【掌編小説】どっちがいい文章書けると思う?
「お前は、なんでそんなにいい文章が書けるんだ?」
「え、なに」
「俺は時間、将来、金、恋愛。全部を犠牲にしているつもりだ。お前は?」
「俺はただ楽しいから書いてるだけなんだけど」
「それだけ?」
「うん」
電話越しにタイピング音が聞こえてくる。俺の手は、キーボードの上にただ置かれているだけ。もう、動く気配はない。電池の切れたリモコンか何かが、テレビの前にただ放置されている景色のようだ。
「そういえば、お前仕事も恋愛も上手くいってるよな」
「え、うん。なんで?」
「舐めてんのかなと思って」
「あぁ。まあ、そういうのも書くことのネタになるしな」
「そんな楽しんでるだけで?」
「本当にそう見えるんだ」
イヤホンから聞こえていたタイピング音が止まった。カチッとライターをつける音がして、すぐに大きくため息をつく音が聞こえてきた。
「楽しいだけに見えるんだ?」
「うん」
「舐めてんのはお前の方じゃないかな」
「は?」
「お前、書くことだけに専念してるよな?」
「うん」
「俺は全部守って楽しんで、苦しんでる。どっちがいい文章書けると思う?」
「俺だよ、そりゃあ」
「じゃあなんでお前は今、俺に嫉妬の気持ちを抱いてんだ?」
俺はたばこを一本取り出し、火をつけた。熱を持った煙が喉を通る。上半身の奥に溜まった塊が熱を帯びて、キーボードの上に置いた指先が細かく震え出した。
「負けてんだよ、お前に。どう足掻いても勝てる気がしない」
「負けてる理由はお前が一番分かってんじゃないの?」
「ちょっと頭冷やしてくる」
俺は通話終了のボタンを押し、煙を吐き出した。指先の震えも、胸の裏側を引っ掻かれたような不快感も、ただそこに残り続けている。
あいつは、いくつもの重りをぶら下げたまま、底の見えない海を泳ぎ続けている。俺は、何も背負わないまま、浅い水たまりの底を見つめているだけだ。
いっそ、溺れてしまおう。深く深く、息ができないように。そうしないと、俺は俺を肯定できない。あいつにも、勝てる気がしない。
俺は灰皿にたばこを押しつけ、肺の空気をすべて吐き出してから、息を止めた。心拍の音だけが、耳の奥で速くなっていく。
このまま自分を追い込み続ければ、俺はいつかあいつに勝てる。
