれる『はず』だ」と
でも実際はそうじゃない
企画系の仕事になってから常々思う
企画系の仕事はゼロから新しい施策を考えることが多い
技術力や生産性を上げたい、AIを使いこなす社員を増やしたいなどの課題に対して効果的な策を考えて実行する
こういった取り組みでは「何が課題なのか」から考え、「A案はどうか」「B案はどうか」と関係者で何度も議論する
そして決裁者、つまりエライ人に説明して色々と言われてまた考えなおし、提案する
そうやって時間を掛けても企画自体がボツになることがある
また、実行しても見込み通りの結果が出ないこともある
それに対して「なんだよ、せっかく時間掛けたのに」と思いがち
とりわけ自分がメインの担当者だったり思い入れを持っている企画ならなおさらだ
でも、大事なのは結果である
その施策の対象者がどんな反応をしたかが大事なのだ
初心者向けAI講座をやっても受講者が誰も使わなければ効果が出てない
時間を掛けて便利ツールを作ってもユーザーが使わなくなったら意味がない
ただ、そこに対して「なんで使ってくれないの!」と怒っても意味がないのだ
仕事以外で置き換えたらわかりやすい
めちゃくちゃ練りに練って時間も使いまくって書き上げたnoteの記事のビューやスキが少なかった
振り向いてほしい人に対してあの手この手を尽くしたけどもこっちを見てくれなかった
これに対して「何でオレ(オレの記事)を見ないの!」とプンプンしても状況は変わらない
注目されなかった、という結果をまず受け入れるところが大事なのだ
と、偉そうなことを言っているが私自身が「きっと見てくれるはず」と思い込んでいたタイプ
もともと人にアピールするのが苦手なので、自分から発信せず人から話しかけられるのを待っていた
で、誰にも話しかけられずに拗ねていた
めんどくせぇやつだ
今振り返ってみると、当時の私は自分のやったことに対して必ず見返りがあると思い込んでいた
時間を掛けたら掛けた分だけ見返りが大きくなると思っていた
でもそんなことはない
世界の中心は自分じゃないし、何ならそれぞれの世界の傍流にいるのが私だ
だから大事なのは「どうやって狙い通りの効果を出すか」ということだ
そこに費やす時間や労力は関係ない、施策が刺さっているかどうかが大事なのだ
ただ、これは言うは易く行うは難し
だから私はいつも「やりたくねぇ」と言っている
人のことなど完璧に理解できるわけがないんだ
そんなわけでいまは「資産を作って家にこもる」という状態を実現するための施策を実行中
こういった施策のほうがやる気が出るのだ
早く暑い夏でも家で過ごせるようにしたい
