本来の自分は、探すほど見えなくなる
「本当の自分」は、探せば見つかる。
私はずっと、そう思っていました。
でも今は。
その考え自体が、本来の自分から
遠ざけていたのかもしれないと
思っています。
「本来の自分を生きましょう。」
そんな言葉を目にするたびに、
私は少し立ち止まっていました。
本来の自分?
頭の中は「?」でいっぱいでした。
頑張らない私?
素直な私?
子どもの頃の私?
それとも、まだ出会ったことのない私?
そんなふうに考えたことはありませんか。
私も長い間、「本来の自分」を探していました。
本を読んで、心理学を学んで、
スピリチュアルにも触れて。
「これが本当の私なのかな。」
そう思っては、またわからなくなる。
その繰り返しでした。
でも、ある日、ふと気づいたことがあります。
私は、「本来の自分」という言葉に出会ったとき、
今よりもっと素敵な自分を想像していたことに。
もっと自信があって。
もっと自由で。
もっと輝いていて。
人から認められていて。
迷いなんてない人。
そんな理想の私が、
本来の自分なのだと思っていたのです。
でもそれは、「今の私ではダメ」という
前提で生きていたということ。
そこに気づいたんですよね。
私は「本来の自分」を探していたのではなく、
「誰かに認められる自分」を
探し続けていたのかもしれない、と。
私たちは、生きていく中で少しずつ
「こうあるべき」を覚えていきます。
家族の中で。
学校の中で。
社会の中で。
空気を読むこと。嫌われないこと。
迷惑をかけないこと。
そうやって身につけたものは、
生きるためには必要だったのだと思います。
でもその一方で、本当は感じていたことや
「好き」という気持ちを、
少しずつ奥へしまい込んでしまいました。
幼い頃から、
人の期待に応えようとしてきた人ほど、
「こうあるべき」をたくさん身につけています。
自分の気持ちよりも周りを優先することが、
生きるために必要だった人も
少なくないと思います。
私も、そうでしたから。
だから、大人になって
「自分がわからない」と感じるのは、
不思議なことではないのです。
自分がないのではなく、
自分を後回しにする時間が長かっただけ。
むしろ、本来の自分ってこんな人間なんだ!
わたしはこう生きる!!なんて、
わかっている人のほうが少ないんだろうな。って
今は思っています。
人は、知らず知らずに、仮面をつけ、
それが自分だと思って生きている。
それが今の社会なんだろうなあとも思っています。
私自身も、「本来の自分」を
見つけようと力んでいた頃は、
答えを急いでいました。
でも今は、少し違う景色が見えています。
子どもの頃を思い出してみてください。
目をキラキラさせながら遊んでいた頃。
何かに心を奪われて、時間を忘れていた頃。
あの頃は、「これをしたら嫌われるかな」とか、「迷惑じゃないかな」とか、「どう思われるかな」とか、そんなことは、
考えていませんでしたよね。
夢中で、楽しくて。
ただ、衝動に忠実だった。
気持ちに素直に動いていました。
その感覚の中に、本来の自分へ戻るヒントがある。
私は子どものころから、未知の土地への憧れがありました。
だから、今でも、知らない土地へ
ふらりとでかけたり。
いつもの道を一本変えて歩いてみたり。
小さな冒険をしています。
そのときの私は、
誰かによく見られようとも、
認められようともしていません。
ただ、
「楽しそう。」
「行ってみたい。」
そんな気持ちだけで動いています。
私は、その軽やかな感覚こそ、
本来の自分が顔を出している瞬間。
だから、もし「本来の自分がわからない」と
思ったら、自分に問いかけてみてください。
子どもの頃、何に夢中になっていましたか。
何を見たとき、心が弾みましたか。
どんなことに、時間を忘れてしまいましたか。
そこには、今も変わらずあなたの中で
生き続けているものがあるかもしれません。
本来の自分とは、
新しくなることではなく、
少しずつ思い出していくもの。
何気ない日常の中で、ふっと姿を見せてくれるように感じています。
好きな漫画を読んで、
思わず声を出して笑ったとき。
「おいしい」と感じながら、
ゆっくり食事を味わっているとき。
風に揺れる木々や、色づいた景色を見て、
心がじんわりと動いたとき。
誰にも見せるためではなく、
自然と笑顔になっている自分。
何かを頑張って演じているのではなく、
ただ「感じている」自分。
そんな瞬間に現れるのが、
本来のあなたなのかもしれません。
私たちは、「本来の自分はもっとすごい人」と
思い込んでしまうことがあります。
でも、本来の自分は、特別な誰かではなく、
安心して笑い、感動し、
心が動くことを素直に味わえる自分
なのではないかと、私は感じています。
だから、本来の自分を探す旅は、
遠くへ行く旅ではなく、
日常の小さな「好き」や「心地いい」を、
一つずつ取り戻していくこと。
そして、見つけるものではなく、
感じて思い出していくものです。
本音がわからなくなってしまったわたしが、
感情を取り戻すためにやった、
実践ワークをまとめています。
わたしは、ワークを続けることで、
生きづらさがラクになっていきました。
自分の気持ちを見つめていくことで、
人は変わります。
自分の気持ちと向き合いたい時に。
ヤンさんは、こんな人
変わりたい、苦しいのをやめたい。
その想いは、自分の本質。
可能性であり未来を創る力。
このnoteでは、
頑張りすぎてしまう人、
生きづらさを抱える40代50代が、
自分らしく生きていくための
ヒントを書いています。
「わかる」「自分もそうかも」と思ったら、
ぜひ「スキ」や「フォロー」をお願いします!
