ラブシャは日本の音楽をどう編んできたのか --- 音楽メディアから生まれたSWEET LOVE SHOWER、30年を超える歴史
2026年8月28日から30日まで、山中湖交流プラザきららで「SWEET LOVE SHOWER 2026」が開催されている。
前回の記事では、音楽フェスを「巨大なプレイリスト」ではなく、主催者、アーティスト、会場、観客、そして記憶による複数の編集が重なる場所として考えた。
参戦レポートへ進む前に、もう一つ確認しておきたいことがある。
そもそも、SWEET LOVE SHOWER、通称ラブシャは、どのような歴史を持ち、何を選び続けてきたフェスなのか。
出演者の一覧だけを見ても、ラブシャの特徴は捉えにくい。
重要なのは、誰が出演したかだけではなく、異なる時代とジャンルの音楽を、どのような関係として同じ場所へ置いてきたかである。
ラブシャは、その年の人気者を集めるだけのフェスではない。日本の音楽の過去、現在、次の候補を、毎年並べ直す編集装置である。
始まりは、大型野外フェスではなかった
ラブシャは1996年、東京の日比谷野外大音楽堂で始まった。
2006年までの11年間、会場は日比谷野音だった。1996年の出演者には、UA、THEATRE BROOK、フィッシュマンズ、ホフディランなどが並んでいる。
現在のような三日間、複数ステージ、大規模動員のフェスとして始まったわけではない。
出発点は、音楽専門チャンネルであるスペースシャワーTVが、自らの視点でアーティストを集めた野外ライブだった。
この違いは大きい。
どの音楽イベントにも、集客や興行としての判断がある。ラブシャも例外ではない。
そのうえでラブシャには、日常的にミュージックビデオ、番組、インタビュー、ライブ映像を扱ってきた音楽メディアの判断が重なっていた。
ラブシャは、テレビの中で行われていた選曲と紹介を、観客のいる場所へ持ち出したイベントとして始まったのである。
初期のラインナップには、現在まで続く原型がある
1990年代後半から2000年代初頭の出演者を見ると、ラブシャを単純なギターロックのフェスと呼べないことが分かる。
1997年にはCocco、サニーデイ・サービス、thee michelle gun elephant、山崎まさよしが出演した。
1999年には椎名林檎、Sugar Soul、SHAKKAZOMBIE、YOU THE ROCK★、TRICERATOPSが同じ日に並んでいる。
2000年にはACO、eastern youth、SUPER BUTTER DOG、中村一義、BUMP OF CHICKEN、RIZEが出演した。
ここには、オルタナティブロック、日本語ポップ、ヒップホップ、R&B、ソウル、ファンク、ミクスチャーが同時に存在している。
当時の邦楽を、既存のジャンル区分ごとに分けて見せるのではない。
異なる場所から現れた音楽を、「いま日本で起きている重要な音楽」として同じ一日に置く。
この編集姿勢が、ラブシャの原型だったと考えられる。
2007年、山中湖への移転で「選曲」が「空間設計」へ広がった
2007年、ラブシャは会場を山梨県の山中湖交流プラザきららへ移した。
この年から二日間開催となり、現在につながる大型野外フェスとしての形が始まる。
これは単なる規模拡大ではない。
日比谷野音では、一つの会場で用意された順番を観客が受け取る構造だった。
山中湖では、複数のステージ、出演時刻、移動距離、休憩、食事、天候、湖、富士山、昼と夜が、聴取体験へ入り込む。
主催者の仕事も、出演者を選ぶことだけではなくなる。
誰をどの日に置くか。どの時間帯にするか。どの規模のステージへ配置するか。別のステージでは、その時間に誰を演奏させるか。
音楽メディアによる選曲が、時間と空間の設計へ拡張されたのである。
前回の記事では、フェス会場そのものが再生装置の一部になると書いた。
ラブシャにとって山中湖は、単に写真映えする背景ではない。
音楽をどの距離、温度、明るさ、風景の中で受け取るかを決める、フェスの構成要素である。
ラブシャの音楽的な系譜は、一本の線ではない
以下は公式のジャンル分類ではなく、歴代ラインナップから読み取った整理である。
ラブシャの深い根には、1990年代の日本のオルタナティブ音楽がある。
フィッシュマンズ、UA、Cocco、サニーデイ・サービス、thee michelle gun elephant、椎名林檎、eastern youthなどは、既存の歌謡曲やロックの形式を使いながら、日本語の響き、リズム、音像、演奏のあり方を更新していた。
同時に、別の根としてヒップホップ、R&B、ソウル、ファンクがある。
Sugar Soul、SHAKKAZOMBIE、YOU THE ROCK★、ZEEBRA、KICK THE CAN CREW、ACO、SUPER BUTTER DOG、EGO-WRAPPIN'、SOIL&“PIMP”SESSIONSなどである。
2000年代になると、BUMP OF CHICKEN、ASIAN KUNG-FU GENERATION、10-FEET、サカナクション、マキシマム ザ ホルモン、9mm Parabellum Bullet、THE BACK HORN、チャットモンチー、東京スカパラダイスオーケストラなどが、大型フェス文化を支える太い幹になる。
しかし、幹がロックであっても、ラブシャの境界はロックに閉じなかった。
2010年代には、Suchmos、cero、never young beach、Yogee New Waves、Nulbarich、Tempalay、iri、SIRUP、Creepy Nutsなどが加わる。
インディーロック、シティポップ以後の感覚、ヒップホップ、R&B、電子音楽が、従来のフェスロックと同じ場所へ置かれていく。
ラブシャの歴史は、あるジャンルが別のジャンルへ交代した歴史ではない。
複数の系譜を残したまま、新しい枝を継ぎ足してきた歴史である。
「現在の主役」と「次の候補」を同じ場所へ置く
ラブシャの特徴は、すでに実績のあるアーティストだけでなく、まだ大きなステージの中心にはいない出演者を、小さな枠や早い時間へ配置してきたことにも表れている。
2013年にはTHE ORAL CIGARETTESがオープニングアクト、2015年にはMrs. GREEN APPLEがオープニングアクトを務めた。
2016年には、あいみょんが「SPACE SHOWER STUDIO LIVE」の枠で出演している。
2018年にはKing Gnuがオープニングアクト、2019年には藤井 風が「MORNING ACOUSTIC」に出演した。
もちろん、その後の成功がラブシャによって生まれたと単純に因果関係を結ぶことはできない。
それでも、後に大きな存在となるアーティストを、広く知られる前の段階から既存の主役と同じフェスへ置いていた事実は残る。
2024年には、比較的若いアーティストを紹介する新ステージ「SUNRISE TENT」が設けられた。プロデューサーは、若手イベント「スペースシャワー列伝」からラブシャへつながる流れを作り、観客が新しいアーティストと出会える場所にしたいと説明している。
つまりラブシャは、完成した人気順を再現するだけではない。
現在の中心と、次に中心になるかもしれない音楽を、同じ空間へ接続する。
この時間軸の編集が、ラブシャらしさの一つである。
日本のフェス史では、どこに位置するのか
ラブシャの開始は1996年で、FUJI ROCK FESTIVALの初開催は1997年である。
ただし、「ラブシャはフジロックより古い大型フェスだ」と言うと正確ではない。
1996年のラブシャは日比谷野音の単会場ライブであり、現在につながる山中湖の大型野外フェスへ移行したのは2007年だからである。
歴史的には、1990年代の音楽メディア主催ライブから出発し、2000年代に発達した日本の大型野外フェス文化へ合流した存在と見るのがよい。
主要フェスを単純化して比較すると、FUJI ROCK FESTIVALは海外音楽との接続と自然の中での滞在、SUMMER SONICは都市型で国内外を巡回させる構造、RISING SUN ROCK FESTIVALは北海道で夜を越える体験、ROCK IN JAPAN FESTIVALは国内の人気ロックとポップを大規模に集約する力に、それぞれ強い特徴がある。
実際にはどのフェスも、これだけでは説明できない幅を持っている。
そのうえでラブシャの独自性を挙げるなら、音楽専門メディアが長期にわたって蓄積した関係と選曲眼を、邦楽横断型の野外フェスとして提示してきた点にある。
規模が最大だから重要なのではない。
「この時代の日本の音楽を、どのような隣り合わせで見せるか」という編集が、継続していることに意味がある。
放送、ライブ、記録が一つの循環になっている
スペースシャワーは、出演者を決めて会場を運営するだけの主催者ではない。
日常的に番組を作り、インタビューを行い、ミュージックビデオを放送し、ライブを撮影し、後から特別番組として再編集する。
ラブシャのプロデューサーも、出演依頼の前に可能な限りライブを見て、アーティスト側とステージの見せ方を話し合うこと、普段からライブ撮影や番組制作を行うスタッフが映像を作ることを説明している。
2020年、山中湖での開催ができなかった際には、ライブ、トーク、過去映像を三つのチャンネルで同時配信するオンラインイベント「SWEET LOVE SHARE」が行われた。視聴者は同じブラウザ上でチャンネルを切り替え、ステージ間を移動する感覚を再構成できる設計だった。
現地の身体感覚をオンラインで代替できたわけではない。それでも、フェスの本質を一つの配信画面へ縮小せず、複数の流れから選ぶ構造として作り直した点には、放送と映像を母体とする主催者の特徴が表れている。
そのため、ラブシャの一公演は、その場だけで完結しない。
番組で知ったアーティストを会場で見る。会場で初めて知ったアーティストを後から映像で確認する。過去の出演映像が周年番組で再編集され、次の世代の観客へ届く。
発見、出演、撮影、放送、保存が、一つの循環を作っている。
ラブシャはフェスであると同時に、音楽メディアが毎年発行する映像付きの年次編集号とも言える。
2026年の一日にも、30年を超える時間が重なっている
2026年8月29日の出演者を見ると、この構造が分かりやすい。
ASIAN KUNG-FU GENERATION、EGO-WRAPPIN'、レミオロメン、plentyといった2000年代から続く名前がある。
STUTS、Daichi Yamamoto、iri、SIRUPというヒップホップ、R&Bの流れがある。
DYGL、Tempalay、never young beachがいる。
さらに、羊文学、PEOPLE 1、Tele、kurayamisaka、SATOH、Hana Hopeなど、現在進行形の異なる音楽が同じ日に配置されている。
これは売上順でも、ジャンル別の見本市でもない。
日本の音楽がどこから来て、現在どのように枝分かれし、次にどこへ向かう可能性があるかを、一日の中へ圧縮した編成と読むことができる。
もちろん、観客がそのすべてを見ることはできない。
だから前回書いたように、主催者が編集した全体の中から、観客は自分が実際に通る経路を選ぶ。
ラブシャの歴史を知ることは、出演者名を暗記することではない。
目の前のステージが、どの系譜の続きにあり、別のステージとどのような関係で置かれているかを知ることである。
ラブシャが毎年更新しているもの
ラブシャは、日本音楽史を保存する博物館ではない。
過去の重要人物を順番に並べるだけなら、記念公演やアーカイブ番組で足りる。
ラブシャが行っているのは、過去を現在の出演者と並べ直し、まだ評価の定まっていない音楽を、その先へ置くことである。
ラブシャとは、スペースシャワーが蓄積してきた日本音楽の記憶を、山中湖の時間と空間を使って、毎年更新するフェスである。
前回の記事では、音楽フェスが曲を「今ここでしか成立しない関係」へ置き直す仕組みだと考えた。
今回確認したのは、その関係を作る前段階に、30年を超える選択と配置の歴史があるということだった。
次回は、この系譜を踏まえたうえで、SWEET LOVE SHOWER 2026で実際に何を選び、何を見送り、どの場所で予定を変えたのかを振り返りたい。
出演者の順位を付けるのではなく、主催者が編集した一日を、観客としてどのように通ったのかを記録する。
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