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江戸の和紙作りで犠牲になったもの

江戸の和紙作りで犠牲になったもの



江戸時代、和紙作りは農家の冬の手仕事であった。


和紙は、美しい。

薄く、やわらかく、光を少しだけ透かす。


触れると静かで、どこか呼吸しているような質感がある。

日本の伝統工芸として高く評価され、 今でも「職人技」の象徴のように扱われている。

だが私は、ときどき別のことを考える。

――あの紙を作っていた手は、どうなっていたのだろうか、と。

和紙作りには、 紙の白さや強靭さを生むために「灰汁(あく)」が使われる。


植物を煮る工程で生まれる、 強いアルカリ性の液体だ。


それは和紙に必要不可欠だった。


繊維をやわらかくし、 不純物を落とし、 あの静かな白を生み出す。


だが同時に、 そのアルカリは、職人の皮膚を削っていく。


現代なら、 ゴム手袋がある。

保護クリームもある。

機械化も進んでいる。


だが江戸時代には、 そんなものは存在しなかった。

職人たちは素手で、 その液体に触れ続けていた。


農閑期の冬。

凍える水。

灰汁。

繊維。


手の脂は落ち、皮膚は裂け、あかぎれが走る。
指先の感覚は鈍くなり、やがて指紋すら薄れていく。

それでも、作業は止まらない。

止めれば、 生活が止まるからだ。


彼らはどうやって、 そのアルカリと対峙していたのか。


柿渋を塗る。

油を擦り込む。

民間療法のような工夫を重ねる。


だが結局のところ、 最後に残るのは「耐える」という方法だったように思う。


油を塗れば多少アルカリから守られる。


しかし指先はヌルつき、繊細な「和紙の厚み」を感じ取る感覚が死ぬ。


手を守るために油を塗れば、紙が死ぬ。
紙を活かすために素手で挑めば、手が死ぬ。


それはもう、 技術というより、 人間が物質に勝つための執念だった。


皮膚の上に、 根性をコーティングしていた。


私は時々、 「伝統」という言葉の温度がわからなくなる。


そこには確かに、 積み重ねられた知恵と技術がある。


けれど同時に、 人間の身体を削ることを前提に成立していた工程も存在する。


そして厄介なのは、 そうして壊れた手が、 「職人の誇り」として語られてしまうことだ。


ひび割れた手。

変形した指。

感覚を失った皮膚。


それらが、 「努力の証」 「本物の職人の勲章」 として美談化される。


だが私は、 そこに少し恐ろしさを感じる。


本来、 身体が壊れるのは異常事態のはずだ。


痛みは、 「このままでは危険だ」 という身体からの警告である。


なのに人間は時々、 その警告を“美しさ”へ変換してしまう。


手が壊れるまで続けた者だけが、本物。


苦しみに耐えた者だけが、価値を持つ。


そういう空気が、 「伝統」の内部に静かに入り込む。


もちろん、 当時の職人たちを否定したいわけではない。


彼らは、 その条件で生きるしかなかった。


限られた技術の中で、 冬を越え、 紙を作り、 生活を支えていた。


そこには確かな凄みがある。


ただ私は、 その凄さを語るとき、 
「壊れて当然だった身体」を、 
一緒に美化してはいけない気がするのだ。


現代には、 ゴム手袋がある。

保護具がある。

それは、 昔より軟弱になったという話ではない。


“人間を壊さずに済む方法を手に入れた”

ということなのだと思う。


もし江戸時代の職人が、 現代のゴム手袋を見たら、 どう思うのだろう。


「軟弱だ」と笑うだろうか。


それとも、 黙って手を差し出すのだろうか。


私はたぶん、 後者なのではないかと思っている。






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