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北海道をさまよった父を持つ人

『北海道の生活史』(岸政彦監修・北海道新聞社)の語りを読んで感想のようなものを書いている。今回読んだのは以下の語りである。

でもどういう……わかんないんだよな。どういうことでそんな北海道に行ったのかさ。そんな寒いところに
聞き手=大埼明子

語り手は生まれてから父親の転勤で札幌、留萌、帯広、北見と渡り歩いた。留萌ならニシン漁、北見の寒さなど、それぞれの土地での暮らしが語られている。

肉事情も今と違っていた。特に鶏肉については全く知らなかった。

ーそういえば北海道って焼き鳥ってっても豚出てくるんだっけね。
 そうそうそう。
一鶏は食べないの?
 鶏は結構高級品だったんじゃないかな、多分。まあ豚肉安いからな。
ー鶏肉の方が高級品なんだ。
 うん。当時はブロイラーってあんまりなかったんじゃないかな。
ーあ、そっか、地鶏しかないからか。
 牛肉なんて食べたら何かこれ石鹸臭いなって言ってた。石鹸臭い。こんなもん(笑)。食べなかったな、ほとんど。
ー家庭(の食卓)にのぼるのは魚か豚肉?
 そうそう。肉鍋っていって、豚肉のすき焼きするんだけど。うん。豚肉美味しかったな。

語りの終盤、語り手の父親の足跡になったが、正確には分からないのだという。

ーお父さんはおじいちゃんから英吉さん(語り手の祖父)のことを聞くことはなかったん?
 なかったなかった。
ーそっか。だから自分で調べてんだね。
 英吉さんの顔もわかんない。写真ないからな。写真どこかないかなと思ってさ。北海道のRってとこで文町史に載ってんだよ、ちゃんと。大埼英吉がその診療所開いたって書いてあるの。
ーR、北海道の?山形の前に北海道にいたの?
 いやいやいや、山形からX町に移ったの。
ー山形で生を受けてX町に移って。
 いやいやいや、山形でさ、何してたんのか知らんけどさ。色々やってそれで結婚してさ。その奥さんが若くして亡くなったんだよ。
で後妻さんをもらってそれから北海道に移ったの。Rってもう北海道の一番寒いところなんだよ。マイナス30度なるんだから。なんで
そんなとこ行ったのかわかんない。謎。

北海道を渡り歩いた人、その父親は北海道に渡ってきた人。どういった人生だったのか、とても気になる語りだった。


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