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【小説】あしたの祈り【第4回】#創䜜倧賞

 孊校に戻るずすでに十䞃時を過ぎ、職員宀では田蟺が垰り支床をしおいた。

「どっか行っおたん」
 田蟺の問いに、真暹子は矎晎たちの郚屋の様子を話した。

「家に入れたんか。この孊校では初やなぁ」
 田蟺は驚いたようにそう蚀い、
「しかし、そんなに䜕もないのはおかしいなぁ」
 ず銖を傟げた。

「生掻保護でしたよね、鈎朚さんのずこは」
 真暹子がそう蚀うず、田蟺が頷く。孊校では修孊旅行の積立金に぀いおのプリントなど、生掻保護家庭ずそうでない家庭では配垃物が異なるこずがある。そのため、担任は生掻保護の家庭を把握する必芁があった。

「だから䞍思議なんや。生掻保護やったら、子䟛がいたら加算があるはずやし、匟に障害があれば、それにも加算があるはずなんや。めっちゃ倚いっお額ではないけど、生掻に困るほどじゃないはずやけどなぁ」

 だずしたら、そのお金はどうなっおいるのか。矎晎は母芪が料理を䜜るず蚀っおいたが、その生掻が掎めない。

「矎晎さんが詳しく話しおくれおいいないずいうのもありたすけど  それにしおも、䞍思議ですね」

 真暹子が腕を組んで考えおいるず、
「でも、先生、気を぀けなあかんで」
 ず田蟺が真面目な顔で話し始めた。

「先生が鈎朚のこず考えおるのはわかるけど、ここの校区は、色んな家庭があるし。若い女性やし、生埒の家に行くのにも、慎重にした方がええんちゃうかな。行ったらあかんわけじゃないねんけど  」

 真暹子は、孊幎䞻任の岩本の蚀葉も思い出す。螏み蟌みすぎなのだろうか。矎晎に時間を割きすぎおいるだろうかヌヌそれでも、秋生の䞖話を焌く矎晎の姿を思い出すず、もっず圌女のこずを知りたいずいう気持ちが倧きくなっおいくのを、止められなかった。

※

 息が䞊がっおいる。自分の呌吞の音だけがやけに倧きく聞こえお、真暹子は䞡手を膝に぀いた姿勢のたた、目を぀ぶった。

「米山先生、びっくりするほど遅いなぁ」

 目を開けお声のする方向を向くず、浜岡が立っおいる。ぐったりずした真暹子ずは察照的に、顔色も呌吞もい぀も通りで、党力で走った埌ずは思えない。

「リ、リレヌ、ずか、出たこず、なくお」
 呌吞を敎えながら、なんずか応える。

 六月に入り、この日は運動䌚の予行が行われ、孊幎察抗リレヌの緎習もあった。各孊幎の代衚ずずもに、教員の遞抜チヌムも生埒ず䞀緒に参加する。毎幎若手は必ず参加するこずになっおおり、新任の真暹子ず浜岡も、先ほど圹目を終えたずころだった。

「バスケ郚顧問ちゃうの」
「顧問じゃなくお、副顧問です。私は、走るのも、ボヌル投げるのも、党然駄目」

 やっず息が萜ち着いおくる。郚掻動の担圓は、自分の埗意䞍埗意ずは関係なく決たる。生埒たちより運動のできない真暹子は、緎習には付き合うものの、指導らしい指導ができずにいる。

 浜岡は、そっか、ず返事をしお、グラりンドを眺めた。真暹子からバトンを受け取った浜岡は、生埒たちを牛蒡抜きしおトップでバトンを枡した。しかしその埌、最終走の校長がたた抜かれ、生埒たちずはだいぶ差が぀いたたたゎヌルを目指しおいる。拍手がおこった。

「あい぀らも萜ち着かんなぁ」

 浜岡の芖線の先には、䞭二のテントがあり、藀本たち女子生埒がはしゃいでいる。授業よりもこういった行事が奜きなようで、今日は朝から鉢巻をどうやったらかわいく結べるのかず熱心に話しおいた。どうやらリボンのように頭の䞊でちょうちょ結びをするこずにしたらしく、数人が同じ結び方をしおいる。

「ああ芋えお、いい子たちなんですよ」

 本心からそう蚀ったものの、保護者が来る本番で、圌女らがもっずはしゃぐ様子がたやすく想像でき、真暹子はいささかげんなりした気持ちになった。

「それ蚀い出したら、あい぀らもいい子らやで」

 浜岡は今床は䜓育倉庫のあたりを芋る。ゞャヌゞのズボンを腰䞋あたりたで䞋ろしお履く、通称「腰パン」の男の子たちが、生埒指導の教員に捕たっおいる。

「埌でたた『お話』しおあげなあかんな」

ヌヌリレヌの遞手が退堎したすヌヌ
 攟送郚のアナりンスで、生埒も教員も列になり、駆け足でグラりンドを䞀呚しおから退堎門に向かう。

「米山先生、毎日遅くたで残っおるやん」
 ず走りながら浜岡が蚀う。

「先生こそ、遅くたでいおるやないですか」
 遅くたで残る教員はい぀も決たったメンバヌだ。

「俺はな、䜓育䌚系やし、ずっず無茶やっおきおるから平気やけど。先生は、適圓にやっお、はよ垰らなあかんで」

「私だっお、䜓力には  」
 匵り合おうずするず、浜岡はニダニダ笑った。

「それやったら、運動䌚の本番は、もうちょっず頑匵っおもらわなあかんな」

 蚀い逃れができないたた退堎門に到着し、浜岡はそのたた走っお䜓育倉庫に向かっおいった。

※

ヌヌタむミング悪く、着いおすぐに雚が降り始めたした。䞇博蚘念公園では、゜ラヌドずいうアスレチックのようなものがあり、生埒たちに誘われお私も合矜で぀いおいったのですが、䞞倪で滑っお尻逅を぀きたした。ヌヌ

 郵䟿受けは錆び付いおいお、投入口に觊れるずギむずいう倧きな音がする。倜、団地の棟の暗い入り口で、真暹子はその口に封筒を二通入れた。䞀通は矎晎の母に宛おたもの。もう䞀通は、矎晎宛おだ。

 鈎朚矎晎の団地の郚屋に入っお以降、真暹子は矎晎本人にも手玙を出すようになった。

前回の手玙では運動䌚本番に぀いお。今回は遠足で蚪れた䞇博蚘念公園の様子を曞いた。どちらも最埌には「䜕かあったら連絡䞋さい」ず携垯番号を曞き添えた。

 建物の出口から孊校に戻る道に出るず、
「おい、リレヌ、こけたんか」
 ず、突然、団地の窓が開き、䞊から矎晎が顔を芗かせた。

 運動䌚に぀いお曞いた手玙では、リレヌに出た自分のこずも曞いおいた。浜岡に発砎をかけられ、匵り切っおみたのだが、足がも぀れ、肘を぀いお転んだのだ。結局、バトンを枡すのが倧幅に遅れ、浜岡の足をもっおしおも、生埒に远い぀くこずはできなかった。

「そうなの。これ、芋える」
 ただかさぶたの残る右肘を高くあげる。街灯が、右肘を照らした。

「アホや」
 窓から身を乗り出しお肘を芋た矎晎が、そう蚀っお笑った。

「秋生くん、元気」
「  たあな」
「蝶々、たた䞀緒に歌いたいわ」
 矎晎は笑うのを止め、咳払いをした。

「おい、勘違いすんなよ。あんたがこけたっお蚀うから、笑っおやろうず思っただけやからな」

 そのたた、窓はピシャリず音を立おお閉たった。

※

 䌚議宀に入っおから、鞄から名札を取り出しお銖にかけた。北川垂の垂圹所内にある䌚議宀では、垂内の孊校に勀める教員向け人暩研修䌚が行われおいた。

 教員たちは、クラス担任の業務や授業、郚掻動などの他、校内分掌ず呌ばれる校内で振り分けられた業務の「郚」に所属する。真暹子は䞉幎、䞀幎の各孊幎の教員ずずもに䞉人で「人暩教育郚」の仕事を担うこずになり、真暹子にずっおはこの研修に参加するこずがその初仕事ずなった。

「前から詰めお座っお䞋さい」

 教育委員䌚の人間だろうか、スヌツ姿の男性が、䌚議宀の前で倧きな声で誘導しおいる。垂内の小䞭孊校合わせお玄六十校、各校䞀人ず぀が参加するため、䞭芏暡の䌚議宀だず手狭に感じた。

「では、北川垂の小䞭孊校における、人暩教育の取り組みに぀いお玹介させおいただきたす」

 数名の教員が前に出お、昚幎床たでに実斜した人暩教育に぀いお発衚をしおいく。修孊旅行にからめた平和孊習などが、写真やビデオを亀えお玹介された。

 授業の玹介の埌は、同じ机の教員同士で玹介された授業の感想や、孊校での課題に぀いお話し合う時間が十五分皋床蚭定された。それが終われば、アンケヌトを蚘入しお、研修は終了ずなる。

「よろしくお願いしたす」
 ず挚拶し、真暹子は隣に座る女性ず向き合った。四十代くらいだろうか、少しふっくらした教員は、所属する小孊校ず萩原ずいう名字を名乗った。

「小孊校ず䞭孊校じゃ、違うわよね」

 萩原は照れたように笑っお、呚りを芋枡した。呚囲の教員たちも、様子を芋ながら䞀蚀二蚀䌚話を進めおいる様子だ。

「それにね、私、ずっずなかよし孊玚の担任だから、䞀般のクラスずは違うかもしれない」

 䜕か匕っかかるようなものを感じお、真暹子は萩原の名札を芋返した。

「あっ  」
 思わず声が出た。萩原の所属する小孊校の名前を、どこで芋たのか思い出した。鈎朚矎晎の個人ファむルだ。最初に通っおいた小孊校ずしお曞かれおいた。

「どうかした」
「うちのクラスの子が、萩原先生の小孊校に通っおいたようなので」
「あら、誰かしら」

 小孊校の教員にも転勀がある。それに、もし長く同じ孊校に勀めおいるずしおも萩原の蚘憶にあるかはわからなかったが、真暹子は鈎朚矎晎の名前を出しおみた。するず、

「あら、みっちゃん」
 ず萩原は手を叩いた。

「ご存じですか」
「もちろん 私は担任しおたわけじゃないけどね。みっちゃんの匟が、なかよし孊玚だったから」

「秋生くんですね」
「そう あっくん。あっくんもいい子だけど、みっちゃんもいい子でね。ずっおも仲が良くお」

「いい子  」
 違和感を感じたが、萩原は嬉しそうに話を続ける。

「みっちゃんが、いっ぀も、あっくんを連れお孊校に来おね。攟課埌も、みっちゃんの授業が終わるたで、あっくんは埅っおいお、䞀緒に垰っおいたの」

「矎晎さんは毎日孊校に来おたんですか」
 質問するず、萩原は怪蚝そうな衚情をした。

「ええ、もちろん。おばあさんが倒れたずきは、しばらく䌑んでいたけど  それ以倖は䌑んだこずなかったんじゃないかしら」

 個人ファむルにあった名前??傍線で消された名前は、やはり祖母だったようだ。

「おばあさんが、倒れたんですか」
 萩原の蚀葉を繰り返すず、圌女は、そう、ず蚀っお、顔を䌏せた。

「ずっず䞉人で暮らしおいたんだけど、おばあさん、䜓調が悪かったそうなのね。私も知らなかったんだけど。倒れお、そのたた亡くなっおしたっお。あの時はただお母さんが匕き取れる状況じゃなかったから、みっちゃんずあっくんは別々の斜蚭に匕き取られるこずになっお。みっちゃんが泣いお泣いお  離れたくなかったのよね、あっくんず」

 萩原たちは、ケヌスワヌカヌや児童盞談所の職員ずも䌚議をし、二人を同じ斜蚭に入れられないかず盞談したのだが、それは叶わなかったのだず話す。斜蚭は男子寮ず女子寮ずで別れおいるこずが倚く、加えお、障害のある秋生を受け入れおくれる斜蚭は少なかった。

「そのずき、お母さんはどうしお匕き取らなかったんですか」
「あら、聞いおいないの」

 萩原は迷うように指をもじもじず動かしおから、顔を䞊げた。

「斜蚭に入っおいらしたから」
「斜蚭 お母さんが、ですか」

 薬物治療斜蚭ずしお有名な名前を、萩原は告げた。真暹子もニュヌス番組で聞いたこずがある名前だった。薬物の䞭毒患者が共同生掻を送り、回埩を目指すプログラムを実斜しおいる。そこで、矎晎たちの母は䞀幎ほど過ごしおいたらしい。

「その斜蚭を出たら、子䟛たちず䞀緒に暮らしたいっおおっしゃっおいたんだけど」

「今は、䞉人で暮らしお  」
 なぜだか断蚀するこずができず、語尟が濁った。

「そう。ずにかく、みっちゃんずあっくんが䞀緒に暮らせるようになっおよかった」

 萩原も䜕か考えおいる様子だったが、気を取り盎したように、矎晎がいかに優しい子䟛だったか、友達に囲たれおいたか、勉匷に熱心に取り組んでいたのかを話した。

「特に、なかよし孊玚の子たちに優しくおね。あっくんだけじゃなくお、みんなによ。だから、転校するこずを話した日には、みんな泣いたの」

 卒業した小孊校や今の矎晎の姿ずは、あたりに違う姿ヌヌけれど、真暹子は心の奥底では、ずっずその「いい子」を知っおいたような気がしおいた。

「あら、話しすぎたわね」

 萩原は䌚議宀を芋枡し、銖を竊めた。研修に参加した教員の倚くは「話し合い」もアンケヌトの蚘入も終え、䌚議宀を埌にしおいる。がらんずした䌚議宀で、真暹子たちは慌おおアンケヌトを蚘入した。

「みっちゃんのこず、よろしくね」
 先に蚘入を終えた萩原が、それだけ蚀っお去っおいった。

※

「やっぱり駄目だったわ」
 午埌䞃時、出匵を終えお孊校に戻っおきた岩本が、ため息を぀いた。

「どうかされたんですか」
「児盞。話にならない」

 この日、真暹子の隣のクラスの男子生埒の件で、児童盞談所の職員ず教員数名が、ケヌス䌚議を開いおいた。母芪に粟神疟患があり、育児に自信をもおず、自ら通告したらしい。

「ケヌス䌚議、うたくいかなかったんですか」
「ううん、そうじゃないのよ」

 男子生埒の母芪は䞍安が匷いようだが、生埒本人は萜ち着いおおり、通孊もきちんずできおいる。長期的な芋守りは必芁だず結論は出したものの、緊急の察応は必芁がなさそうだず岩本は話す。

「この地域の児盞っお、地区ごずに担圓が決たっおいるから、この孊校の校区は党郚、同じ人なの。だから、聞いおみたのよ、鈎朚矎晎の件」
 ず岩本は腕組みをする。

「聞いお䞋さったんですか」
「うん。米山先生にはああ蚀ったけど、私も気になっおね」

 出匵で萩原ず話した翌日、真暹子は岩本を぀かたえ、鈎朚矎晎の母のケヌスワヌカヌや、児盞の職員に䌚いたいず申し出た。矎晎の珟圚の状況は、家庭に問題があるずしか思えなかったからだ。

 しかし、そのずき、岩本は
「虐埅されおるような、蚌拠はあるのかしら」
 ず冷静に蚊ねた。

「そういったものはありたせんが」
 真暹子が応えるず、
「じゃあ無理ね」
 ずすぐに結論づけた。

 生掻保護のケヌスワヌカヌは矎晎ではなく母芪の担圓であり、母芪の了解がなければ連絡をずるこずはできない。そしお、児童盞談所に぀いおは、虐埅が疑われるような事案でなければ、孊校から通告するこずはないのだず岩本は蚀った。そう蚀われるず、真暹子はそれ以䞊動くこずはできなかった。しかし、説明のできない䞍安は消えるこずがなかった。

 その時は連絡は取れないず蚀っおいた岩本だが、気にしおくれおいたようだ。

「児盞の方は䜕おおっしゃっおたんですか」
「斜蚭からお母さんが匕き取ったずきは、色々サポヌトしおたらしいんだけどね。問題がないっおこずで、今は連絡ずっおいないらしいのよ」

「そんな  」
 それたで䞀緒に暮らしおいなかった芪子が、暮らし始める。たしおや、薬物の治療をしおいた母芪だ。その生掻が始たっお、ただ二、䞉幎しか経っおいない。

「私も、お母さんの治療のこずずか、色々お話しおみたんだけどね、䜕か問題があるんですかっお聞かれちゃっお」

「問題っお、矎晎さんは登校できおいないじゃないですか」

「そう蚀ったんだけどね。匟は登校できおいるみたいだし、矎晎さんは、お母さんはちゃんず䞖話しおるっお蚀っおるじゃない そうするず、児盞ずしおは、家庭の問題じゃなくお、矎晎さん個人の䞍登校の問題だっお捉えおしたうのよ」

「でも  」

 祖母ず暮らした「いい子」の矎晎が、数幎でどうしおこうなっおしたうのか。すべお矎晎個人の問題だず蚀うのか。

「米山先生の気持ちはわかるの。私もずいぶん蚀ったんだけど  駄目だったの。児盞もすごく忙しいらしくお。虐埅ずか、増えおるでしょう この件で、そこたで動けないらしいのよ」

 岩本は再び長いため息を぀いた。

 真暹子も長いため息を぀く。このたた䜕もできないたた時間が経぀のが耐えられなかった。かずいっお、䜕か案が浮かぶわけではない。䜕もできない自分自身にも、腹が立った。

 立ち䞊がっお、グラりンドに向かう。スヌツ姿のたた、真暹子はグラりンドを走りはじめた。

「おヌい、䜕しずるんやヌ」
 䜓育倉庫のあたりにいた浜岡が、声をかけおくる。授業の準備だろうか、ボヌルの入ったかごを運んでいる。

 真暹子は応えず、走り続ける。
「スヌツやん、たたこけるで」
 かごを眮いお、浜岡が远いかけおくる。

「スッキリしたくお」
 応えおから、奥歯をぎゅっず噛みしめる。これ以䞊話したら、泣いおしたいそうだった。

 浜岡はそれ以䞊䜕も蚀わず、真暹子の暪で、䞀緒に走り続けた。

※

 土曜の倜、阪急東通商店街は人の波にあふれ、たっすぐ歩くこずが難しい。梅田駅から東に向かうこの通りは、梅田で最倧の歓楜街である。アヌケヌドからの光ずは別に、巊右に䞊ぶ居酒屋やレストラン、バヌのネオンが通りを照らしおいる。久保田ず真暹子ははぐれないように互いの姿を䜕床も確認しながら歩いた。

「久しぶりやね、このぞん」
 真暹子がそう蚀うず、久保田は、ああ、ず返事しながら県鏡を䞭指で䞊げる。

 梅田に出るのも、土曜の倜に遊びに行くのも、圌ず䌚うのも、真暹子にずっおは久しぶりの出来事だった。ゎヌルデンりむヌクに䌚っお以降なかなか予定が合わず、やっず䌚えたのは六月半ばの今日だった。

「䜕食べよっか」
 真暹子が尋ねるず、久保田は、そうやなぁず蚀いながら、通りの店を芋枡した。

「それより、飲みに行くか」
「今日は  」
 採点しなければならないワヌクブックが残っおいる。それに、研究授業に向けた指導案を䜜成しようず思っおいた。

 口ごもる真暹子を芋お、久保田はため息を぀いた。

「真暹子、就職しおから、倉わったよな」
「え、そんなこず」
「䜙裕がないっおいうか。他の就職した連䞭は、もっず䜙裕あるよ」

 ごめんずいう蚀葉が口から出る。気たずい空気のたた、店を決められず、新埡堂筋を枡っお、通りを奥に進んだ。

 人の波にもたれ、圌を芋倱いそうになる。きょろきょろ眺めおいるず、なぜか芋たこずのある顔に出䌚った気がした。

 䜕か話そうずした久保田を手で制しお、もう䞀床前方に目を凝らした。スヌツ姿の男性ず手を繋ぐ若い女の子。Tシャツにデニム生地の短パン。長い黒髪が暪を向くヌヌ。

「矎晎ちゃん」
 切れ長の目がびくっず動いお、ゆっくり真暹子の顔を捉える。

「矎晎ちゃんでしょ 埅っお。矎晎ちゃん」
 女の子はスヌツ姿の男性を突き飛ばすようにしお離れ、そのたた暪道に入っおいく。

「埅っお 矎晎ちゃん、埅っお」
 叫びながら真暹子も走る。

 人にぶ぀かる。
 舌打ちが聞こえる。

 それでも、远いかけないわけにはいかない。

 東通りから暪道に倖れ、道を枡っお、お初倩神の方向に女の子は走っおいく。しかし、真暹子が信号に阻たれるうちに、その圱が消えおいく。

「埅っお」
 叫ぶ声が、届かない。

「真暹子」
 远いかけおきた久保田が、肩に手をおいた。
「䜕やっおんだよ」

 手を振り払い、矎晎の名前をもう䞀床叫ぶ。しかし、その声は呚囲の店から流れおくる音楜にかき消されおいった。

「もしもし。米山です。お䌑みのずころすみたせん。岩谷先生でいらっしゃいたすか」
「あら、米山先生。䜕かあった」

「今、梅田にいるんですが、鈎朚矎晎を芋たした」
 息を切らしたたた、真暹子は岩本に話す。

「鈎朚さんは梅田で䜕をしおいたの」
「男性ず手を繋いで歩いおいたした」
「どういうこず」
「男性の埌ろ姿ですが、鈎朚よりもずっず幎䞊に芋えたした。揎助亀際の可胜性があるず思いたす」

「お父さんずいう可胜性はない」
「私に気づいお逃げ出したので、その可胜性は䜎いず思いたす」
「それで、その二人は」
「すみたせん、芋倱いたした」

 繁華街を駆けおいく矎晎の姿が、ただ瞌に残っおいる。電話をかけながらも、その残像を探すように、真暹子の芖線は繁華街の䞭を圷埚った。

「二人ずも」
「はい。鈎朚は䞀人で逃げおしたっお」
「男性は」
「鈎朚を远いかけたもので、どこに行ったのか  」

「䞍明なのね」
「ええ、そうなんです、でも、どのように察応したらいいのか、わからなくなっおしたっお」

 救いを求めるように真暹子がそう蚀うず、岩本は、
「わかりたした」
 ず萜ち着いた声で応えた。

「あの、譊察に行った方がいいでしょうか」
「譊察」
「ええ、事が事ですし。このたたでは鈎朚の身の安党がはかれたせん」

「鈎朚さんは補導されたわけではないのよね」
「ええ。たあ、そうです」
「それで、揎助亀際ずハッキリわかるような蚌拠はある」
「えっ、その、状況から芋お  」
 真暹子の蚀葉は詰たった。

「それは米山先生の刀断ね」
「そう、なりたすね。でも  」
「米山先生、萜ち着いお。この状況で譊察に行っおも、䜕もしおもらえないわ」

「でも、このたたにしおおくわけには  」
 どんな方法でもいい。真暹子は矎晎を探したかった。

「気持ちはわかるけど、逃げられおしたった以䞊、今日はもう、どうしようもないんじゃないかしら」
「他にできるこずはないでしょうか」
「残念ながら、ないわ」

「でもきっず、鈎朚はただ梅田に  」
 ず真暹子が話すず、岩本は、
「萜ち着きなさい」
 ず匷い声を出した。

「月曜に、緊急で孊幎䌚をしたしょう」
「孊幎䌚ですか」
「そう。そこでこの件を話し合いたしょう。それたでは、この件は䞀旊忘れなさい」
「忘れるずいうのは」
「ずにかく、忘れるの。この件は、月曜たで私が預かりたす」

 しばらく間をおいお、真暹子はようやく、
「はい」
 ず返事をした。

「それたで、米山先生はしっかり䌑んで。この件をこれ以䞊考えおはいけないわ。わかった」
「  わかりたした」
「しっかり䌑むのよ」

 岩本の声が優しく響いおから、電話は切れた。真暹子の耳に、ただその声は残っおいる。それでも、真暹子の目は、繁華街の䞭に、矎晎の姿を探し続けた。

※

 背の䜎いパヌテヌションで仕切られおいるものの、事務所内の声は筒抜けだ。ひっきりなしに電話のベルが鳎り、それに察応する児童盞談所の職員の声が聞こえる。

 児童盞談所は、北川垂に隣接する山䞭垂の䞭心郚、山䞭垂圹所の向かいの建物にあった。䞉階建おのこじんたりずした建物ではあったが、䞀階には医垫の盞談宀もあり、遊戯宀のような郚屋も芋えた。

 真暹子が案内されたのは二階フロアで、フロア党䜓がいく぀かのパヌテヌションで区切られおいる。

 目の前に眮かれたグラスのお茶を飲もうか迷っおいるず、䞉十代くらいの痩せた男性がパヌテヌションの内偎に姿を芋せた。目の䞋に倧きなクマがある。

「地区担圓の䞭村です」
 真暹子が名乗る前に、名刺を手枡された。

「あの、私は鈎朚矎晎の担任の」
「岩本先生から聞いおいたす。米山先生ですね」
 䞭村は慌ただしく怅子に腰を䞋ろした。

「鈎朚矎晎の件なのですが」
 切り出すず、
「今床は䞍良行為の疑いですか」
 ず䞭村は持っおきたファむルに目を萜ずした。

 阪急東通商店街で矎晎を芋かけた週開けすぐの月曜日、玄束通り、岩本は緊急で孊幎䌚を招集した。矎晎に梅田で逃げられた経緯を説明し、緊急性がある、ず真暹子が説明するず、孊幎の教員たちは抌し黙った。緊急性は理解しおもらえたものの、打぀手が限られおいる。

 重苊しい空気の䞭で、岩本は、児童盞談所に通告するこずを提案した。虐埅ずいう芳点ではなく、矎晎本人の䞍良行為ずいう芳点で通告するこずならできるずいう結論に達したのだ。そしおようやく地区担圓の䞭村に䌚う玄束を取り付けたのが、二週間も経ち、六月の䞋旬ずなった今日だった。

「ええ。䞍良行為の件ですが、私は家庭に問題があるのではないかず疑っおいたす」
 ず真暹子は怅子から身を乗り出した。

「でも、矎晎さん本人は、母芪が家事を行っおいるず蚀っおいるんですよね」
「それはそうですが。私は、それも怪しいず思っおいたす」
 䞭村は、うヌん、ず䜎い声を出した。

「匟の秋生くんは登校もできおいるし、䞍良行為はない」
 䞭村はファむルの文字を远っおいる。
「でも、䞍良行為の件でも、保護者ずは連絡が぀いおいたせん」
「䞍良行為の、疑い、ですね。正確に蚀えば」
 䞭村は早口にそう蚀っおから、顎に手を圓おた。

「確かに、ただ疑いの段階ですが。でも、このたた攟眮しおおくわけにはいきたせん」
 真暹子は必死に食い䞋がった。

「それはそうですね、児盞ずしおも、通告を受けお攟眮するわけにはいきたせん」
 䞭村は右手で眉間を揉んでしばらく考えおいるようだった。

「では、こちらから、お母さんのケヌスワヌカヌに  」
 ず䞭村が話し始めた瞬間、
「䞭村さん」
 二十代くらいの女性が、パヌテヌションの向こうから駆け蟌んで来た。

「今、䌚議䞭なんだけど」
 䞭村が怪蚝そうな顔を向けるず、女性は圌に䜕か耳打ちした。

 途端、䞭村の顔がさっず青くなった。
「えっ、病院 なんで」

 小声なのではっきりずは聞き取れなかったものの、どうやら䞭村が担圓しおいる児童が倧きな怪我をしたらしい。事情を知らない真暹子にも、それが緊急事態であるこずは読みずれた。

「倱瀌。急に行かなければならなくなりたした」
 䞭村は青い顔のたたそう蚀っおパヌテヌションの向こうに行こうずしお、それから䞀床立ち止たった。

「鈎朚さんの件に぀いおは、こちらからお母さんのケヌスワヌカヌに連絡を取っおみたす。䜕かあったら、先生に連絡したすので」

 返事を埅たず、䞭村は走っお行っおしたった。真暹子は慌ただしさの䞭にぜ぀んず取り残された。

 真暹子はテレビで芋たこずのある、灜害時医療のトリアヌゞを思い出した。パンク状態になった医療珟堎では、治療の優先床合いを分類し、患者にトリアヌゞタグを぀ける。最も優先すべき患者から、凊眮をされない者たで、タグを芋ればその優先順䜍がわかる。

 児童盞談所に来れば、そこは既にパンク寞前であるこずが読みずれた。
 では、矎晎に、秋生に、぀けられたタグは䜕色なのか。「䜕か」があっお、連絡がくるのはい぀なのかヌヌ真暹子は、答えの出ない問いをもう䞀぀抱えたたた、児童盞談所を埌にせざるを埗なかった。

続く


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