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第13話 ワット・アルンの夜明けを物語の終点にした理由

第3巻『ポンタと暁の塔』の舞台は、ワット・アルンです。

ワット・アルンは、暁の寺とも呼ばれます。

その名前を知ったとき、三部作の終点はここだと思いました。

夜明け前のチャオプラヤー川。

少しずつ明るくなる空。

水面に映る光。

塔が朝の色を受けて立ち上がっていく。

その風景が、ポンタの三部作の最後に合っている気がしたのです。

第1巻は、発見の巻でした。

ワットポーの壁画の前で、ポンタは忘れられかけた物語に気づきます。

第2巻は、理解の巻でした。

ワット・プラケオで、物語がなぜ守られてきたのかを知ります。

そして第3巻は、継承の巻です。

ポンタは、ただ不思議な世界を見て帰るのではありません。

見たものを持ち帰る。

聞いたものを忘れない。

自分の言葉で伝える。

そのための場所として、夜明けのワット・アルンはとても自然でした。

夜明けには、終わりと始まりが同時にあります。

夜が終わる。

朝が始まる。

暗かったものが、少しずつ見えるようになる。

でも、すべてが一気に明るくなるわけではありません。

少しずつです。

この「少しずつ」という感じが、ポンタに合っていました。

ポンタは急に強くなる主人公ではありません。

魔法を覚えて、すべてを解決するわけでもありません。

見る力。

聞く力。

問いを持つ力。

伝える力。

それが少しずつ変わっていく主人公です。

だから、第3巻の終わりも、大きな勝利ではなく、夜明けにしたかった。

明るくなっていく川のそばで、ポンタが見たものを未来へ渡す。

そんな終わり方にしたかったのです。

第3巻の最後で、ポンタは現代へ戻ります。

そして、本を書き始めます。

ここで読者は気づきます。

自分が読んでいた『ポンタの時空旅行』そのものが、ポンタが未来へ持ち帰った物語だったのだと。

この構造は、三部作の中でいちばん大事にしたところです。

旅は、見て終わりではありません。

記録して、誰かに渡したとき、もう一度始まる。

私自身も、ワットポーで見た小さな猿を記録し、調べ、AIと対話し、物語にしました。

その意味では、ポンタの旅は私自身の旅の延長でもあります。

ワット・アルンの夜明けは、ポンタの旅の終点であり、次の読者への入口でもあります。

見たものを未来へ返す。

それが、第3巻で書きたかったことでした。

『ポンタの時空旅行』



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