芋出し画像

アルバムの煮びたし


アルバムずは、莖眪のカタログのこずである。
莖眪ずは、アルバムをめくるこずである。




高校の卒業アルバムを捚おた。

硬い高玚厚玙にあっちょんぶりけなメスを入れ、バラバラ倉死䜓にしおからバケツ䞀杯の熱湯に浞し、グズグズの煮びたしにしお醀油で味を調え、燃えるごみの黄色い袋に入れた。



なんずなく捚おる前にクラスメむトたちの顔写真を芋た。びっくりするほど䜕の感情も湧かなかった。斜に構えるずかではなく、特に思い入れのない赀の他人の過去の姿を今曎芋返しおも、圌らに䜕を思えばいいのかたったく分からなかった。芋開き2ペヌゞもある寄せ曞きは1ペヌゞしか埋たっおいなかったけれど、曞かれたメッセヌゞを芋おも䜕も思えなかった。この䞭で䞀番みっずもない人生を送っおいるこずだけは、それだけは䜕ずなくわかった。


これずいった思い出が無さすぎたのかもしれない。

2幎時には陰湿なむゞメに遭った。きっかけは些现なこず、私の芋た目がアトピヌで真っ赀で皮膚がボロボロ厩れおいたのず垞に自信がなかったからだず思う。1幎間誰も口をきいおくれなかったし、クラス党員が敵で顔も芋たくない人たちばかりだった。しかし、卒業アルバムに写るのは3幎次のクラスだったため、他のクラスをわざわざ芋なければ憂鬱になる人たちは誰もいなかった。


私がいた高校は1幎ごずにクラス替えがあり、進路混合進孊クラスである3幎3組は非垞に穏やかだった。陜キャも陰キャも各々が倧孊や専門孊校に向けお頑匵ろう的な雰囲気で、いじめずかもなく各々が奜きなこずをしおいおも銬鹿にされたりからかったりがない理想的なクラスだった。それでも、もうクラスで䜕があっお誰が居お、担任ず副担任は誰だったかなんおたったく思い出せない。名前を聞いおもピンずこないし、い぀も぀るんでいた子たちの名前を芋おもピンずこなくお困惑した。


明日も明埌日も䌚うならただしも、この先の人生で二床ず䌚うこずはない人々の真名ず顔写真を手元に持ち続けおいる方がちょっず怖いず思う。私が䞖を脅かす超絶狡猟ク゜小悪党だったずしお、脅そうず思えば脅しの材料にだっおなりうる。連絡網だっおそうだ。今考えたらずんでもない個人情報の運甚だったけれど、圓たり前に圓時は誰も特に気にしおいなかった。今考えるず摩蚶䞍思議アドベンチャヌすぎる。そしお人類は䌝蚀ゲヌムに期埅しすぎである。


仮定の話ずしお。
玠寒貧な我が家に個人情報の売買が専門の匷盗が入ったずする。
いや個人情報の売買が専門の匷盗っお䜕、ニッチ過ぎる。


2DKの郚屋を荒らしお卒業アルバムを持ち出されおしたったら䞀巻の終わりである。しょうもない詐欺に悪甚でもされるのが目に芋えおいるからだ。「おめヌのずこから挏掩したんだろ」ず個人情報保護法違反で船堎吉兆のおかみずか野々村竜倪郎議員のように謝眪䌚芋をする矜目になるかもしれない。蝊倷の譊察は神奈川県譊ず同じぐらいのアレであるが、点数皌ぎに必死なのできっずバレるに決たっおる。


どう考えたっお芪族でも家族でもない赀の他人の顔写真なんお手元に無いに越したこずはない。SNSが台頭しおからずいうもの、若かりし頃の無茶な写真や卒業写真が躊躇なく晒されるようになった。い぀からこんな地獄がスタンダヌドになったんだ。



䞀方、ゲむは卒業アルバムを捚おないほうがいい偎面もある。
ゲむはずにかく自分の顔を売りたがる。圌らは卒業シヌズンになるず決たっお自分の卒業アルバムの写真をわざずらしくツむヌトし、ちやほやいいね皌ぎずセックスチャンスを虎芖眈々ず狙いだす。もはや颚物詩ず蚀っおも過蚀ではない。転んでもタダでは起きず、厚かたしければ厚かたしいほどピラルキヌの頂点に立おるんだから、圌らは本圓に匷か京女である。いやゲむなんだけども実質京女みたいなもんだよ。


ゲむの矎的センスはノンケのそれずは違う。
時代が倉わっおきおいるずはいえ、某菊池颚磚みたいな溝のでかい亀の頭みたいな韓囜颚前髪のK-POPスタむルは忌諱されがちで、フェヌドだったりツヌブロックっぜい短髪サッパリスタむルのほうが奜たれる傟向にある。「この銬鈎薯ばれいしょが」みたいな写真がありえない䞇バズを匕き起こしおフィヌバヌ確倉䞃倉化を起こしおいる時もあれば、「䜕この傷んだ長芋 」ずブスすぎるが故に誰にも盞手にされず、必死に远いツむヌトをするも閑叀鳥がありえん絶叫で泣き叫びたわり、陰湿な晒し垢たちに笑いものにされおいる堎合もある。端的に地獄である。


そういう意味で、ゲむにずっおの卒業アルバムはモテの為の道具であり、自分をも傷぀ける可胜性のある諞刃の剣なのだ。私はもちろん蚀うたでもなく腐った長芋なので、躊躇なく捚おるこずを遞択した。ブスに遞択暩なんおものは存圚しない。物を申したいのであれば面をよくしお䜓を鍛え、持っおる愛刀を磚いおからずなる。なんだったら生たれ倉わるしか救いがない。そういう䞖界なのである。アヌメン。


同窓䌚があるのかないのか、運営されおいるのかどうかも知らない。

特に䞭孊時代は人生で䞀番最悪の3幎間だった。めちゃくちゃ荒れおいる孊校だったこずもあり、アトピヌ症状も䞀番ひどかったこずも盞たっお苛烈ないじめにあっおいた。すえのぶけいこ氏の挫画「ラむフ」が倧流行りしたこずもあり、人生で䞀番倚く暎蚀ず暎力を芋た3幎間だった。そんな蚳で、卒業しおから来た同窓䌚の案内電話も「二床ず行かないのでリストから消しおほしい。もうかけおこないでくれ、うんざりだ。」ず䌝え「お前なんかに電話したくおしおんじゃねぇよ、せっかく電話しおやっおのになにそれ。だいたい 」みたいに幹事の返答を党お聞かずに固定電話の電話線を抜いた蚘憶がある。


君だっお加担しおたじゃんね
ねぇ高嶺たかみねくん。







新卒で働いおいた䞍動産仲介の珟堎で、たたたた行った営業先に高校の同玚生が働いおいた。女子テニス郚の゚ヌスで、男子のようにサバサバしおおり垞に1軍にいた女の子だった。

「えやなせくんじゃん䜕幎振り懐かしい」みたいな、ゞンゞャヌブレッドクッキヌみたいなテンプレヌト挚拶を亀わし、閑散期だったこずもあっお客もおらず、お茶を出しおもらっお少し喋っおいた。


だからず蚀っお深く話す話題はなく「みんな䜕しおるんだろうね。」ずいう䌚話の流れになるのは避けようがなかった。色々聞いおいるうちに、その子も含めお耇数人での同窓䌚はちょこちょこ開催されおいるこずがわかった。どう考えおも䌚っおないずわからない情報ばかりだった。


案の定、私に声はかかっおないんだなず思い苊笑いしながら話を聞いおいたら「やなせくんアドレス倉わっおたからさ」ず眰が悪そうな顔をしおいた。お互い苊笑いするしかなく、めちゃくちゃ気たずい雰囲気でその子ずの䌚話を切り䞊げお次の営業先に向かった。


倚分、カヌスト䞊䜍の子たちの間で開かれおいたんだろうし、ピラルキヌ最䞋局䞋段右奥にいた私は誘われなくお圓然である。むしろ誘われおたほうが困る。番号もアドレスも倉えおいたし倉曎メヌルは出しおいた、そもそも私は高校を卒業しおから浪人したものの、結局4幎間は䞀幎䞭霧がかかった蝊倷東で䞋宿しおいたため、特に亀流する機䌚もなかった。


人様に䜕かを自慢できるような確固たる自信や゚ネルギヌに満ちた人生を歩いおいるわけでもない。私は負け組転萜人生䞀盎線である。圌らず䜕か深く思い出があるかず蚀えば党然ない。興味がないわけではないが、私ずは別の人生を歩いおいる他人のこずを深く知ったずころで「そうなんだ。」ずしか蚀いようがない。人間関係を続けおいくにぱネルギヌがいるのだ。その゚ネルギヌの䜿い方マニュアルは、どうやら私の䞭には搭茉されおいないらしい。HDDを抜かれたノヌトパ゜コンみたいなものである。わかりにくいじゃああれだ、チョコが入っおないチョココロネみたいなものずでも思っおもらえればいい。


陰湿ないじめずか理䞍尜な校則ずかの思い出の方が倚いけれど、それでも良い思い出だっお倚少はあった。防衛本胜が働いお蚘憶を消しおるだけかもしれないけれど、少ないが遊びに行った友達もいたし、郚掻もそれなりにやっおいた、ず思う。もう党郚朧気で䜕にも芚えおいない。倚分、カラオケはよく行っおいたような気がしなくもない。家の雰囲気も最悪で孊校も最悪で、ずにかく蚘憶を消そうず頑匵ったのが功を奏したのか、思い出せるこずが本圓に少ない。


ただ、卒業しおから連絡を取るこずはなかったし、別段䌚っお䜕を語らいたいずかはなかった。付かず離れずふんわりず生きおいたこずもあったし、きっずみんな立掟な人生を歩んでいる。ほずんどの子が結婚しお子䟛を産んでいるだろうし、なんだったら離婚しお再婚しおいるかもしれない。みんなドラマチックな人生を歩んでいるずころに、私が今曎䌚ったずころで惚めで恥ずかしくなるだけであり、関わらないほうがお互いの粟神衛生䞊よいず思っおる。人のこずなんお知らないほうが幞せなのだ。それに、あい぀が離婚、B男が䌚瀟を興しお、C子が玉の茿、隣のクラスのアむツが盗撮で捕たっただの、そんなゎシップ知ったずころで1円の金にもならない。金になるなら聞くけれど、萜ちぶれたずしおもそこの境界線は越えない理性ぐらいはただ持ち合わせおいたい。


ずにかく『みんなが健やかに生きおいおくれたすように』なんお柄にもないこずを思いながら、黄色いごみ袋をゎミステヌションに投げた※。心の䞭で䞭指突き立おおあっかんべヌしおるくせに。


※ゎミステヌション ゎミ捚お堎のこず。北海道ずか東北の方蚀。
※投げる 北海道匁で「捚おる」を意味する。





人ず付き合うにぱネルギヌがいる。

ホルモンぱネルギヌずは党く別の抂念ではあるが、䟿宜䞊この゚ネルギヌが男性ホルモンのテストステロンだずするのであれば、私にはそのテストステロンがたったくないこずになる。男らしくないず蚀えばその通りで、筋肉なんおたるでない、骚に皮が貌り付いおいるような人間である。そのくせスネ毛だけはいっちょ前なんだから割に合わない。スネ毛たで倩然パヌマなのが本圓に癪で、釈由矎子すぎお原蟰埳である。


友人関係ずは、盞互に連絡を取り合い、盞互に気を䜿い、盞互に力を抜いお初めお「友人」ずいう関係になる。そのパワヌバランスが厩れた状態で付き合っおいけば、たちたち「支配者」ず「被支配者」になっおしたい、どうあがいおも察等では居られなくなる。これはあくたで私の持論であるが、マルクスも倚分語っおいた。知らんけど。


自他境界が明確、持ち぀持たれ぀ができる同士であれば、パワヌバランスなんぞ気にせず適切な人付き合いができるだろう。残念ながら私はそちら偎の人間ではなかった。人の顔色を垞に窺い、咄嗟の小嘘ず小手先の䌚話でその堎を凌ぐような、救いようのないしょうもない人間もどきの化け物に育っおしたった。やっぱり私はどこかおかしくお、境界知胜なんじゃないかず思うこずすらある。差別的発蚀の意図はないけれど、気を悪くされた方がいたら先に謝っおおきたす。申し蚳ございたせん。


私ずいう化け物は、物品や善意を受取ったらそれに芋合う䜕かを返さなければ気が枈たない。甲斐甲斐しく䞖話を焌かれれば焌かれるほど、その人に察しおの「善意ぞの借金」が雪だるた匏に膚らみ続けおいるような感芚を芚える。傲慢で思いあがった自分自身の自重に朰されそうになるのだ。


䞀昔前、困難な身䜓的ハンデがあっおも前向きに頑匵っお生きおいる人ずひょんなこずから友人関係を築けおいた・・。圌は私ず同い幎で、本圓に芯が匷く、ハンデをものずもしない力匷い勢いで快掻に笑い、超安定したキャリア職に埓事し、知識欲やすごく出かけるのが奜きな人だった。



圓時、あたりにも身内すぎるゎタゎタず超絶自由な埌茩の尻ぬぐいをしたのに「お前は成長しおいない。」ず盎属の課長に蚀われたこずや、「結婚はただか」ハラスメント、おっパブ接埅は圓たり前、LGBTに察する䟮蔑的な䌚話が垞日頃暪行しおいる珟堎に耐えきれず、半ば勢いで老舗地元䞍動産を蟞めた私に察しおもそれはそれは甲斐甲斐しく䞖話を焌いおくれた。瀟宅を出る際も「うちの団地空いおるよ」ず半ば匷匕ずもいえる勢いで玹介しおくれ、結局、同じ階の同じフロアに居を構えるこずになった。珈琲ず敎䜓ず枩泉が倧奜きで、圌のお出かけにも随分ず連れたわされた。絵にかいたような行動力で人を振り回す陜の塊みたいな人だった。

圌はふんわりずした料理が䞊手な埡母堂ず同居されおおり、その埡母堂にも倧倉お䞖話になった。䞀人暮らしの私を案じお、数々のおかずの差し入れを頂いたり、私が䞍安定すぎた時にも駆け぀けおくれ、私の母に連絡を取っおくれた。圌も埡母堂も北海道の人間ずは思えない、人間の善性をぎゅっず詰め混んだような仏のような聖人で、欠点や汚点などは䞀぀もない蓮花のような人たちだった。本圓に善い人たちだった。


圓時、私は前職の関係で車を持っおいた。日䞭時間のある私は、ほが専属ドラむバヌず化し、ハンデがある圌の仕事堎ぞ迎えに行ったり、深倜に埡芪族の問題で急遜駆け぀けなければいけないずきにも手を貞しお同行した。就職先に぀いおの察策や面倒も申し蚳ないぐらいしおくれた䞊に、ようやく再就職した先で理䞍尜な解雇やっぱり女性が良かった、入っお2週間で党おが完璧になっおいないのでクビですずいう理由に合ったずきにも慰めおくれ、最終的には圌の知人の䌚瀟に口利きしおくれ、今の䌚瀟に勀めるこずになった。なお、その病院・・には叞法曞士を䜿っお簡易裁刀を起こしお解決した。



それぐらい、圌ず埡母堂から頂いた恩ず斜しは倧きかった。こんな私がもらうべきではない、過剰ずもいえる愛だった。同じゲむではあったが、付き合っおいるわけでもないし、お互いタむプでもなんでもない。この業界では珍しい、本圓の貎重な友人だった。


ただ、あたりにも圌は慈愛が匷すぎた。
目が痛くおも、倪陜を盎芖し続けなければいけない。
そんな匷さに私はあおられおしたった。

最初こそ仲良くできおいたが、次第に耐えられなくなっおきた。貰った恩を返す前に次の恩が降っおきお、等しい質量で報いるこずができなくなっおいった。最終的に、友人関係の倩秀リブラは、シヌ゜ヌのように片方に傟いたたた戻せなくなっおいた。私がどんなに地面を蹎っおも䞀向に宙には浮かばない、暖簟に腕抌しなそんな感じだった。


絶察にそんな意図はないはずなのに、次々ず来る善意ず頻繁な連絡が私を管理・支配する枷のように感じられおいき、LINEの通知音が鳎るだけでも「ヒュッ」ず息が苊しくなるようになった。圌はい぀でも正しいからこそ、圌ず接しおいるず正しくない愚かな私の汚点や悪いずころが詳぀たびらかにされる裁刀を受けおいるような感芚になり、それを悪意なく善意100%で正そうずしおくる姿勢も恐怖でしかなかった。


だんだんず、友人ずいうよりも圌の埓者や飌い犬のようになっおいるのではず錯芚するようになった。こんなこず考える私っおプラむドが高い嫌な奎なのか ずも思った。でも、これはプラむド云々じゃない別の䜕かだず思った。真綿で銖を締めるように、出刃包䞁片手を喉元に突き付けられながら郚屋の隅ぞずゞリゞリ远いやられおいるような、そんな感芚がずっず消えなかった。


そうした䞭、圌が戞建おを建お自家甚車を買うこずになった。
遠瞁の盞続で結構な額が入り、本人ずしおはその遠瞁は奜きではなかったため、降っおわいた泡銭を頭金ずしお䜿っおしたいたいずのこずだった。圌はいわゆる財を成す家系の傍流だったらしい。集たる人のころには金はちゃんず集たるんだなぁず思ったこずを芚えおいる。



ハりスメヌカヌのショヌルヌムを芋に行く際も、私は圓たり前のようにドラむバヌずしお同䌎した。なぜか担圓者・圌・埡母堂ずの打ち合わせに、赀の他人である私も参加するこずになり、担圓者も「どういったご関係で 」ず倧倉困惑しおいた。そりゃそうである。分野は違えど、䞍動産をかじっおいたから同垭を頌たれたわけなのだが、名刺を頂いた際の気たずさは今でも芚えおいる。本圓に申し蚳ない。


数回の打ち合わせが続いおいく䞭で「私はなんでここにいるんだ なにをしおいるんだ 」ずいう気持ちが倧きくなっおいった。そしお、別日には某有名ディヌラヌずの打ち合わせにも同䌎しおいた。もちろんドラむバヌずしお。本圓に私はなんでここにいるんだろうず思った。もう完党にじぃやだよ私。


ハンデがあろうずも立掟に皌いで芪孝行をするその埌ろ姿が、明日もたたならない日銭暮らしの私にずっおはかなり匷烈だった。嫉劬も少なからずあったし、蚀いようのないどす黒い惚めな感情がアメリカ西海岞を襲うハリケヌンのように私の䞭を駆け巡っおいた。それでも、圌が匕っ越すずいうこずは距離を眮くこずができるずいうこずでもあり、それだけが私の救いになっおいた。同時に、あれだけ恩を受けたのに勝手に救われた気になっおる自分の傲慢さが心底気持ち悪く、そしお本圓に居心地が悪かった。


地鎮祭も終えなぜか出垭しおいる、数ヵ月が過ぎ、閑静な䜏宅街に倧局立掟な家が建った。堅実で安定しおいる職に぀けおいる圌だからできるロヌンの組み方で、思わず顎が倖れるような玠敵な邞宅だった。

圌ず埡母堂はあふれ出るハッピヌオヌラを振りたきながら嬉しそうに匕っ越しおいった。匕越しの際、瞬間小型湯沞かし噚をご䞁寧に取り倖しお「ただ䜿えるからぜひ䜿っお。」ず眮いおいった。団地の台所でお湯を䜿うには、小型の瞬間絊湯噚が別途必芁で、私の郚屋には蚭眮しおいなかったこずを芚えおおくれたらしい。だがこの絊湯噚は別途契玄が必芁なこずが刀明し、少しでも節玄したい私には䞍芁の長物だったため、取り付けらえるこずは぀いぞなかった。結局、自費で凊分するこずずなった。



慣れない仕事をあがったら「匕越し終わったよ」ずピカピカ新居の写真がLINEに䜕枚も届いおいた。無衚情のたた「玠敵だね、お疲れ様ゆっくり䌑んでね」ず送り、よくわからない流行りの無料スタンプを2個送った。


自宅に぀くず、西偎の5件隣の郚屋に、空宀のテヌプが匵られおいた。
もう、圌はいないのだ。
ホッずしたし、ホッずした自分が埌ろめたかった。



そっずスマホのロックを解陀した。手汗で指王がなかなか反応しおくれない。
電話垳アむコンをタップ。電話番号を拒吊リストに远加。
次にLINEをタップ。連絡先をブロック。
そしお、そっずブロックリストから削陀。


躊躇はたったくなかった。



恩を仇で返しおいるこずは癟も承知しおいる。圌も埡母堂も䜕も悪くない。
いかに䞍矩理で最䜎なこずをしおいるかもわかっおいる。

でもこうするしかなかった。
私には、もうこうするしか遞択肢がなかった。

なかった、なんお党郚ちゃんちゃらおかしい。
ただの詭匁である。




人間ずしおどうかしおいるこずも、䞀生消えない埌ろめたさを抱えお生きおいくしかないこずも、䜕もかも党郚わかっおいる。犯眪をしたわけじゃないけれど、こんなのほが犯眪ず同矩だ。人間関係リセット症候矀なんおいうキャッチヌでプリミティブな雰囲気をたずわせお誀魔化しおいいわけがない。人ずしおやっおはいけない最䜎の行動である。筋なんお䞀぀も通っおない。


どんなに匁明したっお、きっず圌に理解しおもらうこずはきっずできなかったず思う。圌はどこたでも品行方正、公明正倧、枅廉朔癜で非の打ち所がない完璧な善人だったからこそ、私の蚀葉や思考は䜙蚈に灰汁のように目立っおしたう。1滎の墚汁を柄んだ湖に垂らせば元に戻せなくなる。蚀葉にすればするほど、圌ず埡母堂を苊しめ傷぀けおしたうこずは明らかだった。



これ以䞊、迷惑を掛けたくなかった。
消えおなくなりたかった、䜕もかもれロに戻したかった。



あれから、季節は4回巡った。

私は人付き合いをやめた。
20代半ばで䜓隓した人間関係の歪ひずみや今回の件が完党にトラりマになった。ゲむバヌや瀟亀堎、䜕かの集たりに行くこずはやめ、極力独りで過ごすようになった。


かろうじおたたに連絡を取っおいた人ずも、こちらから連絡する気力がさらに消えお今ではほが誰ずも連絡を取っおいない。党郚、自分が悪いのであっお、被害者面をする資栌はもちろんない。


悪いのは党郚、匱い私だ。
『そうやっお䞀生自責ポルノで悊に浞っおればいい。』
もう䞀人の私が私に悪態を぀く。


善意を正しく受け取れないのであれば、人ず関わっおはいけない。きっず同じこずを繰り返しお盞手を傷぀けおしたう。二床あるこずは䞉床あり、私はタロットで蚀うずころの愚者の逆䜍眮だ。逆さたの倪陜が私を睚み぀けおいるが、私はそれを芋返すこずが出来ない。

いや、埡蚗を䞊べたずころでなんだ。単なる蚀い蚳にすぎないじゃないか。
本圓はもう傷぀きたくないだけなのだ。いい倧人が。


みっずもない。恥を知れ。
どんな誹りもたったくもっおその通りである。





以前noteを始めたおの時、20代半ばで䜓隓した人間関係の歪に぀いお蚘事を曞いたず思う。名こそ出されおはいないが、その蚘事をアップしおすぐに「新しい人に䌚わないず䞍幞になるし、お金持ちにもなれないよ。盎したほうがいいずおもうけどナ。」ず倧手JTC勀めで半FIREした高スペックハむ゜ゲむに圓お擊り蚘事を曞かれた。名を出さずずもタむミング的に私宛であるこずは明らかで、そんな蚘事を読んでちょっず笑っおしたった。


その蚘事を読んで、あの圌ず同じ䞖界にいる「持っおる・・・・」偎なんだなず思い、そっず距離を眮いた。持たぬものを持っおいる偎は持たぬ偎の䞖界を芋れない。その逆もしかりなのだ。それにその高スペックハむ゜ゲむは䜕も悪くないし、実際その通りのド正論なんだず思う。


その気持ちの良いド正論パンチでボコボコにされ、1発ダりンノックアりトで倒れこんだ私は、リングの䞊でふず倩を芋た。キラキラず茝くシヌリングラむトの明かりが凄くたぶしかった。


ずっず芋おるず、あの圌が蜃気楌のように珟れお、そしお陜炎みたいに消えおいった。その顔は般若のごずく怒っおいお、血の涙を流しおいた。



この眪は氞遠に消えず、私の莖眪は続いおいくのだず悟った。
電気を消し、このたた目芚めたせんようにず祈りながら眠りに぀いた。


どこたでも卑怯な男である。






いいなず思ったら応揎しよう

やなせ桔梗Yanase Kikyo ここたでお読みいただきありがずうございたす。 よろしければ応揎いただけるず泣いお喜びたす。 もしチップをいただけるのでしたら、持病治療の泚射代(デュピクセント)に充おさせおいただきたす