なぜインド?|インド人から見た藤井風
2026年1月24日。
ムンバイで開催された世界的音楽フェス「ロラパルーザ・インディア」。
あの日、日本から取材に来ていたメディアは、私ひとりだった。
運よく、私はステージ前方の特別なエリアにいた。
目の前には藤井風。振り返れば観客。私はその間に立っていた。
ステージ上の藤井風の表情も見える。
同時に、それを見つめる観客たちの表情も見える。取材者としては、これ以上ない場所だった。
もちろん、日本からも多くのファンが駆けつけていた。
だが、私が驚いたのは想像をはるかに超えるインド人ファンがいたことだ。
曲が始まる前から名前を叫ぶ。
歌詞を口ずさむ。
スマートフォンを掲げる。
その熱量は日本から来た、熱狂的なファンに決して負けていなかった。
いや、むしろ彼らの方が、この日を待ち望んでいたようにも見えた。

なぜなのか。
なぜ日本語の曲を歌うアーティストに、これほど熱狂するのだろうか。
その答えを知りたくて、私は終演後、観客たちに声をかけた。
27歳のインド人女性は興奮気味にこう語る。
「彼は本当にパフォーマーです。ステージ全体を使い、ピアノも弾くし、ダンスもする。全部が魅力的なのです」
29歳の男性は、もっと本質的なことを言った。
「日本語だから全部の意味は分かりません。でも問題ありません。彼の音楽は一つのジャンルじゃなくて“体験”なんです」
さらに、こう付け加えた。
「彼は言葉の壁を感じさせない音楽を作っています」
別の二十代の女性は
「以前は『死ぬのがいいわ』しか知りませんでした。でも全部の曲が良かった。正直、ここまでとは思いませんでした」
と振り返る。彼女が何度も口にしたのは、「パフォーマンスがセクシーだった」という言葉だった。
インドの観客にとって藤井風は、精神性だけでなく、圧倒的なスター性と身体性を持つ存在でもあるのだ。そして興味深いと思ったのは、何人もの観客が共通して語ったことだった。
「インドとのつながりを感じる」
彼らは藤井風を日本のスターとして見ているだけではなかった。どこか「自分たちに近い存在」として受け止めていた。なぜ、ここまでインド人の心をつかむのか。その疑問は私の中に残り続けた。

そして、その答えのヒントは、後日読んだインドのメディアにあった。
The HINDU
INDIA TODAY
ELLE INDIA
3つのインタビューを読むと、共通して現れる言葉がある。それは「スピリチュアリティ(精神性)」だ。
藤井風はインド紙『The Hindu』の取材で、
「20年以上、毎晩家族と一緒にバジャン(神への讃歌)やマントラ(祈りの言葉)を歌っていました」
と語っている。さらに『India Today』誌では
「インドは僕のスピリチュアルな故郷です。両親がヒンドゥー教の教えに関心を持っていて、僕自身も影響を受けてきました」
と話し、「スピリチュアリティは僕の人生のすべてです」とも言い切った。
興味深いのは、インドの記者たちがこうした話題を繰り返し取り上げていることだ。日本なら、これは「どんな音楽家なのか」を説明するエピソードになるだろう。しかし、インドの記者たちが知りたかったのは、その先にあるものだったように思う。
どんな曲を書くのか。どんなステージを見せるのか。それ以上に、
「あなたは何を信じているのか」を知りたかったのではないだろうか。

1986年以来、40年近くインドに関わってきた。その経験から言えば、インドでは肩書よりも先に「どんな人間か」を問われることがある。何を持っているかではなく、何を大切にしているか。どれだけ成功したかではなく、どんな人生を歩もうとしているか。
藤井風へのインタビューを読んでいると、インドの記者たちは彼を単なる人気アーティストとして見ていないことが分かる。一人の音楽家として。そして、一人の人間として見ている。
だから思う。
藤井風がインドで支持される理由は、「死ぬのがいいわ」がヒットしたからだけではない。もちろん、その存在を知るきっかけにはなっただろう。だが、それだけなら、ここまで深い共感は生まれない。
「僕たちは深いところで繋がっている」
「神とは愛です」
「より良い人間になることが人生の目的です」
そんな言葉が、インドの人々にはごく自然に届くのかもしれない。彼らの日常に流れる価値観と、どこか重なっているからだろう。
6月14日、藤井風は29歳になった。まだ29歳なのか、と驚く。世界的な成功を手にしながら、彼はなお「より良い人間になりたい」と語る。
あの日、私はステージと観客の間に立っていた。藤井風を見ていた。
そして、それ以上に藤井風を見るインド人たちを見ていた。
いま振り返ると、彼らが熱狂していたのは音楽だけではなかったのかもしれない。その奥にある価値観や生き方に、共鳴していたのではないだろうか。
藤井風がインドを「スピリチュアルな故郷」と語っている一方、インドの人々は、藤井風の中に自分たちと通じる何かを見つけたのだろう。
それが、彼がインドで愛される本当の理由なのかもしれない。

▶️ Courrier Japonに寄稿した記事はこちらより
