艶暦〜つや暦〜46
四十九日にして
桔梗が咲き始めると、
祖母との約束を思い出す。
子どもの頃、
毎月幼稚園からもらってくる
絵本のような本を
祖母と一緒に見ていた。
はっきりとは覚えてないが
光の国だったか、
キンダーベルだったか、
季節の花のページに
桔梗が載っていた。
祖母は、
この花が一番好きだと言った。
私は何を思ったのか、
「おばあちゃんが死んだら、
お墓に供えてあげる」と
祖母は笑って、
「供えておくれよ」
と言った。
幼稚園児の私は、
いつものように
祖母が喜んでくれると
思っていたのだろう。
死ぬということを、
よく分かってはいなかった。
祖母の行くところは、
お墓ぐらいしか
思いつかなかったのか。
祖母が亡くなったのは、
私が十歳の冬だった。
しょなのか、ふたなのか、みなのか。
村の人が来ては拝み、
帰って行く。
よなのか、
いつなのかの頃になって、
それが七日ごとだと知った。
むなのか、なななのか。
七掛ける七で四十九。
その数字だけは強く頭に残った。
夕飯ができると、
いつものように祖母を呼びに行った。
そして、座っているはずの椅子に
祖母がいないことに気づく。
そんなことを繰り返していた。
四十九日が過ぎると、
人は来なくなった。
家は静かになった。
祖母の気配が薄くなった。
祖母のいない毎日が
始まっていった。
乗ったことのない飛行機に
乗ってみたとて
会いには行けず。
会えないし、
どこにもいないし。
子どもの私が
さみしいという言葉を
知っていたなら
気持ちの整理がついたのだろうか。
桔梗の約束を思い出したのは、
ずっと後になってからだ。
桔梗が咲くたびに、
今年こそと思う。
けれど、まだ一度も
供えていない。
悲しさなのか、寂しさなのか
花屋で桔梗を買うのも、
少し違う気がして
いっそ育ててみようかと
ふと思った。
育てた月日も
持って行けたらいいな。
桔梗が風に揺られる頃
温風至
(あつかぜ いたる|7/7–11)
芳野艶(よしのつや)こもれび工房
