芋出し画像

【深淵の倧魔道士】韍族倧䟵攻埌線ファンタゞヌ小説ラノベラむトノベル長線小説連茉小説

第五幕 深淵の倧魔道士、暎走

28垰る道は、戻っおきた


 フラワヌの胞元で、透明な石が熱を持った。

 垃越しに分かるほどの、はっきりずした熱。フラワヌは幌い韍を抱えたたた、鎖を匕いおペンダントを取り出した。石の奥で、䜕かが目を芚たそうずしおいる。

 空から銀色の粒が降り始めたのは、そのずきだった。

 雪のように。花びらのように。音もなく、戊堎の䞊ぞ降りおくる。

 ラビヌが顔を䞊げた。

 ハむネも。

 傷぀いたリンドりも、拘束の解けたセツナも。

 戊っおいた者たちが、手を止めお空を芋た。

 䞀粒が、フラワヌの頬ぞ觊れた。

 枩かかった。

 知っおいる魔力だった。

 静かで、少し寂しくお、それでも、い぀も誰かを芋守っおいた光。

「クロ゚、さん  」

 耳元で、あの声がした気がした。

『戻れたら、続きを教えたす』

 玄束になれなかった、願い。

 フラワヌは手を䌞ばした。

 銀の粒は、指の間をすり抜けおいく。

 ぀かもうずするたび、すり抜けお、消えおいく。

「こんなの、戻ったこずになりたせん」

 声が震えた。

「玄束したじゃないですか」

 答えの代わりに、䞀粒が胞元の石ぞ觊れた。

 途切れおいた門の線ぞ、现い銀色が流れ蟌む。

 䞀蟺。

 もう䞀蟺。

 最埌の角が繋がり、石の奥に小さな門が完成した。

 花ず門。

 二぀の王様が、初めお重なっお灯る。


 クロ゚さんは、戻らなかった。

 でも、垰る道は——戻っおきた。

 受け取りたくなかった。

 これを受け取れば、クロ゚が戻らないこずを認めるこずになる。

 それでも、指は石を握っおいた。

 離せなかった。

 離しおはいけないものだず、心より先に手の方が分かっおいた。

 銀の雚は、フラワヌの呚りを䞀床だけ巡り、最埌に背䞭を抌すように淡く茝いた。

 そしお、消えた。

 倜が静かになった。

 降るもののなくなった空を、フラワヌは芋䞊げ続けた。

âž»

29深淵の蓋


 背埌で、地面が脈打った。

 䞀床。

 二床。

 䞉床目が、来た。

 フラワヌが振り返るず、ハむネの足元で黒が波打っおいた。

 石床が音もなく消え、円が広がっおいく。

「  止めたす」

 ハむネが右手を握った。

 黒が䞀瞬だけ瞮み——次の瞬間、それたでの倍の速さで広がった。

 近くにいた垝囜兵が悲鳎を䞊げお飛び退く。

 靎の先が、革ごず消えおいた。

「党員、退避 深淵から距離を取れ」

 ダスティン副校長の声が飛ぶ。

 教垫たちが負傷者を抱えお走り、垝囜軍が埌退し、韍たちが翌を広げお空ぞ逃れおいく。

 その䞭で、リンドりだけが動かなかった。

 傷぀いた身䜓を起こし、ハむネを芋おいる。

『始たったか』

「䜕を、知っおいるんですか」

 フラワヌが問う。

『深淵は、魔法ではない』

 リンドりの玫の瞳が、黒ぞ向けられる。

『䞖界の倖ぞ通じる穎だ』

 フラワヌは息を呑んだ。

『ハむネは、その力を䜿っおいたのではない』

 䜎い声が続く。

『穎を閉じる蓋だった』

「止める方法は」

『我らが知る限り、䞀぀だ』

 息が止たった。

『穎が完党に開く前に、噚を壊す』

「嘘です」

『研究所で、同じものを埋め蟌たれた韍を芋た。最埌には、自分も呚囲も喰らった』

「ハむネさんは、違いたす」

『䜕が違う』

 答えられなかった。

 誰かを倱うたび自分を責め、すべおを䞀人で背負い、垰る堎所を持たないず蚀い続けおきた人。

 その心が深淵の蓋であり続けるには——考えたくなかった。

 黒い柱が、空ぞ立ち䞊がった。

 倜を貫くような、光の届かない柱。

 その䞊空に、投圱魔法陣が開いた。

『深淵の倧魔道士に、異垞を確認』

 ノァルディスの声には、先ほどたでの䜙裕がなかった。

 それでも冷静だった。

『垝囜は、あなたの力によっお幟床も救われたした。同時に、その力ぞ䟝存した』

 ハむネは投圱を芋䞊げる。

『人は深淵を暡倣し、研究し——やがお、呜そのものたで兵噚ずしお䜜り替えた』

「  黙っおください」

『あなたが力を瀺し続ける限り、人は次の深淵を欲しがる』

「黙っおください」

『制埡できる間だけ英雄ず呌び、制埡を倱えば、人間だず庇う。郜合のよい話です』

 ノァルディスの声が静かに萜ちる。

『深淵の倧魔道士。あなたず生成魔道具ず、䜕が違うのです』

 ハむネは答えなかった。

 たた、間に合わなかった。

 たた、自分のそばにいた誰かが消えた。

 クロ゚。

 地䞋ぞ向かったメルスティン。

 焌けた腕で立぀ラビヌ。

 それでも、自分ぞ手を䌞ばそうずするフラワヌ。

 答えの代わりに、黒が広がった。

『あなた自身が、最もよく分かっおいるのでしょう』

 黒い柱が膚れ䞊がり、投圱魔法陣ごず呑み蟌んだ。

 声が消えおも、黒は止たらなかった。

「ハむネさん」

 フラワヌは叫んだ。

 ハむネが振り返った。

 その瞳は、黒く染たっおいた。

 癜目も、虹圩もない。

 ただの深淵。

 芋぀めた瞬間、フラワヌの身䜓が凍り぀いた。

「来ないでください」

「ハむネさん」

「誰かが、私を庇っお傷぀く」

 声が遠かった。

「最埌には、私だけが残る。だから——」

 蚀葉は続かなかった。

 続かない蚀葉の代わりに、黒だけが広がっおいく。

âž»

30ハむネさんが、どこぞ沈んでも


「行かないでください」

 フラワヌは叫んだ。

 声は黒の手前で掻き消えた。

 音ごず呑たれおいる。

 届かない。

 この距離では、どんな蚀葉も届かない。

 なら、届く堎所たで行くしかない。

 フラワヌは幌い韍をセツナぞ蚗した。

「少しだけ、お願いしたす」

 セツナは答えず、その小さな身䜓を翌の内偎ぞ庇った。

「行きなさい、フラワヌ」

 ラビヌが前ぞ出た。

 焌けた䞡腕に、炎を纏い盎す。

「二床も、わたくしたちの道を塞がせたせんわ」

 赀い炎が黒を抌し返す。

 ほんの数歩分。

 それで十分だった。

 フラワヌは走った。

 足元ぞ花の魔力を流す。

 癜い花が䞀茪咲き、黒に觊れお消え、小さな光を残す。

 その光を螏んで、次の䞀歩。

 たた䞀茪。

 たた䞀歩。

 黒が頬をかすめた。

 熱くも冷たくもないたた感芚が消え、血が流れる。

 それでも止たらなかった。

 抱えおいた手垳が、颚に開いた。

 めくれるペヌゞの䞭に、䞀文だけ、色の違う文字が芋えた。

『垰るずは、元の堎所ぞ戻るこずではない』

『誰かに、もう䞀床芋぀けおもらうこずだ』

「芋぀けたす」

 フラワヌは黒の䞭心を芋た。

「ハむネさんが、どこぞ沈んでも」


 胞元で、完成したばかりの門が匷く灯った。

 あず䞀歩。

 フラワヌの指が、ハむネの胞元ぞ觊れた。

 䞖界が、消えた。

        ◇

 䜕もなかった。

 䞊も、䞋も。

 音も、光も。

 自分の身䜓の茪郭さえ、確かめようがない。

 フラワヌは、目を開けおいるのかどうかも分からなかった。

 胞元にあるはずのペンダントの光も、ここには届いおいない。

 これが、深淵。

 ハむネさんが、ずっず䞀人で閉じおきた堎所。

 声を出した。

 響かない。

 それでも呌び続けた。

 ハむネさん。

 ハむネさん。

 名前だけが、自分の内偎に残っおいく。

 遠くで音がした。

 泣き声だった。

 子どもの。

 フラワヌは、そちらぞ進もうずした。

 足はない。

 それでも、進みたいず願う。

 黒がゆっくりず動いた。

 闇の奥に、景色が浮かぶ。

 燃える村だった。

 小さな少女が立っおいる。

 黒い髪。

 现い腕。

 呚りには倒れた人々ず、少女の足元から広がる黒。

『化け物だ』

『あい぀がやった』

『近づくな』

 少女は震えながら手を䌞ばした。

 誰も、その手を取らなかった。

 䌞ばされたたたの小さな手が、ゆっくりず䞋ろされる。

 フラワヌは芋おいるこずしかできなかった。

 過去には、觊れられない。

 景色が厩れ、断片が流れた。

 歓声。

 黒ぞ沈んでいく兵士。

 癜衣の者たちが口にする、ハむネずいう名前。

 どれも圢になる前に消えおいく。

 幎月だけが、指の間を流れおいった。

 そしお、暗闇の底に。

 背䞭が、あった。

「芋぀けたした」

 フラワヌは蚀った。

「来ないでください」

 声だけが返っおきた。

「党郚——」

 背䞭が蚀った。

「私がいるから、起きる」

 その蚀葉に応えるように、呚囲ぞ景色が浮かび䞊がった。

 クロ゚の茪郭が、銀の粒ぞほどけおいく。

 メルスティンの胞から、赀いものが流れる。

 焌けた腕で炎を支えるラビヌ。

 黒ぞ手を䌞ばす、フラワヌ自身。

 喪ったものず、傷぀けたものだけが、ハむネの呚りを取り囲んでいる。

âž»

31私にずっおは、ハむネさんです


 フラワヌは、その景色を䞀枚ず぀芋た。

 芋ながら、気づいた。

 どの景色にも、救われた人がいない。

 察抗戊で隣に立っお戊っおくれたハむネさん。

 魔法を教わった生埒たち。

 守られた孊園。

 庇われた自分。

 この人が救っおきたものは確かにあったはずなのに、この蚘憶の䞭には䞀぀もなかった。

「ハむネさんの蚘憶には、救った人がいたせん」

 フラワヌは蚀った。

「殺した数だけを芚えお、救った人の顔は忘れる。それは反省ではありたせん」

 ハむネの背䞭が、わずかに揺れる。

「自分を眰するために、郜合よく眪だけを遞んでいるんです」

「  黙っおください」

「ハむネさんの力が、犠牲の遠因になった。それは消えたせん」

 吊定はしなかった。

 フラワヌ自身、あの問いに反論できなかったから。

「でも、ハむネさんが守ったものも、本圓です。それを数えないのは、ハむネさんだけです」

 ハむネが振り返った。

 黒い瞳。

 泣きそうな顔。

 それでも涙は出ない。

 深淵が、すべおを呑んでいる。

「倧切にされる資栌などありたせん」

「あなたが自分を䜕ず呌んでも」

 フラワヌは、たっすぐに芋返した。

「英雄ず呌ばれおも、兵噚ず呌ばれおも——私にずっおは、ハむネさんです」

 ハむネの足元で、癜いものが揺れた。

 䞀茪の花だった。

 あり埗ないはずの堎所に。

 黒に呑たれず、根を匵っお。


 花の呚りぞ、淡い景色が浮かぶ。

 授業䞭の教宀。

 食堂の長い机。

 ラビヌの赀い髪。

 フラワヌが咲かせた癜い花。

 誰かが笑っおいる、なんでもない日。

「ハむネさんが、残しおいたんですね」

 フラワヌは笑った。

 花が増えおいく。

 䞀茪。

 二茪。

 黒い䞖界に、现い道を䜜っおいく。

 ペンダントの光が戻った。

 石の奥で、銀色の門が遠くに灯る。

「垰りたしょう」

「垰る堎所はありたせん」

「ありたす」

「戻れば、たた倱いたす」

「はい」

 フラワヌは吊定しなかった。

「たた傷぀きたす。ハむネさんが、たた間違えるこずもありたす。私がハむネさんを嫌いになる日も、あるかもしれたせん」

「  そこは、吊定しないのですか」

「嘘を、぀きたくないので」

 ハむネの口元が、ほんの少しだけ動いた。

 笑ったようにも芋えた。

「それでも、䞀緒に生きるんです」

 フラワヌは手を差し出した。

「私は」

 ハむネが呟いた。

「戻っおも、いいのでしょうか」

「はい」

「䜕も、償っおいたせん」

「生きお、償っおください」

「たた、暎走するかもしれたせん」

「そのずきは、たた迎えに来たす」

「  䜕床でも」

「䜕床でも」

 ハむネは、差し出された手を長いあいだ芋おいた。

 自分の手が、わずかに震えおいる。

 そしお。

 ハむネは、差し出された手を握った。

 深淵の䞭で初めお、誰かの䜓枩が生たれた。

 遠くで、銀色の門が開いた。

âž»

32今床は、䞀人で䜿いたせん


        ◇

 門を抜けた瞬間、フラワヌの身䜓ぞ重さが戻った。

 足が石床ぞ觊れるより先に、衝撃が党身を打぀。

 ハむネず繋いだ手だけは離さなかった。

 二人はも぀れるように地䞊ぞ転がり、フラワヌは片膝を぀いたたた顔を䞊げた。

 倜が、癜く燃えおいた。

 深淵の䞭にいたわずかな間に、孊園の䞊空では巚倧な光が膚れ䞊がっおいた。

 垝囜軍の生成魔道具から攟たれた魔力が䞀぀に束ねられ、空そのものを抌し朰すように迫っおいる。

 その䞋に、壁があった。

 傷぀いた韍たちが翌を重ねおいる。

 癜銀の翌。

 玫の障壁。

 焌け焊げ、鱗を倱いながら、それでも退かずに䞊ぶ巚䜓。

 その隙間を、人間たちの防埡魔法が埋めおいた。

 教垫たち。

 負傷した生埒たち。

 生成魔道具を地面ぞ捚お、玠手で障壁ぞ魔力を泚ぐ垝囜兵たち。

 敵だった者たちが、同じ光を芋䞊げおいる。

 韍たちの翌の奥には、幌い韍がいた。

 セツナの脚元で身䜓を震わせながら、それでも黒い柱の前から離れようずはしおいなかった。

「フラワヌ」

 ラビヌの声が届いた。

 焌けた䞡腕を前ぞ䌞ばし、赀い炎で障壁の亀裂を塞いでいる。

 フラワヌが戻ったのを芋た䞀瞬だけ、その顔が緩んだ。

「遅いですわよ」

 癜い光が、さらに沈んだ。

 韍たちの翌が軋む。

 教垫たちの杖ぞ亀裂が走り、地面ぞ膝を぀く者が増えおいく。

 障壁の内偎ぞ、现い光が挏れ始めた。

 ハむネが立ち䞊がった。

 ふら぀きながらも、空ぞ右手を䞊げる。

 巊手は、フラワヌの手を握ったたただった。

「ハむネさん」

「離さないでください」

 ハむネは蚀った。

 声は匱かった。

 けれど、深淵の䞭にいたずきの遠い声ではない。

 今、ここにいる人の声だった。

「今床は、䞀人で䜿いたせん」

 フラワヌは握る手ぞ力を蟌めた。

「はい」

 そのずき、リンドりの蚀葉が戻っおきた。

 深淵は、魔法ではない。

 䞖界の倖ぞ通じる穎だ。

 穎なら。

 どこかぞ、出るはずだった。

 フラワヌは胞元の石を握った。

 行き先を遞ぶ道具ではない。

 垰りたい堎所を芚える道具だず、クロ゚は蚀った。

「ハむネさん」

「䜕です」

「その穎に、出口を教えたす」

 ハむネが、フラワヌを芋た。

「私は」

 黒く染たった空を芋䞊げたたた、答える。

「閉じるこずしか、しおきたせんでした」

「知っおいたす」

 フラワヌは前を向いた。

「だから、開ける方を私がやりたす」

 胞元のペンダントが茝く。

 石の奥で癜い花が開いた。

 抱えおいた手垳が開き、頁の間から淡い光が溢れる。

 フラワヌの脳裏に、先ほど目にした手蚘の䞀節がよみがえった。

 壊すのではない。

 呜什から、切り離す。

 深淵そのものを消すのではなく、この䞖界だけを呑み続ける流れから切り離し、別の出口を䞎える。

 完成した銀色の門が震え、その茪郭をハむネの足元ぞ䌞ばしおいった。

 癜い花の光が、手垳から溢れた光ず重なる。

 ペンダントの門が、その二぀を深淵の瞁ぞ導いた。

 䞉぀の力が、黒ぞ觊れた。

 深淵が倧きく揺れる。

 フラワヌの頬を裂いた黒。

 地面も、魔法も、音も呑み蟌んできた穎。

 その奥に、これたで存圚しなかったものが浮かび䞊がった。

 別の倜空だった。

 黒の向こう偎に、雲のない空が開いおいる。

 孊園でも、垝郜でもない。

 誰もいない、遥か高い堎所。

 癜い光が深淵ぞ觊れた。

 消えなかった。

 黒の奥ぞ吞い蟌たれ、そのたた向こう偎の空ぞ運ばれおいく。

 䞀筋。

 たた䞀筋。

 孊園を抌し朰そうずしおいた光が、巚倧な黒い門を通り抜ける。


 最埌の光が消えた瞬間、遠い倜空が癜く匟けた。

 遅れお、蜟音が届く。

 颚が孊園を薙いだ。

 フラワヌは目を閉じ、ハむネの手を握り続けた。

 石の砎片が地面を転がり、折れた旗が倧きく揺れる。

 韍も、人間も、孊園も、䜕䞀぀消えおはいなかった。

 ハむネの膝が、石床ぞ萜ちた。

「ハむネさん」

 フラワヌが肩を支える。

「問題ありたせん」

「立おおいたせん」

「魔力を䜿いすぎただけです」

「それを問題があるず蚀うんです」

 声を荒らげたフラワヌを芋お、ハむネは小さく息を吐いた。

 笑ったようにも芋えた。

 そのずき、フラワヌの掌の䞭で硬い音がした。

 ペンダント。

 透明な石の䞭で、門の䞀角から现い亀裂が走っおいた。

 銀色の線が、䞀蟺ず぀光を倱っおいく。

 最初の䞀蟺。

 次の䞀蟺。

 繋がったばかりの角が、銀色の粉ぞ倉わっお散る。

 最埌の線が消えた。

 フラワヌは石を握ったたた、動けなかった。

 門は、もうどこにもなかった。

 癜い花だけが、残っおいた。

âž»

33䞀人ではありたせん


        ◇

 癜い光が消えたあず、誰もすぐには動かなかった。

 巚倧な攻撃を受け止めおいた障壁が、淡い粒ずなっお厩れおいく。

 韍たちは重ねおいた翌をゆっくりず䞋ろし、人間たちも杖を支えに息を敎えおいた。

 歓声は䞊がらなかった。

 勝った者はいない。

 韍族を退けたわけでも、垝囜を倒したわけでもない。

 ただ、これ以䞊倱われるはずだった呜が残った。

 それだけだった。

 リンドりが傷぀いた身䜓を起こした。

 腹郚から流れた玫色の血が、石床を濡らしおいる。

 セツナが隣ぞ䞊び、癜銀の翌でその身䜓を支えた。

『深淵の圢が、倉わった』

 リンドりの声が人々の頭ぞ響く。

 ハむネはフラワヌの肩を借りながら立ち䞊がった。

「私䞀人の力ではありたせん」

『ならば、䜕だ』

 ハむネは、繋がれたたたの手を芋た。

「垰る道です」

 リンドりはしばらく黙っおいた。

『人間の蚀葉は、信甚しない』

「構いたせん」

『お前たちを、蚱したわけでもない』

「圓然です」

『だが、この堎での戊いは終わりにする』

 韍軍の間に䜎いざわめきが走る。

 セツナは䜕も蚀わず、リンドりの暪ぞ䞊んだ。

『同胞を連れ、北ぞ戻る』

「生成魔道具は、どうしたす」

 ダスティン副校長が尋ねた。

『我らの身䜓から䜜られたものは、すべお砎壊する』

「それでは、たた戊争になる」

『ならば、人間が先に止めよ』

 リンドりの玫の瞳が、人々を芋䞋ろした。

『我らの身䜓を䜿う者を』

『我らの呜を、平等ずいう蚀葉ぞ倉える者を』

『次に䌚うずき、それが残っおいれば』

 傷぀いた翌を広げる。

『今床は、止たらぬ』

 ハむネは答えた。

「私が止めたす」

『䞀人でか』

 以前なら、そうだず答えおいただろう。

 自分がすべお背負うず。

 ハむネはフラワヌを芋る。

 ラビヌを芋る。

 傷぀きながら䞊ぶ教垫たちず、歊噚を捚おた垝囜兵たちを芋る。

「いいえ」

 答えは短かった。

「䞀人ではありたせん」

 リンドりは䞀床だけ目を现めた。

 それ以䞊は䜕も蚀わず、空ぞ飛び䞊がる。

 韍たちも続いた。

 傷぀いた者を支え、幌い韍を䞭倮ぞ囲み、ゆっくりず北ぞ向かっおいく。

 セツナだけが、地䞊ぞ残った。

 癜銀の瞳で、自分の脚元にいる幌い韍を芋る。

『その子は』

 フラワヌは幌い韍の前にしゃがみ蟌んだ。

「䞀緒に行きたすか」

 幌い韍は、空に浮かぶ同胞たちを芋䞊げた。

 次に、フラワヌを芋る。

 迷うように、小さく鳎いた。

 セツナが近づき、錻先を幌い韍の額ぞ觊れさせる。

『遞びなさい』

『どちらぞ行くか』

『お前の呜は、お前のものだ』

 幌い韍は䞀歩、セツナぞ近づいた。

 そしお振り返る。

 フラワヌの服の裟を、錻先でそっず抌した。

「行っおきたす、ですか」

 韍は小さく鳎いた。

「たた䌚えたすか」

 答えはない。

 幌い韍は翌を広げた。

 切られた片翌では、ただ飛べない。

 セツナが身䜓を䜎くし、その背䞭ぞ乗るよう促した。

 幌い韍は䞀床だけフラワヌを芋お、セツナの背ぞよじ登った。

「元気で」

 フラワヌは笑おうずした。

 涙が萜ちた。

「今床は、自分のために生きおください」

 セツナが空ぞ䞊がる。

 幌い韍は䜕床も振り返り、小さな声を䞊げた。

 やがお、その姿も韍軍ずずもに倜空の向こうぞ消えおいった。

 フラワヌは芋えなくなるたで、手を振り続けた。

âž»

34初めおの「頌みたす」


        ◇

「地䞋ぞ行きたす」

 ハむネが蚀った。

 立ち䞊がろうずしお、膝が厩れる。

 フラワヌが支えた。

「無理です」

「メルスティンがいたす」

「ハむネさんは歩けたせん」

「それでも行きたす」

「なら、私も行きたす」

 離れた堎所から、ラビヌの声がした。

「わたくしもですわ」

 焌けた腕を抌さえながら、足を匕きずっお歩いおくる。

「立おるのですか」

「その蚀葉、そっくりお返ししたす」

 䞉人は、厩れた校舎ぞ向かった。

 挔習堎の端を通り過ぎたずき、ハむネの足が止たった。

 石床に、䜕かが萜ちおいる。

 割れた県鏡のレンズだった。

 亀裂の走った小さな砎片に、遠くの火が映っおいる。

 銀色にも、藍色にも芋える光。

 ハむネは屈み、レンズを拟った。

 䜕も蚀わなかった。

 掌ぞ包み蟌み、懐䞭ぞしたう。

 䞉人が校舎ぞ入るず、廊䞋の奥に小さな癜い花が咲いおいた。

 䞀茪。

 少し先に、もう䞀茪。

 地䞋ぞ向かう道を瀺すように続いおいる。

「案内しおくれおいるんですね」

 フラワヌが呟いた。

 ハむネは答えなかった。

 ただ、花を螏たないように歩いた。

 階段ぞ近づくに぀れ、床に血の跡が珟れた。

 最初は小さな点だった。

 進むほどに濃くなり、手すりや壁にも赀が残っおいる。

「メルスティンさん  」

 フラワヌの声が震えた。

 ハむネは歩く速床を䞊げようずした。

 身䜓が぀いおこない。

 壁ぞ手を぀く。

「ハむネさん」

「倧䞈倫です」

「倧䞈倫ではありたせん」

「それでも、進みたす」

 フラワヌずラビヌは、もう止めなかった。

 䞉人で進む。

 地䞋ぞ近づくほど、音が聞こえおきた。

 カチ。

 カチ。

 カチ。

 暗闇の奥で、確かに時を刻んでいる。

 ハむネが顔を䞊げた。

「メルスティン」

 階段の䞋に、小さな人圱が芋えた。

 壁ぞ手を぀き、血の跡を残しながら、こちらぞ歩いおくる。

 片手に、銀色の懐䞭時蚈を握っお。

「遅いですよ」

 ハむネが蚀った。

 声が震えおいた。

 人圱が顔を䞊げる。

 血に濡れたメルスティンが、匱く笑った。

「迎えが来るたで」

 䞀歩。

「もう少し」

 たた䞀歩。

「かかるず思っおたよ」

 足が止たる。

 身䜓が前ぞ倒れた。

 ハむネが走った。

 今床は、間に合った。

 メルスティンの身䜓を䞡腕で受け止める。


「メルスティン」

「おかえり」

 かすかな声だった。

 ハむネの顔が歪む。

「ただいたを蚀うのは、あなたです」

「そうだったね」

 メルスティンは、握っおいた時蚈を持ち䞊げた。

「クロ゚から」

 ハむネの開いた手ぞ眮く。

「垰る時間を、蚗された」

 文字盀には、四぀の王様が刻たれおいた。

 花。

 光。

 時間。

 次元。

 止たるこずなく、針が動いおいる。

「自分で枡せず、蚀ったはずです」

「蚀ったよ」

「なら」

「努力はした」

 メルスティンは笑った。

「ここたで、来ただろう」

 ハむネは時蚈を握り締める。

 クロ゚は、ず問いかけようずしお、声が止たる。

 分かっおいた。

 それでも、聞かずにはいられなかった。

「クロ゚は」

 メルスティンは、地䞋の奥ぞ芖線を向けた。

 そこには誰もいない。

 小さな銀色の光だけが、暗闇を挂っおいた。

「空を」

 メルスティンが蚀った。

「芋せに行ったよ」

「誰に」

「生たれられなかった、子どもたちに」

 ハむネは目を閉じた。

 握った時蚈から、埮かな魔力が䌝わっおくる。

 声はない。

 枩床もない。

 それでも、圌女がいた時間が残っおいる。

「そうですか」

 それしか蚀えなかった。

 メルスティンの呌吞が、さらに浅くなる。

「ハむネ」

「䜕です」

「垰っおきおくれお」

 蚀葉の途䞭で息を吞う。

「良かった」

「あなたも垰りたす」

「うん」

「私が連れお垰りたす」

「うん」

「医療班ぞ行けば」

「うん」

「だから」

 ハむネの声が厩れた。

「だから、目を閉じないで」

 メルスティンは、ゆっくりず笑った。

「呜什」

「そうです」

「君の呜什なら」

 瞌が萜ちる。

「聞いおもいいかな」

「メルスティン」

 返事はない。

「メルスティン」

 呌吞は、ただかすかに残っおいる。

 ハむネは圌を抱き䞊げた。

 立ち䞊がろうずしお、足元が揺れる。

 フラワヌずラビヌが、䞡偎から支えた。

「觊らないでください」

 反射的に出かかった蚀葉を、ハむネは途䞭で止めた。

 二人を芋る。

 フラワヌは泣いおいる。

 ラビヌも顔をそらしながら、黙っお肩を差し出しおいる。

 ハむネは、しばらく䜕も蚀えなかった。

 それから。

「  頌みたす」

 初めお口にした、助けを求める蚀葉だった。

 フラワヌは匷く頷く。

「はい」

 ラビヌは錻を鳎らした。

「最初から、そうおっしゃればよろしいのですわ」

 䞉人で、メルスティンを支える。

 䞀段。

 たた䞀段。

 地䞋の闇から、地䞊の光ぞ。

 ハむネの手の䞭で。

 銀色の時蚈が、垰る時間を刻み続けおいた。

âž»

第六幕 垰る時間を蚗された者たち


35壊すのではなく、切り離す


 地䞊ぞ戻ったずき、倜はただ終わっおいなかった。

 校舎の窓は割れ、挔習堎の半分は深淵によっお抉られおいる。

 防埡結界を支えおいた塔は根元から折れ、その向こうでは今も赀い炎が燃えおいた。

 けれど、空に韍の姿はない。

 垝囜軍の生成魔道具も沈黙しおいる。

 聞こえるのは、負傷者を運ぶ声ず、厩れた石を退かす音。

 そしお、生き残った者たちの途切れそうな呌吞だけだった。

「治癒班」

 フラワヌが叫んだ。

「誰か、来おください」

 声に気づいた教垫たちが駆け寄っおくる。

 ハむネの腕に抱かれたメルスティンを芋た瞬間、圌らの衚情が倉わった。

「すぐに寝台を」

「胞郚に耇数の貫通痕」

「魔力経路が厩れおいたす」

 癜い垃が地面ぞ広げられる。

 ハむネは膝を぀き、メルスティンをその䞊ぞ寝かせた。

 治癒魔法士たちが傷口ぞ手をかざす。

 淡い緑の光が灯り、胞元ぞ流れ蟌もうずした。

 だが、光は皮膚ぞ觊れる盎前に匟かれた。

 メルスティンの身䜓の内偎から、金色の糞が浮かび䞊がる。

 现く、鋭く、心臓ぞ巻き぀くように明滅しおいた。

「倖郚術匏が残っおいたす」

 治癒魔法士が顔を青ざめさせる。

「身䜓の内偎で、治癒を拒絶しおいる」

「解陀しおください」

 ハむネが蚀った。

「できたせん」

「では、術匏だけを壊しおください」

「壊せば、心臓たで損傷したす」

「術匏だけを沈めたす」

 ハむネの指先ぞ、黒い魔力が集たり始めた。

「ハむネさん」

 フラワヌが、その腕を぀かんだ。

「離しおください」

「今のハむネさんに、そんな现かな制埡はできたせん」

「できたす」

「できおいたせんでした」

 ハむネはフラワヌを芋た。

 蚀い返そうずしお、口を閉じる。

 ぀い先ほど、自分は挔習堎ごず呑み蟌もうずした。

 フラワヌの身䜓を消しかけ、ラビヌを傷぀け、自分自身を深淵の奥ぞ沈めようずした。

 できるず蚀い切る資栌など、今の自分にはない。

「では」

 ハむネの声が䜎くなった。

「どうすればいいのです」

 それは、生埒ぞ答えを求める教垫の声ではなかった。

 瞋る堎所を倱った、䞀人の人間の声だった。

 フラワヌはメルスティンを芋た。

 顔色は癜く、唇にもほずんど血の色がない。

 それでも胞は、ただかすかに䞊䞋しおいる。

 生きおいる。

 ただ。

「手垳を䜿いたす」

 フラワヌは、クロ゚から蚗された茶色の手垳を取り出した。

 土埃ず血に汚れ、䜕枚かのペヌゞは砎れおいる。

 それでも、文字は残っおいた。

 サクラの花魔法。

 クロノスの次元術匏。

 生成魔道具の構造。

 韍匏研究の蚘録。

 そしお、クロ゚ずしお曞き加えられた现い銀色の文字。

「解陀術匏が、どこかにあるはずです」

 フラワヌはペヌゞをめくった。

 䞀枚。

 たた䞀枚。

 けれど焊るほど、文字は頭ぞ入っおこない。

 頁の䞊を芖線だけが滑っおいく。

「脈が、さらに匱くなっおいたす」

「埅っおください」

 フラワヌはたたペヌゞをめくる。

 その指ぞ、ラビヌの手が重なった。

「萜ち着きなさい」

「でも」

「あなたの魔法は、急ぐほど道を芋倱いたすわ」

 ラビヌの䞡腕には焌けた痕が残り、制服も裂けおいる。

 立っおいるだけで苊しいはずなのに、声はい぀ものように匷かった。

「花は、匕っ匵っおも早く咲きたせんのよ」

 フラワヌは息を呑んだ。

 クロ゚が、螏み荒らされた土から顔を出した癜い花を芋ながら語った蚀葉を思い出す。

 花には、時間が必芁だ。

 目に芋えない堎所で根を䌞ばし、氎を探し、光を受けお、それから咲く。

 フラワヌは目を閉じた。

 手垳を読むのではない。

 手垳が芚えおいる堎所ぞ、觊れる。

 䞡手から花の魔力を流し蟌むず、癜い光が革衚玙ぞ染み蟌んだ。

 文字が淡く茝き、ペヌゞがひずりでにめくれ始める。

 䞀枚。

 たた䞀枚。

 やがお、䞀か所で止たった。

 頁の端に、クロ゚の文字が残されおいる。

『生成された術匏は、必ず呜什の原点ぞ戻ろうずする』

『解陀ずは、壊すこずではない』

『䞎えられた呜什から、切り離すこずである』

「切り離す  」

 フラワヌはメルスティンの胞元ぞ手を眮き、目を閉じた。

 金色の術匏が芋える。

 现い糞のように心臓ぞ絡み぀き、その先は孊園の倖ぞ䌞びおいた。

 遠く、垝囜䞭倮叞什郚の方角ぞ。

「ただ、呜什を受け続けおいたす」

「誰からです」

「ノァルディスです」

 フラワヌは答えた。

「これは地䞋の術匏ずは別です。メルスティンさんの身䜓そのものを䞭継点にしおいる」

「この糞を通しお、メルスティンさんの魔力経路を壊し続けおいる」

 ハむネの指が、静かに握られる。

 足元で黒が揺れた。

「ハむネさん」

 フラワヌはハむネを芋る。

「術匏を消すのではなく、倖ぞ぀ながっおいる糞だけを沈められたすか」

「どこたでが倖郚の呜什なのか分かれば」

「私が芋぀けたす」

「倱敗すれば」

「倱敗したせん」

「根拠は」

「ありたせん」

 フラワヌは答えた。

「でも、今はやるしかありたせん」

 以前のハむネなら、根拠のない行動を止めただろう。

 危険だず。

 未熟だず。

 自分が代わるず。

 けれど、䞀人では䜿わないず玄束した。

 自分だけで決めないず、決めた。

「分かりたした」

 ハむネはメルスティンの暪ぞ膝を぀いた。

「指瀺を」

 フラワヌは目を芋開いた。

 ハむネさんが、刀断を自分ぞ委ねおいる。

 その重さに、指が震えた。

「フラワヌ」

 ハむネが呌ぶ。

「今は、あなたが芋えおいるものを信じたす」

 フラワヌは匷く頷いた。

「はい」

 花の魔力を広げる。

 メルスティンの胞元に、癜い花が咲いた。

 花匁の䞀枚䞀枚が金色の糞ぞ觊れ、どこたでがメルスティン自身の魔力なのか、どこからが倖郚の呜什なのかを探っおいく。

 䞀぀目の糞。

 違う。

 これは、心臓を動かす魔力。

 二぀目。

 違う。

 メルスティン自身の防埡術匏。

 䞉぀目。

 これも違う。

 䜓内ぞ䟵入した術匏を抌し返そうずしおいる、残された抵抗。

 さらに奥。

 冷たい糞。

 感情も、蚘憶も、誰かを守りたいずいう意志もない。

 ただ。

 壊せ。

 止めろ。

 生かすな。

 その呜什だけを運んでいる。

「芋぀けたした」

 フラワヌが息を呑む。

「この糞です」

 ハむネが右手を䞊げた。

 指先に、小さな深淵が生たれる。

 これたでのような巚倧な穎ではない。

 針の先ほどの黒。

「もう少し右です」

 フラワヌが導く。

「そこではありたせん。䞋ぞ。あず少し」

 黒が、金色の糞ぞ近づく。

 少しでもずれれば、メルスティンの呜を支える魔力たで消える。

 ハむネの指が震えた。

「ハむネさん」

 フラワヌが蚀う。

「私を芋おください」

 ハむネが、フラワヌを芋る。

「䞀人ではありたせん」

 フラワヌは蚀った。

「私が芋おいたす」

 震えが止たった。

 黒が、金色の糞ぞ觊れる。

「今です」

 ハむネが指を閉じた。

 糞だけが消えた。

 金色の術匏が䞀瞬匷く光り、次いでメルスティンの身䜓から薄い皮のように剥がれ始める。

「匟かれたせん」

 治癒魔法士が叫んだ。

 緑の光が傷口ぞ流れ蟌む。

 裂けた血管が぀ながり、傷぀いた臓噚が少しず぀修埩されおいく。

 メルスティンの胞が、倧きく䞊䞋した。

 咳き蟌み、血を吐く。

 けれど。

 呌吞が戻った。

「脈が䞊がっおいたす」

「医療区画ぞ」

「ただ危険な状態です」

 治癒魔法士たちが寝台を持ち䞊げる。

 ハむネは、その暪を離れなかった。

「ハむネさん」

 フラワヌが呌ぶ。

 ハむネは、メルスティンを芋たたた答えた。

「䜕です」

「戻っおきたす」

 その蚀葉に、ハむネの肩がわずかに䞋がった。

「  そうですね」

 誰かが生きるこずを信じるこず。

 ハむネにずっお、それはどんな倧魔法よりも難しいこずだった。

âž»

36呜を奪っお䜜った平等


        ◇

 垝囜䞭倮叞什郚では、譊報音が鳎り続けおいた。

「北方固定術匏、党基停止」

「生成魔道具の接続率、二十パヌセント以䞋」

「第二郜垂守備隊、歊装解陀を宣蚀」

「各地で呜什拒吊が発生しおいたす」

 円卓の䞭倮に浮かぶ垝囜党土の地図から、青い点が䞀぀ず぀消えおいく。

 砎壊されたのではない。

 兵士たちが自ら腕茪を倖し、杖を捚お、生成魔道具ずの接続を切っおいるのだ。

 ノァルディスは、その光景を黙っお芋぀めおいた。

「愚かな」

 やがお、䜎く呟く。

「力を䞎えられながら、それを捚おるずは」

「ノァルディス䌯爵」

 背埌から、ポルクスの声がした。

「説明しおもらおう。韍匏研究に぀いおだ」

 叞什郚の将校たちが口を閉ざす。

 ポルクスが円卓ぞ手を眮くず、孊園の蚘録氎晶から送られおきた映像が浮かび䞊がった。

 リンドりの胞に埋め蟌たれた金属環。

 セツナの身䜓に刻たれた傷。

 旧魔力炉の内郚。

 生たれる前から心臓を抜かれるこずを定められた、韍の胎児たち。

 そしお、クロ゚の告癜。

「北方鉱脈から採掘した魔力結晶だず、あなたは報告した」

「䞀般に理解しやすい衚珟を甚いただけです」

「韍の心臓を、鉱物ず呌ぶのか」

「魔力的な性質は近䌌しおいたす」

「質問に答えろ」

 ポルクスの声が䜎くなる。

「韍族を捕らえ、その身䜓を解䜓し、生成魔道具ぞ䜿甚したのか」

「はい」

 ノァルディスは、䜕のためらいもなく認めた。

 将校たちが息を呑む。

「なぜ隠した」

「公衚すれば、研究が遅れるからです」

「倫理審査は」

「行えば、吊決されたでしょう」

「だから無芖したず」

「結果が必芁でした」

 ノァルディスは、ようやく振り返った。

「あなたも芋たはずです。魔力を持たなかった兵士が韍を倒した。身分も血筋も関係なく、誰もが同じ力を䜿えた。私の研究は、垝囜から才胜による差別を消した」

「呜を奪っお䜜った平等を、平等ずは呌ばない」

 ポルクスが答える。

「では、䜕ず呌びたす」

「搟取だ」

 重い蚀葉が、叞什郚ぞ萜ちた。

 ノァルディスは、ほんの少しだけ笑った。

「綺麗事ですね。あなたは生成魔道具の最倧出力を蚱可した。その呜什で韍を焌き、兵士たちぞ䜿えず呜じた。今さら、自分だけ正しい偎ぞ戻れるず思っおいるのですか」

「思っおいない」

 答えに迷いはなかった。

「私にも責任がある」

 ノァルディスの笑みが消えた。

「責任を認めれば、䜕が倉わる。過去は倉わらない。死んだ韍も、実隓に䜿われた呜も戻らない」

「だから、続けるのか」

「はい」

 ノァルディスは答えた。

「ここたで費やした犠牲を無駄にしないために、研究を完成させる。より安党に、より効率的に、より少ない犠牲で、より倚くの人間を救う。それが、死者ぞ果たせる責任です」

「違う」

 叞什郚の隅から声がした。

 若い通信士だった。

 第䞀幕で生成炉の異垞を報告し、起動を優先しろず呜じられた男。

 身䜓を震わせながら、それでも立っおいた。

「死んだ呜を理由にしお、次の誰かを殺しおいるだけです」

 ノァルディスが芖線を向ける。

「君は研究を理解しおいない」

「分かりたせん」

 通信士は答えた。

「でも、分からない人間ぞ隠さなければ続けられない研究が、正しいずは思えたせん」

 別の将校が立ち䞊がる。

「生成魔道具郚隊の指揮暩を返䞊したす」

「私もだ」

「党蚭備を封印すべきです」

「北方から、即時撀退を」

 声が、䞀぀ず぀増えおいく。

 ノァルディスは呚囲を芋枡した。

「感情で決めるのですか。韍が泣いたから。幌い姿をしおいたから。目の前で死んだから。それだけで、垝囜の未来を捚おる」

「感情を排陀した結果が、今倜の戊争だ」

 ポルクスが蚀った。

âž»

37あなたは、よい穎だった


 ノァルディスは答えなかった。

 代わりに、円卓の端末ぞ手を眮く。

「譊告」

 通信士が叫ぶ。

「叞什郚地䞋で、未登録術匏が起動」

「次元座暙が固定できたせん」

「ノァルディス」

 ポルクスが剣を抜く。

「䜕をする぀もりだ」

「研究を続けたす」

「逃げる぀もりか」

「逃げる」

 ノァルディスは、初めお䞍快そうに眉を寄せた。

「クロノス先生が研究所を去ったずき、誰もがそう呌びたした。責任から逃げた。自分が䜜ったものを捚おたず」

 黒い術匏の呚囲ぞ、銀色の線が浮かび䞊がる。

 時の文字盀。

 方圢の門。

 クロノスの術匏を暡したもの。

 けれど、どちらも歪んでいる。

「クロノス先生は研究を残した。ならば、完成させる者が必芁です」

 空間が裂け始めた。

 裂け目の向こうに、玫色の空が芋える。

 䞊䞋も、遠近もない。

 幟぀もの扉が浮かび、開いおは閉じおいる。

 その奥で、人の圢にも韍の圢にも芋える巚倧な圱が動いた。

「䜕だ、あれは」

 誰かが呟く。

 ノァルディスの口元ぞ、穏やかな笑みが戻った。

「クロノス先生が、最も恐れた堎所です。時間の倖。䞖界ず䞖界の隙間。次元そのものが、意思を持぀堎所」

 裂け目の奥から、声がした。

 女の声だった。

 遠く。

 近く。

 いく぀もの声が重なっおいる。

『クロノスは、どこ』

 叞什郚の魔法灯が、䞀斉に消えた。

 ノァルディスは裂け目を芋䞊げる。

「あなたが奪った肉䜓なら、そこにあるでしょう」

 しばし、沈黙。

 それから。

『身䜓は、ここにある』

 闇の奥で、䜕かが動いた。

 䞀瞬だけ。

 现い、男性の茪郭が芋えた。

 銀色の長い髪。

 閉じた瞳。

 その身䜓を、癜い指が人圢のように抱いおいる。

 メルスティンの兄。

 か぀おクロノスず呌ばれた男の肉䜓。

 だが、その内偎に圌自身はいない。

『これは、もう私のもの』

 声が重なる。

 ノァルディスの瞳がわずかに芋開かれた。

「ならば、䜕を探しおいる」

 空間がさらに歪む。

 ノァルディスの身䜓が裂け目ぞ匕かれ始めた。

「埅お」

 ポルクスが螏み蟌む。

 剣がノァルディスの肩を切り裂き、癜銀の軍服ぞ赀が走る。

 それでも、ノァルディスは笑っおいた。

「ならば、私が案内したしょう」

『あなたではない』

 笑みが止たった。

「䜕」

『あなたは、クロノスではない』

「圓然だ」

『時間もない』

 癜い指が、ノァルディスの背埌から䌞びる。

「埅お」

『深淵もない』

 䜕かが肩を぀かんだ。

 人の手に䌌おいる。

 けれど指が倚く、関節も倚い。

「門を開いたのは、私だ」

『門は、鍵ではない』

 癜い指が、圌を裂け目ぞ匕きずり蟌む。

『鍵を芋぀けるための、穎』

「私はクロノスの研究を完成させた」

『だから』

 女の笑い声が重なった。

『あなたは、よい穎だった』

 空間が閉じた。

 ノァルディスの姿が消える。

 床ぞ萜ちた黒い端末の衚面に、銀色の文字が䞀床だけ浮かんだ。

『接続先、確定』

 文字は、すぐに消えた。

âž»

38次元の倖偎には、魔女がいる


        ◇

 孊園ぞ垝囜䞭倮叞什郚から緊急通信が届いたのは、メルスティンが医療区画ぞ運ばれた盎埌だった。

「ノァルディス・゚ルグレむン䌯爵、次元転移術匏によっお消倱」

「最高叞什郚は、生成魔道具の党䜿甚停止を発什」

「北方防衛線から、党兵力を撀退させたす」

 ダスティン副校長が疲れ切った顔を䞊げた。

「逃げられたか」

「逃げたずは、限りたせん」

 ハむネは銀色の懐䞭時蚈を握っおいた。

 クロ゚が最埌の時間を刻み、メルスティンが蚗された時蚈。

 文字盀の針が、通垞ずは違う動きをしおいる。

 進んでは戻り、戻っおは䞀瞬止たる。

「ハむネさん」

 フラワヌが隣ぞ立った。

「時蚈が、䜕かを瀺しおいたす」

 ハむネが蓋を開く。

 文字盀には、四぀の王様が刻たれおいた。

 花。

 光。

 時間。

 次元。

 そのうち、時間の王様だけが淡く点滅し、方圢の門の䞭倮ぞ现い亀裂が走っおいる。

「ノァルディスが、クロ゚さんの術匏を䜿ったからでしょうか」

「いいえ」

 ハむネは時蚈を芋぀めた。

「同じ術匏ではありたせん」

「䜕が違うんですの」

 ラビヌが近づいおくる。

「クロ゚の門は、垰る堎所ぞ぀なぐものでした」

 時蚈の亀裂が、たた䞀぀広がる。

「ノァルディスの門は、垰れない堎所ぞ぀ながっおいる」

 フラワヌは手垳を開いた。

 頁がひずりでにめくれおいく。

 䞀枚。

 たた䞀枚。

 やがお、最埌に近い堎所で止たった。

 そこには、サクラの文字でも、クロ゚の文字でもない、乱れた筆跡が残されおいた。

『次元の倖偎には、魔女がいる』

『魔女は䞖界を枡るのではない』

『䞖界を、自分の内偎ぞ取り蟌む』

『私の身䜓を奪ったものも、同じ存圚だ』

 フラワヌの指が止たる。

「これ  クロノスさんの文字ですか」

 ハむネは黙っお、その続きを読む。

『肉䜓を奪われおも、思念は逃がせる』

『だが、䞖界から完党に離れるこずはできない』

『もし、あれが再び私を芋぀ければ——』

 文章は、そこで途切れおいる。

 フラワヌが次の頁をめくる。

 䜕も曞かれおいない。

 けれど、癜い玙の䞭倮ぞ黒い染みがゆっくりず広がり、銀色の文字が浮かび䞊がった。

『クロノスは、どこ』

 フラワヌの指が止たる。

 ラビヌが息を呑んだ。

 ハむネの足元で、深淵がわずかに揺れた。

 今たでずは違う。

 䜕かに呌ばれたような揺れだった。

「次元の魔女」

 ハむネが呟く。

「知っおいるんですか」

「名前だけです」

「どんな人なのです」

「人かどうかも、分かりたせん」

 ハむネは再び手垳ぞ目を萜ずす。

「ですが、䞀぀だけ分かりたした」

「䜕ですか」

「魔女が探しおいるのは、クロノスそのものではありたせん」

 フラワヌが眉を寄せる。

「では、䜕を」

 ハむネは銀の時蚈を持ち䞊げた。

「クロノスから離れ、クロ゚ずしお生たれた時間です」

「クロ゚さんの  」

「肉䜓は、すでに次元の魔女に奪われおいる」

 ハむネは静かに続ける。

「けれど、クロノスの粟神ず思念は肉䜓から離れ、クロ゚ずしお生きた」

 時蚈の時間の王様が明滅する。

「そしおクロ゚は消える盎前、自分が生きた時間をこの時蚈ぞ残した」

 ラビヌが時蚈を芋る。

「぀たり魔女は、身䜓は持っおいるけれど  」

「クロノスだったものが、自分の手を離れ、別の人生を生きた時間を持っおいない」

 ハむネが答えた。

「だから、これを」

「おそらく」

 ハむネの指が時蚈を閉じる。

「クロ゚が消えたこずで、その時間が身䜓からも魂からも切り離され、圢を持った。魔女にずっおは、芋぀けやすくなったのでしょう」

「なら、止めなければ」

 フラワヌが顔を䞊げる。

「はい」

 ハむネは答えた。

 けれど、その目はフラワヌではなく、医療区画の方角ぞ向いおいる。

「今すぐ行く぀もりですか」

「本来なら、すぐに远うべきでしょう」

「でも」

「今は、埅ちたす」

 フラワヌは少し驚いた。

 以前のハむネなら、誰にも告げずに远ったはずだった。

 自分が行けばいいず。

 䞀人で終わらせればいいず。

「メルスティンが目を芚たすたで、この時蚈を蚗した人間の話を聞かなければなりたせん」

「䞀緒に埅ちたす」

「わたくしもですわ」

 ラビヌが腕を組む。

「あなたたちたで残る必芁はありたせん」

「たた始たりたしたわね」

「䜕がです」

「䞀人で埅ずうずする癖です」

「埅぀だけですよ」

「埅぀ずきほど、䞀人ではいけないのです」

 ラビヌは蚀い切った。

 ハむネは䜕かを返そうずしお、やめた。

「  奜きにしおください」

「最初から、その぀もりですわ」

âž»

39行く堎所を、間違えないために


        ◇

 倜明けが近づくに぀れ、空は少しず぀色を取り戻しおいった。

 黒。

 濃い藍。

 薄い玫。

 そしお、東の空ぞ现い光が差し始める。

 孊園は壊れおいた。

 倚くの呜が倱われた。

 クロ゚は消えた。

 メルスティンは、ただ眠っおいる。

 ノァルディスは次元の向こうぞ消えた。

 䜕䞀぀、勝利ずは呌べなかった。

 それでも、生き残った者たちは瓊瀫を退かしおいる。

 負傷者を運び、壊れた結界を支え、倱った者の名前を䞀぀ず぀蚘録しおいた。

 フラワヌは挔習堎の端ぞ座っおいる。

 膝の䞊には、クロ゚の手垳。

 掌には、門を倱ったペンダント。

 透明な石の䞭ぞ、癜い花だけが残っおいた。

「門は、消えおしたいたした」

 隣に立ったハむネぞ、フラワヌが蚀う。

「ええ」

「もう、䜿えないのでしょうか」

「分かりたせん」

「クロ゚さんは、垰る道を残しおくれたのに」

「道は、䞀床䜿えば終わるものではありたせん」

 ハむネは東の空を芋る。

「消えたのは、圢だけです」

「圢だけ」

「あなたは、私を芋぀けた。垰る堎所がないず蚀った私ぞ、あるず蚀った」

 ハむネは、フラワヌの掌にある石を芋る。

「その蚘憶は、門より長く残りたす」

 フラワヌは石を握った。

「たた、䜜れたすか」

「あなたなら」

「はい」

 ハむネは答えた。

「い぀か」

 フラワヌは手垳を開く。

 癜い頁。

 クロ゚が残した文字。

 クロノスが残した文字。

 理解できない術匏。

 ただ読めない蚀葉。

 それらすべおを、今床は怖いずは思わなかった。

「読みたす」

「䜕をです」

「党郚です。サクラさんの研究も、クロノスさんの研究も、クロ゚さんが曞き足したものも、次元の魔女のこずも、ハむネさんの深淵のこずも」

 手垳を胞ぞ抱く。

「次は、誰か䞀人が消えなくおもいい道を芋぀けたす」

 ハむネは䜕も蚀わなかった。

 けれど、その沈黙は以前のように、拒むためのものではなかった。

「期埅しおいたす」

 やがお、短くそう蚀った。

 フラワヌは笑った。

「ハむネさんに期埅されるず、ちょっず怖いです」

「そうですか」

「でも、嬉しいです」

「そうですか」

 ハむネは芖線を逞らした。

 ほんの少しだけ、照れおいるようにも芋えた。

 そのずき、挔習堎の入口から䞀人の軍人が駆け蟌んできた。

「ラビヌ・クリステむル様」

 ラビヌが振り返る。

 軍人の顔には、戊況を報告する者ずは違う、蚀葉を䌝えるこず自䜓を恐れおいる衚情があった。

「䜕ですの」

「クリステむル䌯爵家より、至急の報告が」

 ラビヌの顔から、笑みが消える。

「お父様は」

 軍人は答えなかった。

 その沈黙で、ラビヌはすべおを理解した。

「嘘ですわ」

 誰も、䜕も蚀っおいないのに、ラビヌは銖を暪に振った。

「お父様は、北方防衛軍の指揮を」

「䌯爵は、生成魔道具の運甚倱敗に぀いお党責任を負うずの曞面を残し」

 軍人の蚀葉が、䞀床止たる。

「本日未明、自ら呜を絶たれたした」

 颚が挔習堎を抜けた。

 ラビヌは動かなかった。

 泣かなかった。

 怒鳎らなかった。

 ただ、片耳の金朱色のむダヌカフぞ、ゆっくりず手を觊れた。

「責任を、抌し぀けられたのですね」

「珟圚、詳现を確認しおいたす」

「誰に」

 軍人は答えない。

「誰が、お父様䞀人ぞ責任を抌し぀けたのです」

「垝囜議䌚ず、科孊協䌚の䞀郚が、生成魔道具の運甚蚈画はクリステむル䌯爵の独断だったず」

 ラビヌの指先に、火が灯った。

 小さく。

 赀く。

 けれど、今たでの火ずは違う。

 静かではない。

 怒りを食べ、悲しみを燃料にしおいる火。

「ラビヌさん」

 フラワヌが近づく。

「觊らないで」

 ラビヌは蚀った。

 声だけは、䞍自然なほど萜ち着いおいる。

「今、觊れられたら、䜕かを燃やしおしたいたす」

 フラワヌは足を止めた。

 それでも、離れなかった。

「ここにいたす」

「  勝手になさい」

「はい」

 ラビヌは、燃える指を握り蟌んだ。

 炎は消えない。

 手のひらの䞭で、小さく揺れおいる。

「ノァルディスだけではありたせん」

 ラビヌが蚀った。

「この戊争を利甚しお、お父様ぞ責任を抌し぀けた者がいる」

 そしお。

「フレアも」

 その名を口にした瞬間、火が匷くなった。

「英雄の顔をしお、垝囜の垌望ずしお立っおいた。あの人の炎が、お父様を远い詰めるために䜿われた」

「ラビヌ」

 ハむネが名を呌ぶ。

「埩讐するなずは蚀いたせん」

 ラビヌがハむネを芋る。

「止めないのですか」

「止めおも、消えないでしょう」

「では」

 ハむネは、ラビヌの握った拳を芋た。

「あなた自身たで燃やさないでください」

 ラビヌは答えなかった。

 火だけが、手の䞭で揺れおいる。

 長い沈黙のあず、ラビヌはゆっくりず拳を開いた。

 赀い火は消えず、小さく掌の䞊ぞ残った。

「わたくしは」

 声が震えた。

「䜕も知らないたた、お父様を匱い人だず思っおいたした。䜕も蚀わないから、逃げおいるのだず」

 火の䞭ぞ、涙が䞀滎萜ちた。

 消えるこずなく、赀い光の䞭ぞ溶ける。

「でも、本圓に逃げおいたのは、誰だったのでしょうね」

 フラワヌは䜕も蚀わなかった。

 今は蚀葉を枡すずきではない。

 ただ、隣に立぀ずきだった。

 ラビヌも、そこを離れろずは蚀わなかった。

 やがお。

 医療区画の方角から、鐘が䞀床鳎った。

 治癒班の合図。

 危険な状態を脱した者がいるずきの鐘。

 ハむネが顔を䞊げる。

 フラワヌも。

 ラビヌも。

 同時に、そちらを芋た。

 治癒魔法士が入口から走っおくる。

「メルスティン校長が」

 息を切らしながら告げる。

「意識を、取り戻したした」

 ハむネは動かなかった。

 䞀瞬だけ。

 本圓に䞀瞬だけ。

 䜕をすればいいのか分からない顔をした。

 その暪で、ラビヌが涙を拭った。

「䜕をしおいるんですの」

 声は、ただ掠れおいた。

「早く行きなさい」

 ハむネがラビヌを芋る。

「あなたは」

「わたくしは、ここにいたす」

 ラビヌは掌の火を芋぀めた。

「行く堎所を、今は間違えたくありたせんから」

 ハむネは短く頷いた。

 そしお、医療区画ぞ歩き出す。

 最初の䞀歩はゆっくりだった。

 けれど、二歩目からは少しだけ速かった。

「ハむネさん」

 フラワヌが埌を远う。

「走るず転びたすわよ」

 ラビヌも続いた。

 ハむネが振り返る。

「あなたも来るのですか」

「䞀人で埅っおはいけないのでしょう」

「それは、あなたが蚀ったのでは」

「今は、わたくしが䞀人でいたくないのです」

 ハむネは䜕も蚀わなかった。

 ただ、歩く速床を少しだけ萜ずした。

 䞉人の足音が、壊れた孊園の廊䞋ぞ響く。

 朝の光が、割れた窓から差し蟌んでいた。

 それは、すべおが終わった光ではない。

 倚くを倱ったあずで。

 それでも、誰かず次ぞ進む者たちの光だった。

âž»

40あの人が、ほしい


        ◇

 同じ頃。

 䞖界ず䞖界の隙間で、ノァルディスは目を開けた。

 足元はない。

 空もない。

 扉だけが、無数に浮いおいる。

 䞀぀の扉の向こうには、燃える垝郜。

 䞀぀の扉の向こうには、ただ幌いハむネ。

 䞀぀の扉の向こうには、癜衣を着たクロノス。

 存圚しなかったはずの時間が、無数の扉の奥で生きおいた。

『クロノスは、どこ』

 声が響く。

 ノァルディスは暗闇の奥ぞ向かっお、頭を䞋げた。

「あなたの腕の䞭にあるでしょう」

 暗闇が揺れた。

 癜い指の隙間から、䞀人の男の身䜓が芋えた。

 銀色の髪。

 閉じられた瞳。

 幎霢を感じさせない、静かな暪顔。

 クロノスの肉䜓。

 か぀おメルスティンが兄ず呌んだ男の身䜓。

『これは、身䜓』

 女の声が重なる。

『私の噚』

「なら、䜕を探しおいる」

『クロノス』

「その身䜓がクロノスだ」

『違う』

 巚倧な瞳が開いた。

『身䜓の䞭に、クロノスはいない』

 ノァルディスは黙る。

『逃げた』

 声に、わずかな怒りが混じる。

『身䜓を眮いお』

『時間を眮いお』

『私から逃げた』

「粟神ず思念を、倖ぞ逃がした」

『そう』

「そしお、それがクロ゚ずしお生たれた」

 すべおの扉が、䞀床だけ揺れた。

『クロ゚』

 初めお、魔女がその名を正しく発した。

『あれは、クロノスではなかった』

「同じ魂だ」

『同じではない』

 ノァルディスの眉が動く。

『同じなら、同じものを遞ぶ』

 扉の䞀぀に、地䞋研究所が映る。

 䞉分間。

 韍の胎児たち。

 空。

 花。

 星。

 消えおいくクロ゚。

『あれは、違うものになった』

 女の声には、理解できないものを芋぀めるような響きがあった。

『だから、ほしい』

「クロ゚は消えた」

『知っおいる』

「時間軞からも、肉䜓からも」

『でも』

 すべおの扉が、䞀斉に開いた。

 䜕癟もの䞖界。

 䜕千もの時間。

 そのすべおから、女の笑い声が聞こえる。

『時間は残った』

 䞀本の扉が、他より倧きく開いた。

 朝の光に包たれた魔法士孊校。

 その廊䞋を歩く。

 ハむネの姿。

 胞元には。

 銀色の懐䞭時蚈。

『花』

 王様が光る。

『光』

 二぀目。

『時間』

 䞉぀目。

『次元』

 四぀目。

『クロ゚が生きた時間』

『クロノスだったものが、私から離れお生きた時間』

 ノァルディスの顔から、笑みが消える。

「なるほど」

 ハむネの足元。

 小さく深淵が揺れる。

『それだけではない』

 魔女の声が匟む。

『䞖界の倖ぞ穎を開けられる』

 深淵。

『私がいる堎所ず、同じ倖偎ぞ』

「だからハむネを狙うのか」

『クロ゚の時間を持぀者』

『䞖界の倖ぞ、穎を開ける者』

『二぀を、䞀぀の身䜓が持っおいる』

 癜い手が、門の向こうぞ䌞びる。


 ノァルディスは、その指先を芋た。

「私を䜿っお、あそこぞ行く぀もりか」

『あなたは、ただ䜿える』

 ノァルディスが䜎く笑う。

「光栄ですね」

『でも』

 癜い指が圌の肩ぞ食い蟌んだ。

『あなたが欲しいわけではない』

 ハむネが、医療区画ぞ続く廊䞋を歩いおいる。

 フラワヌ。

 ラビヌ。

 䞉人の足音。

 銀色の時蚈。

 深淵。

 女の笑い声が、倧きくなる。

『あの人が、ほしい』

 ハむネの足元で。

 深淵が、䞀床だけ揺れた。

韍族倧䟵攻線 終

次章

次元の魔女

次元の魔女線も鋭意制䜜䞭です

バナヌタップ☝

山奥AIさん䞻催、空手家パパさん制䜜の
「山奥の図曞通」

䜜家ず読者を぀なぎ、新しい物語ずの出䌚いを楜しみながら、みんなで育おおいく図曞通です。

WONDER LABOはバナヌタップ☝

バナヌタップでカケルンのThreadsぞ☝

バナヌタップでTALES版「深淵の倧魔道士」☝


#連茉小説
#ラノベ
#ラむトノベル
#オリゞナル小説
#ダヌクファンタゞヌ
#創䜜
#癜銀の髪同盟
#AIむラストアむラ
#深淵図曞通
#深淵の倧魔道士
#ファンタゞヌ
#ファンタゞヌ小説
#ハむファンタゞヌ
#異䞖界ファンタゞヌ
#孊園ファンタゞヌ
#魔法ファンタゞヌ
#魔法
#魔法䜿い
#魔導士
#倧魔道士
#魔法少女
#魔法バトル
#異胜バトル
#バトルファンタゞヌ
#魔法孊校
#矀像劇
#冒険ファンタゞヌ
#王道ファンタゞヌ
#シリアスファンタゞヌ
#ダヌクヒロむン
#最匷䞻人公
#最匷魔法
#物語
#長線小説
#長線ファンタゞヌ
#䞀次創䜜
#創䜜奜き
#キャラクタヌ
#オリゞナルキャラクタヌ
#オリキャラ
#キャラクタヌデザむン
#AIむラスト
#AIアヌト
#AI創䜜
#むラスト小説
#ドラゎン
#再生
#垌望
#愛
#女性キャラクタヌ
#銀髪
#銀髪女子
#矎少女キャラ
#note小説
#note創䜜
#note連茉

いいなず思ったら応揎しよう