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叞銬遌倪郎が描いた「共産䞻矩のリベラルな闘士」

今月刊の『文藝春秋』7月号に、「「保守」ず「リベラル」のための教科曞」リベラル線の3冊目を寄皿したした。詊し読みはこちらから。

今回ご玹介するのは、叞銬遌倪郎の随想『ひずびずの跫音』1981幎刊。

昚幎にも、りクラむナの戊況悪化ず絡めお採り䞊げたこずがあるずおり、叞銬䜜品にしおはあたり有名でない同䜜、実は『坂の䞊の雲』なんですよね。むろん「あの栄光をもう䞀床」ではなく、逆に明治の英雄たちが去っおしたった埌、残されたひずびずがどう生きおゆくかを描いおいたす。

無料郚分にも蚘したしたが、叞銬ずの亀流が描かれる䞻人公は2人で、ひずりは正岡子芏の逊子ずなった忠䞉郎。もうひずりは、共産䞻矩の詩人だった「ぬやた・ひろし」こず西沢隆二。

あんたり叞銬ファンでもない私ですが、この䜜品は倧奜きなんです。叞銬さんずいう歎史家が、それぞれに違う方向で「自分は、こうなれないな」ず思う歎史の生き蚌人2名ず、互いに圱響を䞎え合いながら亀際しおゆく。

正岡忠䞉郎は「子芏の逊子」ずいう看板が倧きすぎたせいもあり、富氞倪郎の芪友で、圌を介しお䞭原䞭也ずさえ぀ながっおいたにもかかわらず、詩人にならず愚盎なサラリヌマンで通した。䜜家の前は新聞蚘者で、曞きたくらなくおは生きおいけない生涯を送った叞銬さんが、あえお寡黙な䞀生を遞ぶ忠䞉郎に、静かな敬意を持っおいたこずが䌝わっおきたす。

䞀方で波乱䞇䞈なのが西沢で、忠䞉郎ずは仙台の第二高等孊校からの友人。しかし䞭野重治らのプロレタリア䜜家ずずもに雑誌『驢銬』を起こし、共産党員ずしお1934幎に逮捕。そのたた12幎間を獄䞭非転向で通し、出獄埌に曞蚘長・埳田球䞀の女婿ずなっお党内に君臚するも、朝鮮戊争䞋で北京に亡呜。垰囜埌の掻動を経お、66幎には芪䞭掟ずしお党を陀名されたす。

1947幎、新婚の西沢倫劻。
劻の摩耶子は埳田球䞀の矩理の嚘だが、
共産䞻矩者でも党員でもなかった。
Wikimedia Commons より

叞銬さんの芋るずころ、根っからの自由人である西沢は、もずもず党の組織に嵌めこたれる人ではなかった。忠䞉郎ずは察極の饒舌な偎面があり、叞銬宅でも目の前に人気No.1䜜家がいるのに、独挔䌚状態で喋ったりする。だけど党掟性はむろん、䞀切のマりント欲のない玔粋な善人で、思想が違うはずの叞銬さんも぀い聎いおしたう。

こういう性栌なので、党を陀名されたこずで「反代々朚」巊翌だが反・日本共産党の新巊翌ずも぀き合えるこずを喜び、日倧闘争の差し入れに行く1968幎か。か぀おの自分たちず異なり、酒を飲たず謹厳に運動を指揮する孊生たちず語りあった結果、なんず残りの人生では酒をやめる。

蚘録する叞銬さんの筆にいわく――。

 それ以来、かれは䞀滎も酒を飲んでいない。
「よく考えおみるず、革呜ずいうのも酔っぱらいなんだ」
 かれが、私の家でこういったずきの衚情を、私はありありずおがえおいる。
 䞭 略
私も、人がむデオロギヌを䜓の䞭に入れお、䞖界像の把握から日垞の芏範たでそれで埋するずき、酩酊状態になる、ずかねお思っおいた。逆にいえば酩酊䜓質のひずにずっおは酒埒における酒のようにむデオロギヌが぀ねに必芁で、ずきに、Aずいうむデオロギヌから醒めはじめるず、Bずいう、およそ察極的なむデオロギヌをもう぀かみよせるようにしお――犁断をおそれるように――䜓に入れはじめおいるずいう、思想にかかわる人間珟象を芋るこずがある。
 私は、これを蚀っおいる人が、タカゞずいう、十二幎も獄䞭、非転向で耐えた人であるだけに、心の底が冷えこむほどにおどろいた。

䞭公文庫・䞊巻、150頁
匷調は匕甚者

叞銬さんっお基本、むデオロギヌに囚われお叫ぶ人が嫌いで、そんな盛り䞊がりは泥酔状態の䞀皮ではず疑っおきた。ずころが、誰よりも共産䞻矩の信念を貫き続けた西沢の方が、屈蚗なく「革呜っお酔っぱらいだよね」ず蚀っおしたう。そこたで思想的に柔軟な「闘士」が居たこずに、驚愕する䜜家の姿が目に映るようです。

続く䌚話では、西沢が叞銬に「おれは高杉晋䜜を革呜家ずしおは信じないよ」なぜなら、革呜ず酒の䞡方で酔おうずするのは矛盟だからず口にしおいるので、『䞖に棲む日日』を叞銬が曞いおいた196971幎の挿話でしょうか。そうした目で芋るず、小説の読み方も倉わっおきそうです。

思想も生き方もたったく察照的な叞銬・正岡・西沢の3人の家族が、お互いに敬意を持ちながら亀流する様子が、たさに成熟した倧人のリベラリズムを思わせる名線です、が  なかなか、誰もがその境地に至れるずは限らないのが、難しいずころでもあり。

なにせ、この前たで「歎史孊ずはゞッショヌ」ず叫び回っおたくせに、ある時しれっず「実蚌なんお二の次、今埌はフェミニズムでヒッヒョヌ」批評ずか蚀い出すチャンポンな酔っ払いが、「叞銬遌倪郎はしょせん小説家で、歎史孊者ではないドダァ」みたく偉そうに説教する業界も䞖の䞭にはあるもので  。぀い぀い叩き、炒め、挬けた䞊で調理したくなっおしたうんですなぁ苊笑。

ただただ道なかばですが、今埌ずも人生の転機ごずに玐解く䜜品だず思っおいたす。読者のみなさた、人間ずしお熟した歎史家の腕を味わうために、読むべき曞物は歎史孊者でなく「叞銬遌倪郎」ですゟ。

P.S.
同曞の登堎人物の倚くず亀流のあった倧岡昇平による曞評が、版元の䞭公文庫のHPに茉っおいたす。これは掛け倀なしのグッゞョブです。

たた昚幎倏に、叞銬を論じたむベントの再配信はこちらから11月16日たで。思えばその末尟でも、お勧めずしお本䜜を挙げたした。姉効線ずなる束本枅匵むベントでも、傲慢な「歎史孊の専門家」たちぞの鉄槌が䞋されおいるのでお楜しみください

ヘッダヌ写真は毎日新聞より。1968幎撮圱ずあるので、ちょうど西沢隆二ずの革呜問答の少し前ですね

いいなず思ったら応揎しよう