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韓国で、男が、アニメーターとして、日本に行くというこ

期間。

高校を卒業してすぐ日本へ行くAがいる。

大学を卒業してから行くBがいる。

通信制の大学に通いながら仕事を続け、その後で行くCもいる。

日本の専門学校を経て業界に入るDもいるだろう。

全員、日本でアニメーターとして活動するという、よく似た目的地を目指している。

けれど、そこへ到着する年齢はまったく違う。

その時点までに積んできたキャリアも違えば、学校で過ごした時間も、生活も違う。

どこへ行くかと同じくらい、いつ行くかが重要になる。

韓国でアニメーターをするなら。

いや、韓国で男がアニメーターをするなら。

そこに、もう一つの期間が入ってくる。

兵役だ。

多くの場合、軍隊に行くか、あるいは別の形の服務によって兵役を代替しなければならない。

どちらにしても、一定の時間が必要になる。

前者はおよそ一年半。

後者なら、それより長くなる場合もある。

単純に期間だけを考えるなら、さっさと軍隊に行って終わらせる方が、最短ルートとしてはすっきりして見えることもある。

僕は実際、かなり真剣にそれを計算していた。

軍隊に行くか。

社会服務要員、いわゆる「公益」を狙うか。

先に日本へ行くか。

服務を終えてから行くか。

高校卒業後すぐ日本へ行けば何歳。

大学を終えてからなら何歳。

大学に通いながら仕事を続ければ、キャリアは何年。

その途中に兵役を入れれば、何年。

あの頃の僕は、自分の人生を制作スケジュールのように考えていたのだと思う。

片方に時間を入れれば、もう片方が後ろへずれる。

学校に時間を使えば、日本へ行く時期が遅くなる。

兵役を先に終えれば、アニメーションの仕事を一定期間止めることになるかもしれない。

仕事を続ければキャリアは積める。

けれど、まだ解決していない問題もそのまま残る。

もちろん、兵役だけ片づければ終わるわけでもなかった。

韓国でこのままアニメーターを続けるのか。

日本へ行くのか。

それも決めなければならなかった。

今は、アニメーションの仕事をするために必ず日本に住まなければならない時代ではない。

韓国にいながら日本作品に参加することもできる。

実際、僕自身そうやって仕事を始めた。

慣れた家にいて、自分のやりたい作品を選び、必要ならオンラインで人と連絡を取ればいい。

日本で新しく生活基盤を作るより、生活費だって抑えられるかもしれない。

何より、楽だ。

でも、日本には人がいる。

少し変な言い方だけれど、結局、その違いが大きかった。

業界の人と直接会う。

仕事の話をする。

仕事が終わったあとに酒を飲む。

誰かの紹介で、また別の誰かと知り合う。

オンラインでも仕事をもらうことはできる。

けれど、人と人が近くなる方法まで、すべてオンラインで代替できるわけではない。

韓国にいれば、自分が楽な場所で、自分のやりたい仕事ができる。

日本にいれば、自分がやりたい仕事をしている人たちの近くにいられる。

どちらも良かった。

だから難しかった。

2024年の僕は、日本へ行くことに決めた。

アニメーターになってまだ半年も経っていない僕が、である。

今考えると、少し笑える。

自分がアニメーターという仕事をどれだけ長く続けるのかすら分かっていないのに、もうどの国でアニメーターとして生きるのかを考えていた。

業界がどう回っているのかもよく知らなかった。

実際に知っているアニメーターの数も、今よりずっと少なかった。

けれど不思議なことに、そういう時期にこそ決めなければならなかった。

十分に知ってから決めるには遅すぎる。

でも、決めるにはあまりにも知らなすぎる。

日本へ行くなら、日本語を準備しなければならない。

ビザも調べなければならない。

学校へ行くのか、就職するのかも決めなければならない。

兵役も解決しなければならない。

準備には時間がかかる。

だから、全部を理解してから動き始めることなどできなかった。

とりあえず、日本へ行くことにした。

すると次の問題が生まれた。

どうやって?

最初は、日本へ行くか行かないかが問題だった。

それを決めると、今度は日本へどうやって行くかが問題になった。

大学へ行くか。

通信制大学に通いながらキャリアを積むか。

日本の専門学校へ入るか。

会社に就職するか。

今のようにフリーランスを続けながら、日本へ行く方法を探すか。

そして、そのすべての選択肢の横には、また兵役があった。

軍隊を先に終えるか。

公益を狙うか。

先に日本へ行ってから戻ってこなければならないのか。

何年という時間を、どこに配置するのか。

こんな計算をしていると、ときどき妙な気分になる。

僕はアニメーターになりたくて絵を始めた。

絵がうまくなりたかった。

いい作品に参加したかった。

最初は、それだけだった。

ところが実際にアニメーターになってみると、絵とは関係なさそうなことを、ずっと多く考えるようになった。

国。

学校。

ビザ。

兵役。

年齢。

キャリア。

居住地。

どんな絵を描くかを考えていたはずなのに、いつの間にか、どの国で何年生きるかを計算していた。

だからといって、これらがアニメーターと無関係な問題だとも言えない。

どこに住むかによって、誰と出会うかが変わる。

誰と出会うかによって、どんな作品に参加するかが変わるかもしれない。

学校へ行くか、仕事を続けるかによって、数年後のキャリアも変わる。

兵役をいつするかによって、仕事を止める時期も変わる。

結局、絵を描く職業を選んだはずなのに、自分の人生全体の時間割を組み直すことになった。

Aは高校を卒業してすぐ日本へ行った。

Bは大学を卒業してから行った。

Cは学校と仕事を並行した。

Dは日本の専門学校を選んだ。

たぶん四人とも、それぞれの理由がある。

誰が一番早かったかなら計算できる。

でも、誰が一番いい道を選んだのかは、簡単には言えない。

僕も同じだ。

2024年の僕は、日本へ行くことを決めた。

2026年の僕は、今もいくつもの選択肢を計算している。

その間に、アニメーターとして働いた期間は長くなった。

最初は知らなかった人たちと知り合い、できる仕事も増えた。

それなら選ぶのも簡単になっていそうなものだが、むしろ考えなければならないことは増えた。

以前は、日本へ行きたいという気持ち一つしかなかった。

今は、韓国に残ることで得られるものも知っている。

日本へ行くことで得られるものも、少しは知っている。

失うものも知っている。

だから今は、分からない。

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