在宅介護の理想と現実
ここしばらく、ずっともやもやを抱えていた。
Xでポストするには重すぎるし、140字にまとめられるとも思えなかった。
自分の気持ちを吐露するならnoteだろうとも思った。
けれど明るい記事を、楽しめる記事を、これからどんどん書いていこう!
そう思った場所に泥沼を這っているような文章を公開することに
とてつもない壁を感じてしまった。
誰だって辛い。その辛さを乗り越えて働いたり、恋愛したり、日々を生きている。
その辛さや悲しさや葛藤は隠すべきものだと教えられ、育てられた。誰だって、そうなのだから。貴方だけではない、と。
今はSNSが全ての世代に浸透し、簡単に愚痴も相談もありえない事象も全世界に公開できるようになった。それでも「公開」「発信」を選ぶのは人である。
エッセイの公募要項を見ても、読んだ人が前向きになれる、明日をちょっといい気分で迎えられる、そんな話が求められている。
だれも泥沼を這う、救いがない話は見たくないし知りたくないのだ。
ここから続く文章は、どこにも救いが無い、一人の人間が悩み苦悩している現実です。吐露することに意味があり、読まれる事は望んでいません。
進むか、ページを閉じるかの判断はお任せします。
つきあいでフォローしてくださっている方もスキはいりません。
言語化しないと自分が壊れる。そう感じたから文字にしただけです。
ここまで読んでくださってありがとう。ページを閉じてください。
一緒に泥沼に沈んでくれる人、長い文だよ、いつでも引き返していいからね。
自分は心のどこかで、「穏やかな老衰」で母を看取れると信じていたのだろう。
脳梗塞を発症し右半身不随の母は、失語症もあり意思の疎通が難しく、完全に寝たきりでの生活だ。排泄も全ておむつで一時間おきに確認、対応する毎日。それでも歪だった家族の時間をやり直すように、私と母と兄で日々をなんとか乗り越えていた。
延命治療は望まない。
病院で管に繋がれるより、ぼろい我が家で最後まで過ごさせてあげたい。
だから私も仕事を辞めた。残された時間をより大切に出来るように。
猫達の運動会に、微妙な顔をする母も、猫に添い寝されながら穏やかに寝る母も、この生活にならなければ知らないままだった。正直、介護で私はボロボロだ。大変な事は上げ出したらキリがない。それでもこの選択で良かったと思っていた。
母の容態が悪化した。
脳機能障害ではない、別の持病だった。訪問診療に来てくださっているお医者さんにも私たち家族は延命治療は望まないと伝えていた。
ある夜。母が食事を全て嘔吐した。震えが止まらず、高熱になり、解熱剤も鎮痛剤も口からは入らなかった。夜中だったが看護師さんに来てもらい、お医者さんの到着を待つ段階になった。
その間、お医者さんとは電話で繋がっていた。
持病の悪化が考えられる。家で出来ることには限界がある。救急搬送という選択もある、が家で看取りたいという家族の希望からは外れる。
そう言われた。
意味が解らなかった。
今、苦しんでいる状態を改善したいだけだ。家での看取りとは、それすら諦めるという事なのか?
私は救急搬送を選んだ。深夜一時だ。頭が働いていない自覚もあった。
大きな総合病院で、危ない状態だったと言われた。
それと同時に命の危険がある中で家に帰ってもいい、退院しましょうとはならない、とも説明を受けた。
そこでようやく、理解した。家での最後を望めなくなるという言葉を。
かえりたい
管に繋がれた母に泣かれた。私も泣きたかった。
あのまま苦しみの中、逝かせてあげるのが正しかったのか
今でも答えはでない。
人の生き方に様々な道があるように、
逝き方にも多くの違いがあるのだろう。
穏やかに眠るように、なんてドラマみたいに天へ還れる人もいるのだろう。
そうなると、思っていた。
今は、なんとか家へ帰れるように、治療を頑張ってもらっている。
家でのサポート体制も見直して、私が諦めなければ、まだ道は開ける。
きっとその決意をするために、言語化が必要だったのだろう。
気持ちと意思が固まった気がする。
がんばる! やー!
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