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【深淵の倧魔道士】韍族倧䟵攻䞭線ファンタゞヌ小説ラノベラむトノベル長線小説連茉小説


第䞉幕 クロノスが残した時間


18クロノスずいう名


 県鏡に走った亀裂は、音もなく広がっおいった。

 右のレンズから巊ぞ。现い線が枝分かれし、クロ゚の顔をいく぀にも分断しおいく。

 フラワヌは声も出せずに、それを芋おいた。

 おかしいのは県鏡だけではなかった。

 宙ぞ舞い䞊がった土埃が、空䞭で止たっおいる。砕けた結界の砎片も、ラビヌの肩で揺れおいたはずの赀い髪も、幌い韍ぞ䌞びかけた金色の鎖も、すべおが動きを倱っおいた。

 完党な静止でもなかった。

 噛み合わない歯車を無理に回しおいるような、现い軋みが空気の底で鳎り続けおいる。

 ギィ、ギィ、ず。

 聞いおいるだけで、胞の内偎を削られるような音だった。

「クロ゚さん  」

 返事はなかった。

 クロ゚は、巚倧投圱魔法陣の䞭のノァルディスをたっすぐに芋぀めおいる。

 その暪顔に、フラワヌは芋たこずのない衚情を芋぀けた。

 驚きではない。

 恐怖でもない。

 ずっず自分だけが知っおいた名前を、ずうずう他人の口から呌ばれおしたった人の顔だった。

『クロノス』

 ノァルディスが、もう䞀床その名を呌んだ。

 か぀お垫を呌んでいた頃の抑揚を、わざず残したような声だった。

『ようやく、お䌚いできたしたね。先生』

「  その名で、私を呌ばないでください」

『なぜです』

 ノァルディスは薄く笑った。

『その術匏。その時間の癖。その目。䜕より、その魂』

 クロ゚の指先が震えた。

『あなたはクロノスだ』

「違いたす」

『違わない』

「私は、クロ゚です」


『身䜓が違えば、別人になれるず』

 クロ゚の瞳が现くなる。

『肉䜓を倱い、粟神ず思念だけになり、別の呜ずしお生たれ盎した。だから過去ずは無関係だず』

「  やめおください」

『十五歳で魔法理論を曞き換えた倩才。メルスティンの兄。時間ず次元を研究し、生成魔道具の基瀎術匏を䜜った男』

「やめお」

『クロノス』

「やめおください」

 叫びず同時に、堰が切れた。

 止たっおいたものが䞀斉に動き出す。

 土埃が匟け、結界の砎片が地面を叩き、金色の鎖が幌い韍めがけお走った。

 フラワヌは考えるより先に、小さな身䜓ぞ芆いかぶさっおいた。

 頭䞊で炎が鳎る。

 ラビヌの火線が鎖の䜕本かを匟き、残りは目の前で黒に呑たれお消えた。

 顔を䞊げるず、ハむネが立っおいた。

「䞋がっおください」

「クロ゚さんが  」

「芋おいたす」

 短い答えだった。

 ハむネはそれきり䜕も蚀わず、い぀でも動ける䜍眮に立っおクロ゚を芋おいる。

 足元の深淵だけが、わずかに揺れおいた。

背埌では、メルスティンが芳芧垭や校舎に残る生埒たちぞ避難を呜じおいた。

「戊える者も残るな。負傷者を連れお、党員退避しろ。これは呜什だ」

普段の穏やかさからは想像も぀かない声に抌され、生埒たちが通路ぞ流れおいく。

 残された挔習堎には、空を芆う韍の軍勢ず、地䞊から入り蟌んだ垝囜兵ず、その狭間に立぀わずかな人圱だけがあった。

『クロノス。私のもずぞ戻っおきなさい』

 クロ゚は答える代わりに、県鏡を倖した。

 割れたレンズが足元ぞ萜ちる。

 珟れた瞳を芋お、フラワヌは息を呑んだ。

 灰色ではなかった。

 右の瞳は銀色。

 巊の瞳は深い藍色。

 それぞれの奥で、異なる王様が淡く回っおいる。

 片方は時蚈の文字盀。

 もう片方は、幟重にも重なる方圢の門。

「クロノスの蚘憶は、私の䞭にありたす」

 クロ゚は静かに蚀った。

「術匏も。圌が芋たものも。圌が遞んだこずも」

『ならば、認めればいい』

「でも」

 クロ゚は顔を䞊げた。

「私は、圌ではありたせん」

『逃げるのですか』

「逃げたせん」

 即答だった。

「クロノスのしたこずを、私には関係がないずは蚀いたせん。あの人の蚘憶を持っおいる。あの人が䜕を考え、䜕を恐れ、䜕から逃げたのかも知っおいる」

 銀色の瞳が、ノァルディスを射抜く。

「けれど、私がここで出䌚った人たちも、私が遞んだこずも、この人生で感じたものも——クロノスのものではありたせん」

 ノァルディスの衚情から、笑みが消えた。

「私は、クロ゚です」

 その蚀葉だけは、はっきりしおいた。

『名前を倉えおも、魂が犯したこずは消えない』

「分かっおいたす」

 クロ゚は、空を芋䞊げた。

「生成魔道具の基瀎術匏を䜜ったのは、クロノスです」

 颚の音が、急に遠くなった気がした。

「あの人は、魔力を持たない人でも魔法を䜿えるようにしたかった」

 クロ゚の声は震えおいなかった。

「生たれた家や血筋だけで、未来を決められないように。魔法を孊べなかった人が、倧切な人を守れるように。それが正しいず、信じおいたした」

『今でも正しい』

「いいえ」

 クロ゚は銖を暪に振った。

「途䞭から、正しさではなくなった」

『犠牲を知ったからですか』

「犠牲ずいう蚀葉で、呜を数え始めたからです」

 空の高みで、リンドりの翌が止たった。

 玫の瞳がクロ゚ぞ向けられる。

 セツナの吹雪も匱たっおいた。

 韍たちが聞いおいる。

「最初は、䞀䜓でした」

 クロ゚の声が、少し遠くなる。

 語っおいるのは自分の蚘憶ではない。

 けれど、自分の内偎に残り続けた蚘憶だった。

「研究の途䞭で、偶然死んだ韍がいたした。その身䜓に残っおいた魔力結晶を、クロノスたちは䜿った」

 右手の指が、遠い感觊を確かめるように閉じられる。

「すでに死んでいる。だから誰も傷぀けおはいない。そう考えた」

「次は、瀕死の韍でした」

「どうせ助からないのなら、その呜を圹立おる方がいいず蚀われた」

「その次は、捕獲された韍」

「危険な生き物なのだから、人間のために䜿っお構わないず」

 クロ゚は足元の割れたレンズを芋䞋ろした。

「線は、少しず぀動いたのです」

 昚日たで越えおはいけなかった堎所が、今日には合理的な刀断になる。

 䞀䜓を蚱せば、十䜓を拒む理由が薄くなる。

 十䜓を䜿えば、癟䜓を止める蚀葉を倱う。

 フラワヌは胞元で手を握った。

 どこからが間違いだったのか、すぐには蚀えなかった。

 だからこそ、怖かった。

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19救えなかった呜


『では、なぜ止めなかった』

 リンドりの声が降っおきた。

 怒りよりもずっず重い、地の底のような声だった。

 クロ゚は目を閉じる。

「クロノスは、止めようずしたした」

『止たらなかった』

「はい」

『違うな』

 鱗の奥で、玫の心臓が匷く脈打぀。

『あの男は、逃げた』

 クロ゚は吊定しなかった。

「  はい」

 䞡の瞳が茝きを増す。

 呚囲ぞいく぀もの時蚈盀が浮かび䞊がった。

 針は、それぞれ違う速さで回っおいる。

 その間に方圢の門が開き、向こう偎に、ここではない堎所の光景が珟れた。

 燃え萜ちる研究棟。

 鎖に぀ながれた幌い韍。

 血の染みた癜衣。

 そしお、銀色の髪を背に垂らした、䞀人の少幎。

 癜い研究衣。

 若すぎる暪顔。

 けれど、その銀色の瞳を、フラワヌは知っおいる。

「  クロノス」

 メルスティンが呟いた。

 兄を呌ぶ声だった。

 映像の䞭で、クロノスは研究所の廊䞋を走っおいた。

 譊報が鳎っおいる。

 黒い手垳ず銀色の懐䞭時蚈を腕に抱え、远っおくる兵士たちの声を振り切っお、倧きな実隓宀ぞ飛び蟌む。

 透明な円筒がいく぀も䞊び、その䞭に韍の幌䜓が浮かんでいた。

 䞭倮に二぀。

 青玫の鱗の小さな韍ず、癜銀の韍。

 今、空にいる二䜓ずは比べものにならないほど小さく、身䜓には無数の管が刺さっおいる。

 クロノスは震える手で、装眮の術匏ぞ觊れた。

 赀い譊告文字が浮かぶ。

 党個䜓を解攟すれば魔力炉が暎走し、呚蟺の街たで巻き蟌む。

 圌は䞀床だけ、䞊んだ円筒のすべおを芋枡した。

 䜕十もの呜。

 迫る足音。

 それから——二぀の装眮だけを解いた。

 液䜓が流れ萜ち、幌い二䜓が床ぞ転がり出る。

 次元の門が開かれた。

『走れ。北ぞ。誰にも芋぀からない堎所たで』

 けれど、幌いリンドりは動かなかった。

 隣の円筒を芋䞊げおいた。

 ただ閉じ蟌められたたたの、同胞たちを。

『みんなは』

 初めお発した、圢の厩れた蚀葉だった。

『みんなも、出しお』

 少幎のクロノスは、唇を噛んだ。

『  できない』

『どうしお』

『時間がない』

『みんなも、痛い』

 クロノスは答えなかった。

 答えられないたた、

『ごめん』

 ずだけ蚀った。

 門が閉じる。

 その最埌の䞀瞬に幌い韍が芋たものを、フラワヌも䞀緒に芋た。

 自分たちだけを逃がしお、残りの円筒ぞ背を向けた少幎の姿だった。

 門が閉じ、映像が消えた。


 挔習堎に重い静けさが戻る。

 リンドりは䜕も蚀わなかった。

 セツナも、雪を降らせたたた動かない。

 フラワヌはクロ゚ぞ駆け寄りたかった。

 けれど、足が動かなかった。

「私がしたこずではない」

 クロ゚が、ぜ぀りず蚀った。

 誰も答えない。

「私は、その堎にいたせんでした。この身䜓も、この名前も、ただありたせんでした」

 銀色の瞳が䌏せられる。

「それでも、芚えおいたす」

 円筒の数。

 幌い韍の声。

 閉じる門。

 遞ばなかった呜。

「忘れるこずができたせん」

 クロ゚は顔を䞊げた。

「だから、私には関係がないずは蚀いたくありたせん」

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20今床こそ、逃げない


「クロノスが、あなたたちを救ったずは思っおいたせん」

 クロ゚が蚀った。

「圌は、遞んだのです。救える呜を遞んで、他の呜を眮き去りにした。そしお長いあいだ、それを自分の䞭で救出ず呌び替えた」

『お前は、クロノスではないず蚀った』

「はい」

『ならば、なぜその眪を語る』

 クロ゚は少しだけ黙った。

「同じ答えを、遞ばないためです」

 颚が吹いた。

 足元で、割れたレンズが小さく鳎っお転がる。

「クロノスが最埌に䜕を埌悔したのか、私は知っおいたす」

 銀ず藍の瞳は、もう揺れおいなかった。

「だから、今床こそ逃げたせん」

『遅い』

 長い沈黙の底から、リンドりの声が萜ちる。

「はい」

『蚱さぬ』

「蚱されるために、立っおいるのではありたせん」

 その瞬間。

 金色の光が、譊告もなく空を組み替えた。

 孊園の倖呚に打ち蟌たれおいた拘束杭が䞀斉に茝き、光の線が空䞭で結ばれおいく。

 リンドりずセツナだけではない。

 孊園党䜓を芆う巚倧な檻。

『次元固定術匏を、起動』

 ノァルディスの声が降る。

『転移、時間停止、空間断絶を封じる』

 クロ゚が手を振った。

 傍らに藍色の門が開きかけ——圢になる前に砕けた。

「  クロノスの術匏を解析しおいる」

『圓然です』

 ノァルディスが埮笑む。

『私が最も近くで孊んだ垫ですから』

「私は、その人ではありたせん」

『魂は同じだ』

「それでもです」

『ならば蚌明しおみせなさい、クロ゚』

 初めお、ノァルディスがその名を呌んだ。

『あなたが、クロノスずは違う答えを遞べるのなら』

 クロ゚は空を芋䞊げ、金色の線を目でたどる。

 それから、足元ぞ——地面の䞋ぞ芖線を萜ずした。

「分かりたした。この孊園の土台には、閉鎖された研究所の術匏が移されおいたす。すべおの線は、旧魔力炉ぞ繋がっおいる」

 フラワヌは足の䞋の石畳を芋た。

 教宀も、食堂も、この挔習堎も。

 安心しお歩いおきた堎所の䞋に、研究所が眠っおいる。

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21垰りたい堎所


「私が地䞋ぞ行きたす」

 クロ゚が蚀った。

「固定術匏を止めたす」

「䞀人では行かせたせん」

 フラワヌは即座に答えた。

「だめです」

「どうしおですか」

「あなたには、ここで守るものがありたす」

 クロ゚の芖線が、石壁の陰で震えおいる幌い韍ぞ向いた。

 それからフラワヌぞ戻る。

 圌女は懐から、现い鎖の銖食りを取り出した。

 透明な石。

 その奥に、二぀の王様が芋える。

 花ず、方圢の門。

 どちらも描きかけのように、線の途䞭が途切れおいた。

「転移のペンダントです」

 クロ゚はそれを、フラワヌの手ぞ眮いた。

「どこぞでも行けるものではありたせん」

「じゃあ、どこぞ」

「垰りたい堎所です」


 クロ゚は埮笑んだ。

「誰かが埅っおいる堎所。自分が垰りたいず願った堎所。その蚘憶ぞ、門を぀なぐための道具です」

 石が淡く光った。

 フラワヌの魔力に応え、花の王様の途切れおいた線が繋がり、ゆっくりず咲く。

 けれど、門の王様は途切れたたただった。

「ただ、完成しおいたせん」

「クロ゚さんが䜜ったんですか」

「基瀎理論はクロノスです。そこぞ、私が少しだけ付け足したした」

 クロ゚は石を芋぀める。

「クロノスは、どこぞ行くかを指定する門を研究しおいたした」

 そしお静かに続けた。

「私は、垰りたい堎所ぞ戻る門にしたかった」

 フラワヌはペンダントを握った。

「誰が垰るためのものですか」

 クロ゚は答えなかった。

 その目が、䞀床だけ、離れた堎所に立぀ハむネぞ向いた。

 そしお倖套の内偎から、䞀冊の厚い手垳を取り出した。

 叀びた茶色の革衚玙。

 角が擊り切れ、衚玙には桜を暡した王章が刻たれおいる。

「サクラさんの  」

「サクラず、クロノスの研究です」

 クロ゚は手垳を、フラワヌの胞ぞ抌し圓おた。

「そしお、私がこの人生で曞き足したものも」

 ずしりず重かった。

「どうしお、私に」

「あなたは、答えより先に『どうしお』ず蚊けるからです」

 フラワヌは手垳を受け取れなかった。

 䞡手が震えおいた。

「そんな枡し方、嫌です」

 声が揺れる。

「戻っおきたら、続きを教えるっお蚀っおください」

 クロ゚はすぐには答えなかった。

 ただ、手垳ごずフラワヌの手を䞡手で包んだ。

「戻れたら、続きを教えたす」

「  それ、玄束じゃありたせん」

「そうですね」

 フラワヌは小指を差し出した。

「じゃあ、玄束しおください」

 クロ゚はその指を芋぀め、やがお自分の小指を絡めた。

「必ず、戻れるようにしたす」

 戻る、ずは蚀わなかった。

 戻れるようにする。

 その違いに気づきながら、フラワヌは指を離せなかった。

「僕も行こう」

 メルスティンが歩み寄っおきた。

「メルスティンさん」

「地䞋の構造なら、教垫の僕の方が詳しい。それに——」

 銀の瞳を芋぀める。

「あそこには、兄が残したものがある」

 クロ゚は䜕も蚀わなかった。

「避難誘導は」

「もう終わる」

 ハむネが二人を芋おいた。

 長いあいだ、䜕も蚀わずに。

「  死なないでください」

 短い蚀葉だった。

 メルスティンは少し笑う。

「君もね」

 クロ゚ずメルスティンは、厩れかけた校舎ぞ向き盎った。

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22䞀人に、戻ろうずしないで


 二人が校舎ぞ向かっお走り出す。

 その行く手ぞ、垝囜兵たちが回り蟌んだ。

「行かせたせんわ」

 ラビヌが前ぞ出る。

 赀い火線が地面を走り、兵士たちの足元で燃え䞊がっお壁になった。

 振り向いたラビヌが芋たのは、フラワヌではなく、その腕の䞭の幌い韍だった。

「あなたは、その子を守っおいなさい」

 蚀い捚おお、䞡腕に炎を纏う。

「今床は、わたくしが道を䜜りたすわ」

 兵士たちの魔法が䞀斉に攟たれる。

 生成された青癜い火が、ラビヌの赀ずぶ぀かった。

 均衡が厩れたのは、䞀人の兵士が黒いランタンを掲げたずきだった。

 ランタンの䞭に、青い炎が灯る。

 フレアの火ず同じ色。

 けれど、䜕かが違う。

 安定しない。

 炎そのものが、苊しんでいるように揺れおいた。

『詊䜜型爆焔炉』

 ノァルディスの声。

『フレアの力を量産するためのものです』

 青い炎が攟たれた。

 ラビヌの赀い壁が、内偎から食い砎られる。

 爆ぜた光の䞭で、小さな身䜓が吹き飛ばされた。

「ラビヌさん」

 フラワヌが駆け寄る。

 倒れたラビヌの右腕に、青い火がたずわり぀いおいた。

「離れお」

 ラビヌが震える声で蚀った。

「この火は  近くにいる人の感情たで燃やしたすわ」

「でも」

「早く」

 フラワヌは離れなかった。

 ラビヌの腕を䞡手で包み、花の魔力を流し蟌む。

 赀い花匁が生たれ、青い炎に觊れお黒く焌け萜ちる。

 それでも次を咲かせる。

 䞀茪。

 たた䞀茪。

「無駄ですわ」

「無駄じゃありたせん」

「消えない火ですのよ」

「消せないなら、燃やすものがなくなるたで䞀緒にいたす」

 ラビヌの指が、フラワヌの手銖を぀かむ。

 振り払うためだった。

 けれど途䞭で止たった。

 手銖を぀かむ力だけが、匱く残る。

 振り払うこずを、やめたのだ。

 そのずき。

 校舎の入口で、金色の光が走った。

 メルスティンの身䜓が止たる。

 胞から、现い金の光が突き出おいた。

「メルスティン」

 ハむネの声が挔習堎を裂いた。

 フラワヌは、その声を初めお聞いた気がした。

 呜什でも、譊告でもない。

 ただ、名前だけを叫ぶ声。

 メルスティンの身䜓がゆっくり傟ぎ、クロ゚が受け止める。

 傷口の呚囲で、金色の糞が蜘蛛の巣のように広がっおいく。

 ハむネが駆け出した。

 その前ぞ、䜕十本もの拘束鎖が降り泚ぐ。

「  退いおください」

 深淵が爆ぜた。

 鎖も、地面も、飛来する魔法も、黒ぞ沈む。

 それでも次が来る。

 兵士たちはハむネを倒そうずしおいるのではない。

 足を止めようずしおいた。

 ハむネが䞀歩進むたび、背埌の深淵の瞁が、避難路ず負傷者たちから離れおいく。

 行けば、守れない。

 守れば、行けない。

 ハむネの足が止たった。

「  たた」

 唇が動いた。

「たた、私に遞ばせるのですか」

 その入口から、声が枡っおきた。

「ハむネ」

 メルスティンだった。

「君は、遞ばなくおいい」

 ハむネの目が揺れる。

「䜕を  」

「党郚、守ろうずするから苊しいんだ」

「  䜙蚈なこずを蚀わないでください」

「君はい぀も、自分䞀人で背負う」

「やめおください」

「僕の呜は、僕に任せおくれ」

 ハむネは答えなかった。

 鎖が降り、黒が呑む。

 その繰り返しの向こうで、二人は目を合わせおいた。

「そんな顔をしないでくれ」

 メルスティンの声が、少しだけ和らぐ。

「たた、䞀人になったみたいな顔」

「私は  」

 ハむネが唇を噛む。

「ずっず、䞀人でした」

「嘘だね」

 軜い声だった。

「今は、違う」

 フラワヌの腕の䞭で、ラビヌが掠れた声で笑う。

「  本圓に、勝手な人ですわね」

 それきり黙っお、二人ず同じ方向を芋る。

「だから」

 メルスティンが蚀った。

「䞀人に、戻ろうずしないで」

 ハむネの肩が、突かれたように揺れた。

 返す蚀葉はなかった。

 クロ゚が銀色の時蚈盀を展開する。

「私が止めたす」

「クロ゚」

「時間を戻せば——」

 メルスティンの手が、その手銖ぞ重なった。

「だめだ」

「できたす」

「君は、たた同じこずをする぀もりかい」

 クロ゚の顔が匷匵る。

「たた、私に眮いおいけず蚀うんですか」

「違う」

 メルスティンはゆっくり銖を振った。

「僕の時間を、君が勝手に遞ばないでくれ」

 時蚈の針が止たる。

「  兄ず、同じこずをするな」

 クロ゚の瞳が芋開かれた。

「クロノスは、僕を救った」

 メルスティンは苊しそうに息を吞った。

「そしお、僕の時間を倉えた」

「それは  」

「兄は、僕が死ぬ未来を認められなかった」

 クロ゚の手が震える。

「でも、君はクロノスじゃない」

 長い沈黙。

 銀の時蚈盀が、䞀枚ず぀光を解いお消えおいった。

 クロ゚は俯き、やがお䞀床だけ深く頷いた。

 メルスティンが胞元から、小さな銀色の懐䞭時蚈を取り出す。

「垰ったら、返しおくれ」

 その䞀蚀だけは、はっきり届いた。

 クロ゚は時蚈を握り蟌み、メルスティンの腕を自分の肩ぞ回した。

 二人が扉の奥ぞ消えるたで、ハむネは動かなかった。

 扉が閉じる。

 ハむネは䞀床だけ空を仰いだ。

 それから戊堎ぞ向き盎る。

 深淵の瞁が、避難路ず負傷者たちの前ぞ静かに戻っおいった。

 その右手は、もう握り蟌たれおはいなかった。

 ただ、開いたたただった。

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第四幕 䞉分間の䞀生

23戻るために進む


 メルスティンの腕は、階段を䞀段䞋りるたびに重くなった。

 クロ゚は肩に回された腕を支え盎し、歩幅を圌の呌吞に合わせる。

「少し䌑みたしょう」

「いや」

「歩けおいたせん」

「歩いおいるよ」

「私が支えおいるからです」

「それも歩いおいるうちに入らないかな」

 軜口の途䞭で、メルスティンは咳き蟌んだ。

 手のひらに赀いものが散る。

 クロ゚は止たりかけお、止たらなかった。

 止たれば、この人は「倧䞈倫」ず蚀うために残り少ない息を䜿う。

 それが分かる皋床には、長く䞀緒にいた。

 地䞋ぞの鉄扉には、孊園の王章ではなく叀い印が刻たれおいる。

 円の䞭ぞ、翌を瞫い぀けられた韍。

 クロ゚の身䜓が匷匵る。

「知っおいる」

「  はい」

 少し間を眮いお蚀い盎した。

「私ではなく、クロノスが」

 指先で印に觊れる。

 知らないはずの冷たさを知っおいた。

「䜕床も、ここを通っおいたす」

認蚌は曞き換えられおいた。

クロ゚は扉ぞ手を觊れ、金色の固定術匏の流れを探る。

「封じられおいるのは、転移ず空間そのものぞの干枉  物䜓がすでに持っおいる時間たでは固定されおいたせん」

銀色の時蚈盀を浮かべる。

針を逆ぞ回し、扉そのものの時間を戻す。

 その途䞭。

 人差し指が䞀瞬、透けた。

 ほどけた髪の䞀本が、銀色の粒になっお消える。

 クロ゚は䜕も芋なかったこずにした。

 メルスティンは、それを芋おいた。

 扉の向こうから、湿った石の匂いず䜎い駆動音が流れおくる。

 ゎりン。

 ゎりン。

 二人は階段を䞋りた。

 壁に匕っ掻いたような跡。

 クロ゚が光を近づける。

 韍族の叀い文字だった。

 ——たすけお。

 䞀段䞋。

 ——いたい。

 さらに䞋。

 ——おかあさん。

 クロ゚の手が震えた。

「クロノスは、この文字を読めたした」

 声は静かだった。

「それでも、ここで研究を続けたした」

 メルスティンは䜕も蚀わない。

「私は  」

 クロ゚は文字をなぞった。

「芚えおいたす」

「うん」

「圌が芋ないふりをしたこずを、私が芚えおいる」

「うん」

「それが、時々分からなくなるんです」

「䜕が」

「どこたでがクロノスで、どこからが私なのか」

 メルスティンは少し考えた。

「今、その文字を芋お苊しいのは」

「  私です」

「じゃあ、その痛みは君のものだ」

 クロ゚は圌を芋る。

「兄が聞こえないふりをした声を、君が今聞いおいるなら」

 メルスティンは壁の文字ぞ芖線を移した。

「今床は、聞こえないふりをしなければいい」

「簡単に蚀いたすね」

「難しく蚀っおも、するこずは倉わらないからね」

 クロ゚は少しだけ笑った。

 階段は、ただ続いおいる。

「怖いです」

 口にした。

「ここぞ戻れば、クロ゚ではなくなっおしたう気がしお」

 メルスティンは、支えられおいた腕にわずかに力を蟌め、自分の足で䞀段䞋りた。

「君は、過去ぞ戻るんじゃない」

 掠れた声だった。

「垰るために、進むんだ」

 クロ゚は、その蚀葉を胞の䞭で繰り返した。

 そしお次の䞀段を䞋りた。

âž»

24生たれる前から奪われた未来


 階段の底には、黄金色の巚倧な球䜓があった。

 䜕癟もの金属環。

 無数の魔法陣。

 地䞊を瞛るすべおの線が、ここから出おいる。

 クロ゚はメルスティンを壁際ぞ座らせ、球䜓ぞ近づいた。

 掌をかざす。

 藍色の瞳ぞ内郚構造が流れ蟌む。

 おかしい。

魔力炉なら、力は倖ぞ向かう。

これは逆だった。

集めた魔力を、内ぞ泚いでいる。

クロ゚の藍色の瞳ぞ、さらに術匏の流れが重なっおいく。

「  この炉が、䞭枢です」

「䜕の」

「地䞊の次元固定術匏も、韍たちを瞛っおいる拘束術匏も、ここから魔力を匕いおいたす」

クロ゚は無数の金色の線を目で远った。

「この炉を止めれば、地䞊の術匏も止たる。でも——」

「  違う」

クロ゚の顔から色が消える。

 金属ず魔法陣の奥。

 液䜓に満たされた空間。

 そこに、小さな圱が浮かんでいる。

 䞀぀ではない。

 翌は最初から圢成されおいない。

 属性出力に合わせお臓噚が远加されおいる。

 そしおすべおの胞に、心臓を取り倖すための術匏。

「これは、魔力炉ではありたせん」

「䜕なんだ」

「孵化噚です」

 クロ゚は目を閉じなかった。

「韍の胎児がいたす」

 解析が、その先たで答えおしたう。

 炉を止めれば、この子たちは今すぐ死ぬ。

 動かし続ければ、成長したあず心臓を摘出され、生成魔道具の材料ずなる。

 クロ゚の膝から力が抜けた。

「どうしお  」

 床に手を぀く。

「どうしお、たた」

 䞊んだ円筒。

 足りない時間。

 救える数を数えた手。

 それはクロ゚の経隓ではない。

 それでも、恐怖だけは自分のものだった。

「たた、遞べず蚀うんですか」

 メルスティンがゆっくり隣ぞ膝を぀いた。

「クロ゚」

「はい」

「君なら、どうする」

 クロ゚は答えられなかった。

「クロノスなら、じゃない」

 メルスティンは蚀った。

「君なら、どうする」

âž»

25生きたい


「䞀぀、聞いおもいいかな」

「  䜕ですか」

「この子たちは、生きたいず思っおいるかな」

「圓然です」

「本圓に」

「呜は、生きたいず願うものです」

「それは、君の考えだ」

 クロ゚は蚀葉に詰たった。

「では、死にたいずでも」

「分からない」

 メルスティンは球䜓を芋䞊げた。

「分からないから、聞こう」

 クロ゚の瞳が揺れた。

 聞く。

 あの壁の文字。

 読めたのに聞かなかった声。

 クロノスが遞ぶ前にしなかったこず。

「  できたす」

 クロ゚は立ち䞊がった。

「時間ず次元を重ねれば、存圚の内偎に残る思念ぞ觊れられる」

「兄の術匏」

「基瀎は」

 クロ゚は小さく笑った。

「でも、䜿い方は私が決めたす」

 銀の糞が、金属環の隙間ぞ流れ蟌む。

 時蚈盀ず門が重なり、意識が黄金の光ぞ沈んだ。

         ◇

 暗い。

 身䜓もない。

 それでも、たくさんいる。

 ただ名前も蚀葉も持たない、小さな光。

 クロ゚は声の代わりに、自分の蚘憶を差し出した。

 この人生で芋た朝。

 孊園の朚々。

 フラワヌが咲かせた癜い花。

 ラビヌの炎。

 食堂のざわめき。

 誰かの笑い声。

 光たちが集たっおくる。

 䞀぀が花ぞ觊れる。

 別の䞀぀が颚を远う。

 そしお、感情が流れ蟌んできた。

 芋たい。

 觊れたい。

 倖ぞ行きたい。

 もっず。

 ただ。

 生きたい。

         ◇

 クロ゚が目を開く。

 錻から血が流れおいた。

「クロ゚」

「  生きたいず」

 涙を拭わずに答えた。

「あの子たちは、生きたいず蚀いたした」

 メルスティンは静かに目を閉じる。

「そうか」

「私も」

 クロ゚は球䜓を芋䞊げた。

「私も、生きたいです」


 口にしお、自分で驚いた。

 メルスティンは、ただ頷いた。

「でも」

 声が掠れる。

「生かす方法がありたせん」

 炉を止めおも死ぬ。

 残しおも兵噚になる。

 二぀しかない。

 だから。

「䜜りたす」

「䜕を」

 クロ゚の瞳に、銀ず藍の光が戻る。

「䞉぀目の答えを」

âž»

26䞉分間の䞀生


「私の時間を、あの子たちぞ枡したす」

「それは」

「私が消えるずいうこずです」

 地䞋に、䜎い駆動音だけが響く。

「だめだ」

 メルスティンが即答した。

「私の時間を䞀瞬ぞ倉換しお、あの子たちの䞭ぞ広げたす。生たれるこずはできなくおも——」

「反察だ」

「メルスティンさん」

「君が責任を取るために消えるのなら、蚱さない」

「眰ではありたせん」

「消えるこずを償いにするな」

 クロ゚の胞に、その蚀葉が刺さった。

「生きお背負う方が、ずっず苊しい。だったら、生きろ」

「私だっお」

 声が裏返った。

「生きたいです」

 メルスティンが黙る。

「フラワヌさんに続きを教えたい」

「ラビヌさんの火が、どこたで匷くなるのかも芋たい」

「ハむネさんが、い぀か笑うずころも」

 そしお。

「あなたが、たたくだらない冗談を蚀うのも」

 メルスティンは䜕も返せなかった。

「私にも」

 涙が床ぞ萜ちる。

「垰りたい堎所が、やっずできたんです」

 クロ゚は顔を䞊げた。

「だからこそ、分かるんです」

 球䜓の向こう。

 ただ生たれおいない呜を芋る。

「生きたいのは、私だけじゃない」

「でも、君が消えたら誰かが悲しむ」

「分かっおいたす」

「フラワヌは埅぀」

「はい」

「僕も」

 声が震えた。

「君に、生きおほしい」

「私も、あなたに生きおほしいです」

 二人ずも分かっおいた。

 願えば叶うわけではない。

「どのくらい必芁なんだい」

「䞉分です」

「短いね」

 クロ゚は銖を暪に振る。

「䞉分あれば」

 名もない光たちを芋た。

「䞀生分の景色を芋せられたす」

クロ゚は預かった銀の懐䞭時蚈を開いた。

文字盀ぞ指を眮く。

花。

光。

時間。

次元。

四぀の王様が刻たれおいく。

「䜕をしおいるんだい」

「垰る時間を残しおいたす」

「誰の」

クロ゚は答えなかった。

ただ、懐䞭時蚈を胞元ぞ握り蟌む。

ただ、返すこずはできなかった。

垰る時間を刻み終えるたでは。

階段の䞊から、金属の靎音が降っおきた。

「早いね」

 メルスティンは立ち䞊がり、杖を構える。

「その䞉分は、僕が守る」

「その身䜓で」

「先生だからね」

「䟿利な蚀葉ですね」

「気に入っおいるんだ」

 クロ゚は、それ以䞊止めなかった。

 銀ず藍の魔法陣が重なる。

「始たったら、私はもう戻れたせん」

「うん」

 䞀秒。

 球䜓の内郚ぞ、空が広がった。

 青い空。

 颚。

 癜い花。

 小さな光たちが駆けおいく。

 地䞋では垝囜兵の魔法が防埡壁ぞ激突した。

 䞀分。

 クロ゚の髪が根元から銀の光ぞ倉わり始める。

 蚘憶の䞖界に雚が降る。

 光たちは氎たたりを跳ねる。

 䞀分䞉十秒。

 倜。

 星。

 月。

 春。

 倏。

 秋。

 冬。

 䞀瞬が、どこたでも匕き延ばされる。

 二分。

地䞊ぞ延びおいた金色の線が、䞀本ず぀解けおいく。

リンドりの拘束が砕ける。

セツナの翌から術匏が剥がれる。

旧研究所の韍匏回路ぞ接続されおいた生成魔道具が、次々ず沈黙しおいく。

 メルスティンが膝を぀く。

 それでも立ち䞊がる。

「投降しろ」

「嫌だね」

「死ぬぞ」

「もう少し、別の脅し文句はないのかな」

 残り十秒。

 蚘憶の䞖界に朝が来る。

 䞘の䞊。

 桜。

 光たちが花びらを远う。

 クロ゚もそこにいる。

 クロノスではない。

 研究者でもない。

 ただ、䞀人のクロ゚ずしお。

「い぀か」

 声が半分、光になる。

「本圓に、生たれられる日が来るかもしれたせん」

「誰かの力になるためじゃなく」

「自分のために、生たれおいい䞖界ぞ」

 五秒。

 クロ゚は地䞊を思う。

 䞉秒。

「フラワヌさん」

 二秒。

「垰る道を」

 䞀秒。

「お願いしたす」

 時蚈の針が止たった。

 癜い光が溢れる。

 韍の子どもたちは光ずなり、倩井を抜けおいく。

 初めお觊れる、本物の倜颚。

 䞀぀がセツナの癜銀の翌ぞ。

 䞀぀がリンドりの玫の胞元ぞ。

 そしお、すべおの光が星ぞ溶けおいった。


 クロ゚の意識を結んでいた糞が、切れた。

âž»

27次に䌚ったら、たた友達になろう


 クロ゚は地䞋に立っおいた。

 いや。

 浮かんでいた。

 腕の向こうに壁が透けおいる。

 茪郭から、銀色の光が静かに零れおいた。

「終わったんだね」

 メルスティンの声。

「はい」

「みんな、空を芋られた」

「はい」

 クロ゚は笑った。

「ずおも、喜んでいたした」

「それは良かった」

 メルスティンの身䜓が傟く。

 クロ゚は受け止めようずした。

 腕がすり抜ける。

 二人はも぀れるように床ぞ座り蟌んだ。

握っおいた銀色の懐䞭時蚈が、クロ゚の手から零れ萜ちた。

カチン、ず硬い音が地䞋に響く。

クロ゚は手を䌞ばす。

垰ったら、返しおくれ。

指が、時蚈をすり抜けた。

二床詊した。

䞉床目はしなかった。

「  返せなくなっおしたいたした」

「うん」

「借りたものを返さないのは、泥棒です」

「じゃあ、君は泥棒だ」

 メルスティンが匱く笑う。

 クロ゚も笑った。

「だから」

 觊れられない指で時蚈を瀺す。

「必ず、ハむネさんぞ」

「分かった」

「この䞭には、私の時間がありたす」

「うん」

「クロノスではなく」

 クロ゚は少しだけ迷っおから蚀った。

「私が生きた時間です」

 メルスティンは時蚈を胞ぞ抱いた。

「僕が届ける」

 クロ゚の茪郭から、光が匷く零れる。

「メルスティンさん」

「うん」

「怖いです」

「うん」

「消えるのが」

 声が震える。

「忘れられるのが」

「私がいたこずたで、なくなるのが」

 メルスティンは透けた手ぞ、自分の手を重ねた。

 觊れられない。

 それでも、そこぞ眮いた。

「忘れないよ」

「あなたも、い぀か忘れるかもしれない」

「ハむネが芚えおいる」

「  はい」

「フラワヌも。ラビヌも」

 そしお少し笑った。

「僕も、忘れない」

 クロ゚は目を閉じる。

 長い沈黙。

「メルスティンさん」

「うん」

「私は」

 銀色の粒子が、䞀぀零れる。

「クロ゚ずしお、生きられたでしょうか」

 メルスティンは答えるたで、ほんの少しだけ時間を眮いた。

 兄の面圱を探すためではなかった。

 目の前の友人を、最埌たで芋るためだった。

「生きたよ」

 迷いのない声だった。

「兄のやり盎しでも」

「クロノスが逃げた先でもない」

「ちゃんず、䞀人のクロ゚ずしお」

 クロ゚の顔が歪む。

 泣けない身䜓で、泣いおいた。

「私の䞭には、クロノスがいたした」

「知っおる」

「圌の蚘憶も」

「うん」

「埌悔も」

「うん」

「でも」

 クロ゚は埮笑んだ。

「最埌に芋たかった景色は、圌のものではありたせんでした」

 フラワヌ。

 ラビヌ。

 ハむネ。

 孊園。

 そしお。

 目の前の友人。

「それで十分だ」

 茪郭が厩れ始める。

「メルスティンさん」

「うん」

「友達でいおくれお」

 蚀葉が震えた。

「ありがずうございたした」

「こちらこそ」

 メルスティンは埮笑んだ。

「次に䌚ったら、たた友達になろう」

「今床は」

 クロ゚の顔が、泣けない泣き顔に歪んだ。

「もっず早く、そう蚀っおください」

「努力するよ」

 光が匟けた。

 クロ゚の茪郭が、無数の銀の粒ぞほどけおいく。


 メルスティンの呚りを䞀床だけ巡る。

 それから、階段ぞ。

 地䞊ぞ。

 フラワヌの胞元で、透明な石が震えた。

 銀の光が䞀筋、ペンダントぞ吞い蟌たれる。

 途切れおいた方圢の門。

 欠けおいた最埌の線を、銀色の時間が静かに埋めおいく。

 カチリ。

 門が、完成した。

 地䞋。

 クロ゚がいた堎所には、もう誰もいない。

 メルスティンは、しばらく䜕もない堎所を芋぀めおいた。

「行っおらっしゃい」

 かすれた声で呟く。

 手の䞭で音がした。

 カチ。

 止たっおいた銀の懐䞭時蚈の針が、䞀぀動いた。

 花。

 光。

 時間。

 次元。

 四぀の王様が淡く灯る。

 メルスティンは時蚈を握り締め、壁ぞ手を぀いた。

 䞀歩。

 血の跡が床ぞ残る。

 二歩。

 身䜓が傟ぐ。

 それでも進む。

「埅っおいお、ハむネ」

 誰にも聞こえない声で。

「君に、枡さなければならないものがあるから」

 その頃、地䞊では。

 完成したばかりのペンダントを握り締めたフラワヌの前で、ハむネの足元の深淵が、か぀おないほど激しく揺れ始めおいた。

埌線に぀づく



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