【天幕のジャードゥーガル9話考察】なぜシタラの武器は「知識」なのか?力を持たない少女が帝国で生き残れる理由
※この記事はアニメ『天幕のジャードゥーガル』第9話までのネタバレを含みます。
『天幕のジャードゥーガル』を見ていて面白いのが、
主人公・シタラが、
とにかく「強くない」こと。
剣の達人ではない。
馬上から敵を倒すわけでもない。
特殊な能力があるわけでもない。
舞台は13世紀。
巨大なモンゴル帝国。
力を持つ者たちが、
国を奪い、
土地を奪い、
人間の運命まで変えていく世界。
そんな場所で、
シタラが持っている最大の武器は、
「知識」。
これが面白い。
## 普通なら、知識は弱そうに見える
目の前に武器を持った兵士がいる。
こちらには本がある。
どちらが強い?
普通に考えれば、
兵士。
知識があっても、
その場で斬られたら終わる。
だからシタラの強さは、
「戦えば勝てる」
という強さではない。
もっと別のところにある。
## シタラは「必要とされる人間」になれる
読み書きができる。
医学を知っている。
情報を理解できる。
異なる文化を知っている。
現代なら、
そこまで珍しく感じないかもしれない。
でも13世紀。
教育を受けられる人間そのものが限られている世界では、
知識を持っていること自体が価値になる。
つまりシタラは、
戦って自分を守るのではなく、
「この人間は生かしておいた方がいい」
と思わせることで生き残れる。
## これは武力とは正反対の強さ
武力は、
相手を従わせる。
知識は、
相手から必要とされる。
似ているようで、
かなり違う。
剣を持っている人間は、
剣を失えば弱くなる。
権力を持っている人間は、
地位を失えば弱くなる。
でも知識は、
頭の中に残る。
奪われにくい。
だからシタラは、
何度環境が変わっても、
自分の価値を作り直すことができる。
## でも、知識はシタラを自由にはしてくれない
ここがこの作品の残酷なところ。
知識がある。
だから生き残れる。
でも、
知識があるから利用される。
「役に立つ人間」
になれば、
殺される可能性は下がる。
その代わり、
権力を持つ人間から、
「使える人間」
として見られる。
つまり、
知識はシタラを救う。
同時に、
シタラを権力の中心へ近づけてしまう。
## 強くなるほど危険な場所へ行く
普通の作品なら、
主人公が成長する。
↓
強くなる。
↓
安全になる。
となる。
でもシタラは逆。
知識を示す。
↓
価値を認められる。
↓
もっと重要な人物に近づく。
↓
もっと巨大な権力争いへ巻き込まれる。
知識が増えるほど、
安全になるどころか、
危険な場所へ進んでいく。
## それでもシタラは知ることをやめない
ここが重要だと思う。
だったら、
何も知らないふりをすればいい。
目立たない。
言われたことだけやる。
その方が安全かもしれない。
でもシタラは、
見る。
聞く。
読む。
考える。
知ろうとする。
なぜなのか。
ここまで考えると、
シタラにとって「知識」は、
生き残るための便利な道具だけではないように見えてくる。
知ること。
考えること。
それ自体が、
誰かに人生を決められ続けてきたシタラに残された、
小さな「自由」なのかもしれない。
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